第三章 1
水月中央ブロック。
この地区の面積は、他のブロックに比べ極めて狭い。何せ中央は管理者達のテリトリー。一般人は立ち入り禁止の区域である。広い必要がないのだ。
立ち並ぶ建造物は、どれもがこの島の維持に必要なものばかり。発電所、電波塔など、一つでもなくなったなら水月の住民にとって手痛い損失となるだろう。
そして中央ブロックのど真ん中。そこには一棟の長大なビルが建っており――そのビルこそが、フリークスの幹部金嶋静香のアジトであった。
ビルの一五階に、彼女の執務室がある。水月の支配者が使う部屋というだけあって、内部の意匠は豪奢だ。
広いスペース、床には真紅の絨毯、ソファーにテーブル、様々なオブジェ。執務の場というより、もはや個室である。
そんな室内には現在三人の人間が集っていた。
一人はホスト風の男、南條和哉。もう一人は、傍から見れば場違い極まりない少女、ノイン。最後に、二人のボス、金嶋静香。
和哉、ノインの視線は、机に座る自らの主へと集中している。
一六五センチのモデル体型を包むのは漆黒のスーツ。
腰まで伸びた鮮やかな栗色の髪、三六歳という年齢を感じさせない若々しい容姿。
パッチリとした瞳には、野心という名の炎が燃え滾っている。
「二人ともご苦労様。早速、報告してちょうだい」
穏やかで優しげな声が室内に響く。部下には常にこの態度で接してきた。下手に尊大な態度を取れば、人は反発するものだ。貫禄、というものを相手に印象付けさせるには、これが一番いい。
二人は静香の意向に従い、己の働きを伝えた。
「ちゃんと指示通り挨拶してきたよ。でもあの狂犬頭悪そうだし、静香のところにやってくるかは疑問だね」
「わたしもちゃんと宣戦布告した。殺したかったけど我慢したよ」
報告事項を聞き終えると、茶髪の美女はニッコリと微笑んだ。
「上手くやってくれたようね。ありがとう二人共。計画は順調に進んでいるわ」
「何、この程度、造作もないことさ。君のためなら、ぼくは火の中にだって飛び込んでいけるよ」
「うふふ、頼りにしてるわよ、和哉」
優しく囁き、笑いかけてやる。これがあの男にとっては一番の気付けとなろう。
心にもないことを言ってから、静香は二人に向けて口を開く。
「本当にご苦労だったわ、和哉、ノイン。新しい指示が降りるまで、二人は自室で待機しててちょうだい。……そうそう、ノイン。貴女には“薬”を用意しておいたわ。しっかりと体の調子を整えてね」
「はいボス」
そして、二人は室内から出て行った。
和哉、ノインの姿が消え、足音が遠のいたことを確認すると、静香は大きく息を吐いた。
「はぁ。まったく疲れるわねぇ、アホの相手は」
彼女の脳裏に、和哉の顔がよぎった。
彼のニヤケ面。あれは恋人へ向けての惚気を意味している。
「本当、男ってのはどいつもこいつも低脳よねぇ。脳みそが頭じゃなくて下半身にあるのかしら。自分が利用されてるってことに全然気づかない。一五年間ずーっと」
和哉、加賀美の二人とは、この組織に入った頃からの付き合いだ。
さりとて、彼女の中に仲間意識などは最初からなかった。恋愛感情などは言うまでもない。
あるのは、利用してやろうという邪な気持ちだけ。
静香の武器は、頭脳と自他共に認める美貌だ。これだけで、フリークスに入るまでの人生を勝ち抜いてきた。
けれども、能力者が多く集うフリークスにおいて、非能力者はやはり立場も弱く仕事もしにくい。単独では上に登ることが難しいのだ。
ゆえに、彼女は二人の男に目をつけた。それが、南條和哉と加賀美俊彦である。
あの二人は、同期の中でもっとも優秀な能力者だった。利用価値は十分。そう判断した静香は二人に近づき、話術や色香を使い、篭絡。
その結果、今の地位を手に入れた。
――でも、まだまだ満足できないわ。私の立ち位置はこんな場所じゃない。幹部ごときで終わる器じゃないのよ。いずれボスの正体を明らかにして、始末し、この組織を乗っ取ってやるわ。
瞳に宿る野心が激しく燃え盛る。
フリークスのボス、その詳細は、誰にも知られていない。裏の人間の中で一番謎めいているのが彼または彼女と言えよう。
世界の支配者とまで囁かれる巨大組織の長だというのに、姿はおろか性別すら不明。ただ、その性格がまともでないということだけは推測できる。
なぜなら、ボスは全幹部どころか下っ端構成員に至るまで全員に、“反逆の自由”を与えているのだ。
反逆の自由とは、クーデターの推奨である。もしも自分の正体を掴んだなら、いつでも始末しに来てくれて構わない。と、そう言っているのだ。
そのうえクーデター時、自分はフリークスの力を一切使わないと来ている。




