その8
クリスマスの日がやってきた。私は季実子ちゃんと一緒に、コンサート会場に着いた。
ウィステリアは一気に人気が出てしまい、今までの小さなライブハウスではなく、コンサート会場でライブをするようになった。
会場の中に入り、席に着いた。籐也君がいつも席はとってくれているが、私はなるべく真ん前の席ではなく、前から3列目の端の方をお願いしている。
「あ、こっち側だと潤一君のほうだよね」
季実子ちゃんが喜んだ。
「多分、籐也君がそのへん考えてとってくれたと思う」
そう私が言うと、季実子ちゃんは嬉しそうに笑った。それにしても、
「季実子ちゃん、進展ってないの?」
と私は気になって聞いてみた。
「うん。でもね、今日クリスマスプレゼントは持ってきたの。帰りに出待ちしてでも、渡そうと思って」
「そうなんだ」
なんでかなあ。いっとき、うまくいくと思ったのになあ。潤一君が、やっぱりファンの子には、手は出せないとかなんとか言い出して、それっきりになっちゃったんだよね。
潤一君、美枝さんって人のこと、まさか引きずっているとかかなあ。
なんて、人のことをあれこれ考えている場合じゃなかった。もうすぐ籐也君を生で見れるんだもん。ああ、ドキドキする。
だって、すごく久しぶりなんだ、籐也君を見れるの…。見れるって変な言い方かな。だけど、ずっとテレビを見れるだけで、生を見るのは本当に久々で。
会場が暗くなると、まだ、メンバーが現れてもいないのに、客席がどよめいた。そして、しばらくしてドラムの音が鳴り出すと、客席から早くも、
「きゃ~~~」
と黄色い歓声があがった。
パッ。ステージ中央が明るくなった。そこにはもう籐也君がいて、そしてギターの音とともに歌いだした。
「きゃ~~~!籐也~~~!」
後ろから、ものすごい声がした。うわ!すごい迫力だ。
でも私は、やっぱり、うっとりと籐也君を見ているだけ。
ああ、今日の籐也君もかっこいい。ううん、前にもましてカッコよく見える。それに、色気も増した気がするのは私の気のせいかな。
声もいつにもましてセクシーだ。
「籐也~~~、かっこいい~~」
後ろからまた、そんな声がした。
「今日の籐也、なんだか前と違うよね」
「うん。男の色気感じるよ」
あ、後ろの子もそう思ったんだ。友達どおしかな?そんな会話が聞こえた。
「潤一君、かっこいい!」
私の隣で、季実子ちゃんが目をハートにして見ている。季実子ちゃんの目には潤一君しか映らないよね。わかるよ。だって私も、籐也君しか見ていないもん。
あ、こっち向いた。目、合った?でも、
「きゃ~~~~~!籐也~~~~!」
という後ろの人の声で、私の耳が潰れるかと思った。
「こっち見た!籐也がこっち見た!籐也~~~~!!!!」
私の後ろでどうやら、手をグルグル回しながら振っているらしい。私の髪が揺れるくらい、風が舞い起こっている。
でも、負けない。私だって、籐也君をひたすら見ちゃうんだから!
そう思って、籐也君をじっと見た。籐也君もこっちをじっと見て歌っている。
あ、あれ?なんか、すっごく熱い視線じゃない?ものすごい色っぽいよ?
だ、ダメだ。直視できない。心臓がバクバクしている。今日の籐也君、はだけちゃってる衣装だし、やばい。私、あの籐也君の腕や胸に抱きしめられちゃったんだと思ったら、心臓が一気に早くなりだした。
ドキドキドキドキ。バクバクバクバク。
「きゃ~~~、籐也~~~~~~!!!」
後ろからまた雄叫びが聞こえた。籐也君は、間奏が始まるとマイクを持って、ステージの真ん中から、逆側に向かって歩き出していってしまった。
「きゃ~~~、籐也!」
逆側の客席が湧いた。籐也君は間奏が終わると、その位置で歌いだした。そして、クルリと体をこっちに向けると、今度は歌いながら、こっちに向かってやってきた。
ステージの端まで来ると、籐也君はまたその場で止まって歌いだした。
うわ。私の真ん前だ。ど、どうしよう。恥ずかしくって顔が見れない。
「きゃ~~~、籐也!籐也!」
後ろからはものすごい黄色い声がしているし。
恥ずかしいけど、籐也君を見た。すると、目がバチッと合ってしまった。うわ!ずっともしかして、私を見てた?目、離せない。あ~~~。籐也君がこっちを見てるよ…。
ニコ。籐也君は微笑むと、またステージ中央に戻っていった。
う、うわわ。心臓がバクバク。
「籐也君、花ちゃんを見てたね」
「え?」
「花ちゃん見て笑ってたね」
「う、うん」
季実子ちゃんにそう言われたすぐあとに、
「籐也、私が手を振ったら笑ってくれた」
と、後ろの子の声が聞こえた。
え~~。違う。私になんだけど。と、一瞬思ったけど、でも、どうでもよくなった。
だって、私はとにかく、あのかっこいい籐也君が見れるだけで幸せなんだもん。今日の籐也君も、かっこいい。めちゃくちゃ、かっこいい!
