記憶の扉
目の前に扉があった。1つや2つでない、もっとたくさん。両手では数えられないほどあった。
ここは何処だろう。あの扉はなんだろう。
扉ばかりの空間。なんで僕は此処にいるの?
頭が働いてないのか、考えることを放棄してるのか、ここが何なのか分からない。
僕の足は自然と一つの扉の前に向かう。そうして、扉の前にたった僕は、その扉に手をかけた。
扉は音も立てず、何の抵抗もなく開いた。
扉の中には母がいた。
ただ、僕の知っている母より若い。そして、母は僕の知らない赤子を抱いていた。
愛おしそうに母は赤子を抱いている。
「○○、愛してるよ」
母は抱いている赤子に優しく話しかけた。
赤子の名前は聞き取れない。
母は僕の方を見向きもせず続ける、まるでそこに、僕なんて居ないかのように続ける。
「○○、お母さんだけがついてるからね」
少し涙目になりながら、母はそう言った。
そんな母の様子をじっと見ていると、いつの間にか母は居なくなっていた。
その代わりにまた扉があった。
僕は次の扉に向かって歩き出す。
次の扉は喧しい音を立てながら開いた。
扉の中には、やっぱり母がいた。そしてもう1人。幼い頃の僕がいた。
小さな僕は言う。
「お母さん、なんでお父さんがいないの」
この光景は、少しだけ記憶があった。
僕も小学校の頃、一度だけ母に聞いた気がする。
つまり、今僕が見ているのは僕自身の記憶なのか。
この想像が正しいなら、この後の母の行動は知っている。
泣きながら抱きしめてくれた。
「ごめんね」
目の前の母は小さな僕を抱きしめている。
やっぱり、此処は僕の記憶だ。多分、夢の中なんだろう。
なんでこんな夢を見てるんだろう。
僕はそんな2人の横を通りすぎ次の扉を開く。
中にはやっはり2人いた。僕と母だ。
これは、中学の頃か。
幸せな記憶が目の前に再現される。
母親1人で、これまで育ててくれた。
辛い思いでも、幸せな思いでも、そこには母がいた。
別にマザコンでは無いが、素直に母には感謝している。
僕は多くの扉を潜る。潜る事に母への感謝の気持ちが大きくなった。
何個目の扉を潜った後だろう。目の前に鎖で巻かれた扉が現れた。
これまで見た扉と全く違う異様な外見。
その扉に触れると鎖は音を立てて崩れ落ちる。
そこには母親と1人の男がいた。
写真でしか見たことのないその男。
その男を母が殺していた。
何も言うことができないその光景に息を呑む。
そこで僕は目を覚ました。
「早く起きてきなさい」
下から母の声が聞こえてきた。
「分かった今行く」
僕は何時も通りの返事をした。