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プロローグ 1

 豪華客船“美世号びせいごう”が日本を発ってから、早七時間。空は半分以上闇色に染まっている。

 船上、甲板にて。加賀美俊彦かがみとしひこは、海を眺めながら物思いに耽っていた。

 ――こういう船に乗ったのは別に今回が初めてってわけじゃないが、どうにも慣れないもんだな。

 元来、加賀美は船が好きではない。一二歳の頃、彼は酷い船酔いを経験した。三五歳になった今でも、あの時のことは忘れられない。

 ――きっとトラウマってやつなんだろうな。俺にとって船ってのは敵と同意義だ。どれだけ豪華であろうが、ありがたみなんぞ感じない。

 この美世号は、日本においてトップクラスのクルーズ客船である。

 全長一九五メートル、幅三五メートル、高さ四二メートル。サイズとしては別段度外れたものではない。しかし内観やサービスは、そこらの豪華客船では勝負にならないレベルだ。

 そんなところも、加賀美にとっては不愉快だった。

 ここに集うのは、政治家や富豪といった人生の勝ち組及びその関係者である。彼らの放つ輝かしいオーラが、加賀美には生理的に受け付けない。

 ――だからこそ、“仕事”に躊躇いはないけどな。ま、どんな事情であれ躊躇なんぞ抱いたことはないが。

 天空を見上げ、息を吐く。

 仕事の、時間だ。

 加賀美は無表情な顔を維持したまま移動。船内の広さは一九〇センチの体格を持つ加賀美であっても、窮屈さを感じない。そこだけは唯一評価できる点であった。

 移動を続ける長身の男。擦れ違う者は今のところ皆無。この時間帯、客の大半はラウンジに集まる。そこで談笑でもするのだろう。金持ちらしいベタな行動である。

 そして、加賀美は目的地に到着した。

 三〇畳分程度の極めて広いスペース内には、ざっと見積もって五〇人前後の客で溢れていた。

 ラウンジにはゲームコーナーやバーカウンター等、多種多様な設備が揃っている。これならば楽しめない人種はいないだろう。

 入口から適当に内部を観察すると、加賀美は心中で呟く。

 ――さて、と。仕事を始めるとするか。

 頭部、スキンヘッドを撫ぜると、彼は室内に向けて右掌てのひらを向ける。

 その次の瞬間――加賀美の手から炎が放出された。

 それもライター程度のものではない。火炎放射器、いや、それすらも遥かに凌駕する火力。

 豪炎がラウンジを支配するのに、たかだか五秒しかかからなかった。

 人々の悲鳴が上がる。苦痛に満ちた叫びが空間内を行き交う。

 煌びやかなラウンジが、炎という名の暴力で黒一色に染まっていく。

 三分後。室内から多彩な色は消え失せ、炭の黒だけが残った。

「ふぅ、これで仕事終了だ。今回は楽なもんだったな。さて、和哉の方が終わるまで、俺は海でも眺めるとしよう」

 独りごちた直後、何処かから絶叫が聞こえてきた。よく聞き取れないが、「“能力者”だ」、と騒いでいるような気がする。

「あっちの方も始めたか。終わるまで一〇分ってところだな」

 言いながら船内を歩き、甲板へと出る。

 潮風を総身に浴びながら、背伸び。それからコートの中にしまっておいたタバコを出して、箱から一本取る。

 ライターは出さない。というか、持っていない。なぜなら必要ないからだ。

 タバコを口に咥えた瞬間、先端に火がついた。それになんら驚きを見せることなく紫煙を肺に入れ、吐き出す。やはり、仕事終わりの一本は美味い。

 リラックスしながら、手すりにもたれかかる。ゆっくりとタバコを味わいつつ、加賀美は言葉を紡いだ。

「俺みたいなのが“発生”してから、もう三〇年近くか。時が経つのは早いもんだ」

 煙を吐き出しながら、彼は“能力者”と呼ばれる者について思いを馳せた。

 能力者。異能者とも呼ばれる彼等は、読んで字の如く超常の力を操る者達である。

 彼等の発生は、突然変異であった。二〇一〇年頃から、突如生まれ出でたのだ。

 能力者は生まれつきの者もいれば、一般人がある日力に目覚めるなどといったケースもある。

 発生原因は、二七年が経過した二〇三七年現在でも解明されていない。なんにせよ、人類史上における最大の謎が、一つ増えてしまったということだ。

「まぁ、理由なんてものはどうでもいい。力があるってのはいいことだ。仕事がしやすいからな」

 彼が主から受けた任務は、この客船に存在する者の始末である。一人残らず皆殺しにせよとの命令だ。中には女子供もいるが、当然ながら容赦はしない。

“フリークス”に逆らったのだから、自業自得だ。

 組織の幹部である上司、金嶋静香かねしましずかにとって、ここに集まった者達は全員が邪魔者。そういった連中を絶滅させるのは、別段違和感のないことだ。

 違和があるとしたら、一点。

「静香はなんでまた、俺等にこの仕事を任せたのかね。一応、俺と和哉は親衛隊の頭を張ってる立場だ。この程度のことなら、別に俺等を使わんでもいいだろうに」

 そう、加賀美には地位がある。組織全体から見ればちっぽけかもしれないが、静香の受け持つ支部内においては、ナンバーツーのポジションだ。

 その自分に、彼女はなぜこのような任務をさせたのだろうか。

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