そして、ライブはあっという間に終わってしまった。
「ありがとう~~~!」
アンコールも終え、メンバーのみんなは客席に手を大きく振りながらステージを去っていった。
会場内が照明がついて明るくなった。
「出待ち、行かない?」
「行く!とっとと、会場から出ちゃうかもしれないから急ごう」
後ろの子の声が聞こえた。クルッと振り向くと、後ろの子達はすでに客席を離れていた。
「なんだか、すごいフアンだったね」
季実子ちゃんもそう言ってきた。
「季実子ちゃんも、プレゼント渡しに行くんでしょ?」
「うん。でも、あんな熱狂的なフアンがいたら、渡せるかなあ」
だよね。私もちょっと怖いかも。
そんなことを思いつつ、私たちも客席を離れ、会場から外に出た。そして、みんなが出待ちをしているところに行ってみた。
ああ、すごい人。みんな手にはプレゼントを持っている。そうだよね、クリスマスだもんね。私も持ってきたけど、これじゃ渡せないかなあ。
「あ、籐也出てきた!」
え?ほんと?
「籐也!」
「籐也~~!」
ドドドっと、籐也君の前に、人だかりができた。ああ、もう近くに行くこともできない。それも、籐也君のすぐ近くには、なんだか化粧が派手な女の人。どうやら私の真後ろにいた人みたいだ。声が似ている。
「籐也、これ、プレゼント」
「…ありがとう」
籐也君が、ちょっと微笑んで受け取った。
「籐也!私のも受け取って~」
その子の後ろから手を伸ばして渡している子がいる。まだ、高校生くらいの女の子だ。
「ああ、ありがとう」
籐也君も他のメンバーも、フアンの子達、大事にしているからなあ。晃さんも、潤一くんもちゃんと受け取ってあげてる。
メンバーのみんなが、プレゼントで両手をいっぱいにしていると、マネージャーさんが来て、それらを袋に入れ、車に運び出した。
「あ、じゃあ、そろそろ行くから。車出るからみんな気をつけて」
籐也君はそう言って、駐車場の方に向かおうとした。
あ、うそ。プレゼント渡せない。行っちゃう!
すると季実子ちゃんが、
「行くよ」
と私の腕を引っ張り、人垣の中に紛れ込んだ。
「ごめんなさい。通して。まだ、プレゼント渡せていないの」
そう言いながら、季実子ちゃんは、人と人の間をどうにかすり抜け、駐車場の入口付近まで私を連れて行ってくれた。
「潤一君、籐也君」
季実子ちゃんがそう大きな声で呼ぶと、車の方に行きかけていた潤一君がこっちを見て、籐也君も呼んでくれた。
「あ…」
良かった。籐也君、気がついてくれた。そして、 二人は私たちの方に歩いてきた。
「これ、クリスマスプレゼント」
そう言って、私と季実子ちゃんは、プレゼントを渡した。
「ありがとう」
潤一君はそう言って、季実子ちゃんからプレゼントを受け取った。籐也君は、
「サンキュ」
と小声で言ってから、もっと声を潜め、
「ごめん、プレゼント、今度渡す」
とそう言ってくれた。
「うん」
籐也君を見ながらうなづいた。籐也君も私を見て、ニコリと笑い、そしてはにかんだように下を向いた。
う…。なんか、私も照れちゃう。
「籐也、そろそろ行くぞ」
潤一君がそう言うと、
「あ、うん」
と籐也君はそう答えて、
「じゃ…」
と私に声をかけ、「メールする」と、口だけ動かして車の方に向かって行ってしまった。
はあ。籐也君、目の前で見てもかっこよかった。なんて思いながら、私たちは駐車場から離れた。
他のフアンの子達は、道路の方にすでに行っていて、籐也君たちの車を見送ろうと並んで待っている。
「花ちゃん、車見送る?」
「ううん。もう駅に行く」
「じゃ、私も」
季実子ちゃんと私は、そのままトボトボと駅に向かった。歩きながら、何回か季実子ちゃんはため息をついた。
「どうしたの?」
「花ちゃん、いいなって思って」
「え?」
「籐也君、メールするって最後に言ってたね。あ、口だけ動かして」
「わかっちゃった?」
「うん。プレゼントも今度渡すって。やっぱり、付き合ってると違うんだね」
「……」
「潤一君にとって私は、フアンなんだよね。それ以上にはなれないみたい」
「はっきりとそう、言われちゃったの?」
「うん。私、それでも全然構わないって思ったけど、やっぱり、ちょっと寂しいかな」
「…」
「他の人、みつけようかな~。なんか、彼氏が欲しくなっちゃった」
「え?いいの?潤一君じゃなくても」
「だって、絶対に無理だってわかってるのに、思っているのは辛いじゃん」
「そうだよね…」
「ちょっと期待しちゃってた分、ただのフアンでいるのも辛いだけかな」
わかるなあ。私も、籐也君がバンドするってわかってから、単なるフアンになって応援しようと思ったけど、辛くなっちゃったもん。でも、なぜか籐也君も私のことを思っててくれたんだよね。
なんだか、不思議。そのへんがまだ、信じられない。今日だって、何度も籐也君と付き合っているっていうことが、信じられなくなりそうだった。
でも、付き合ってるんだよね?
