プロローグ 2
「……まぁ、どうでもいいか。俺はあいつに従う。死ぬまでついていく。それだけだ」
上司の顔を思い浮かべる。その端正な美貌が微笑むところを想像しただけで、心拍数が上がっていく。
組織に入ってから、ずっと一緒だった。今や上司と部下の関係だが、共に苦難を乗り越えた仲間であることに変わりはない。彼女も、そう思ってくれている。
しかし、彼女は知らない。加賀美の思いが、友情を超えたものであることを。
「ふぅ……ダメだな。仕事終わりは、どうもらしくないことを考えちまう。ったく、これもそれも、あいつが遅いからだ」
ぼやいたと同時に、背後から声がかかった。
「誰が遅いって?」
よく通る声が、加賀美の鼓膜を震わせる。
後ろを向く。そこにはやはり、相棒の姿があった。
「お前のことに決まってるだろ、和哉」
「悪い悪い。でもしょうがないだろう? ぼくはお前と違って、本格的な狩りをやってたんだからな。逃げる連中を一人残らず始末するってのは、どうしても時間がかかる」
言って、肩をすくめて見せる男。そんな仕草が、一々様になっている。
南條和哉。加賀美の同僚にして、彼と同じく親衛隊の隊長を務める男。
その容貌は、加賀美とは正反対。年齢は彼同様三五歳。しかし歳は同じでも、和哉は童顔なため実年齢よりも若く見える。
一七五センチのスラリとした体躯に、女受けの良さそうな甘いマスク。裏社会の人間というより、ホストと名乗ったほうが納得されるような風貌だ。
しかし、和也は正真正銘、裏の者である。彼とは静香同様、組織に入ってからの仲だ。
加賀美、和哉が荒事を担当し、静香が頭脳で金を稼ぐ。そうやって、三人で組織の底辺から今の位置まで上り詰めてきた。
加賀美にとって和哉は親友であり、頼れる相棒であり――恋敵でもある。
「なぁ和哉。今回の報酬額、覚えてるか」
相棒に背を向け、海を見つめながら問う。
それに対し、彼はその場から動くことなく答えた。
「あー……二〇〇万ぐらい、かな?」
「そうか。大概のものは買えそうだ」
「なんだよ、またプレゼント勝負か? 静香は何貰っても笑うだけだって」
「どうかな。今回は、俺の方が良かったって言うかもしれんぞ」
不敵に言い返す加賀美に、笑声で応える和哉。
その笑いは、いつも通りのものに感じられた。ゆえに、警戒などするわけもない。
結果的に、それが加賀美の運命を大きく狂わせた。
「なぁトシ。お前、今回の任務内容覚えてるか?」
「当たり前だろ。船員皆殺し。こんな覚えやすい内容を忘れる奴は、よっぽどの大馬鹿だ」
「あぁその通り。でもなトシ、一つ忘れてることがあるぜ」
「何を――」
「船にいる連中“全員”を殺せって言われただろう?」
相棒の言葉が終わる直前――加賀美の全身が、炎に包まれた。
「ぐぅあああああああああああ!?」
絶叫が響き渡る。
熱い。それ以外の思考は、ほぼ不可能。それでもどうにか頭を回転させ理解できたことは、この苦痛を与えたのが、相棒であるということのみ。
この状況を作り出せるのは、同じ能力を持つ和哉ただ一人。解せないのは、彼の行動の理由。
されど、それを考えている余裕はない。早急に火を消さねば。
そう思った末に――加賀美は海の中へ飛び込んだ。
少し遅れて、ドボンッという音が響く。
これより、“舞台”が始まる。
面白おかしく、適度に残酷で、何よりも荒唐無稽な、“茶番劇”が。