ブルブル…。電車に乗っていると、携帯が振動した。籐也君?私は慌てて携帯を開いた。
>プレゼント、ありがとう。
籐也君だ。って、それだけ?
>お疲れ様。今日も籐也君かっこよかったよ。
私はすぐにそう返信をした。
「誰?もしかして籐也君?」
季実子ちゃんがそう聞いてきた。
「あ、ごめんね?メールしちゃってて」
「ううん、いいけど。なんてメール来たの?」
「プレゼントありがとうって、それだけ」
そう言うと、季実子ちゃんは「それだけ?」と、ちょっと期待はずれっていう顔をした。
ブルル…。また携帯が振動した。
>大晦日、会おうね。その日、帰れなくても大丈夫だよね?
うわ。きゃ~~~。そんなメールが来ちゃった。私は季実子ちゃんが隣にいるから、恥ずかしがるのを必死で抑え、
>うん。大丈夫。
とだけ書いて、また送信した。
「花ちゃん、何?顔真っ赤だけど」
え?や、やっぱり?必死に隠そうとしていたけど、無理だったか。
「あ、えっと。ううん、別に」
「怪しい~~。なんか、赤くなるようなメールが来たんじゃないの?」
「ううん。べ、別に」
「もう~~、いいなあ。羨ましい」
季実子ちゃんはそう言って、私の腕を突っついてきた。
ブルル。あ、またメール…。
>その時、プレゼントも渡す。遅くなってごめんね。花、大好きだから。
きゃわ~~~~~~~~~~~~~~!
ぼわっ!!やばい。顔がめちゃくちゃ熱い。
「何?なになに?花ちゃんの顔もっと赤くなったけど、何てきたの?」
「い、言えない」
「え~~~!教えてよ~~」
「む、無理。言えない。ごめん、季実子ちゃん」
私はそのあとも、しばらく真っ赤になっていたと思う。でも、籐也君、これ、ほかのメンバーがいるところで送ってきてくれてるんだよね?
は、恥ずかしくないのかなあ。もう~~。
私は、私も大好きって送りたいけど、季実子ちゃんの隣で、そんなメールを送れないでいた。そして、家に帰ってから、慌てて、
>籐也君、私も大好き。
とそう送った。
ドキドキ、バクバク。ああ、そんなメールを送っちゃった。メールを送ってから、ドキドキしていると、
>おやすみ、花。愛してるよ。
という、これまた、顔から火が出るようなメールがすぐに返ってきた。
籐也君~~~~!!!!!
会いたいよ。抱きつきたいよ!
一気に籐也君が恋しくなった。さっき、籐也君を見たばかりなのに。
>籐也君。早く会いたいよ。
素直に思っていることを書いて送った。切なくなって、携帯を胸に抱きしめた。するとすぐにまた、ブルルと返信が来た。
>俺も、今すぐ飛んで会いにいきたいよ。
きゃわ~~~~!!!!
そんなメールをもらって、私は切ない思いと、感動で胸がいっぱいになった。やっぱり、私は籐也君の彼女なんだよね?
ステージは遠くて、ちょっと籐也君との距離を感じた。かっこいい籐也君を見れたのは嬉しかったけど、寂しくもなった。だけど、こんなメールをもらうと、距離感はぐっと縮まる。
籐也君!早く、大晦日にならないかな。早く、籐也君に会って、籐也君の温もりを感じたい。
そんなことを思いつつ、私はその日も携帯を握り締め眠りについた。