その7
籐也君の顔が、ますます見れなくなった。籐也君は私の髪を撫でていたが、その手を離して、しばらく黙っている。
なんでかな。やっぱり、私とんでもないこと言ったんだよね?
「花…」
ドキン!
ふわ…。籐也君が、両手で私のことを、優しく抱きしめてきた。
う、うわ~~~。
カチコ~~~ン!
「で、できるだけ、優しく…するけど」
え?!
「本当は今も、こうやって、優しく抱きしめようって、思ってはいるけど」
ドキン。
「でも、ギュって抱きしめたいって、そんな衝動にも駆られて…」
え?え?え?!
「花を思い切り抱きしめたいって、そう思ってる自分もいて…」
きゃ~~~~。お、思い切りって?!
「だけど、花を怖がらせたくないから…」
と、籐也君の手、なんとなく震えてない?それに、声も。なんで?
まさか、籐也君も緊張とかしてる?籐也君もドキドキしていたりする?
「………」
籐也君が黙ってしまった。ど、どうしたらいいんだ。私…。体は硬直したままだし、何を言っていいかもわからないし、これからどうしたらいいかもわかんないよ。
わわわ。籐也君が顔を近づけてきた。キス?
ドキドキドキドキ。キスだ。いつもの優しいキスだ。それから、私を見つめている。私は視線をそらして、うつむいた。
わわわわ。今度は、頬にキスしてきた。と思ったら、耳にも?!
って、え?え?く、首筋にも?!!
きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。ダメ!でも言えない。声が出ない!
と、と、と、籐也君、ダメ!なんで、私のバスローブ、脱がそうとしてるの?
どどど、どうしたらいいんだ。思わず、両手を前にして力を入れてしまった。でも、籐也君はバスローブを私の肩からずらし、今度は肩にキスをしてきた。
ど、どひゃ~~~~~~!!!!
このままバスローブ脱がされたら、私、ぜ、全裸なんだけど!!どうしよう。
「花…」
え?
また、キス…。って、え?
籐也君。いつもと違う。キス、長い。ダメだ。頭がぼ~~~っとする。
バサッ…。何かが床に落ちた音がした。と思ったら、籐也君の手が、私の背中に直に触れていることに気がついた。
それから、ギュって抱きしめられた。籐也君の肌のぬくもりを直に感じた。でも、籐也君はまだ、キスをしていた。
私はまだ、頭がクラクラしていた。力が抜け、ぼ~~っとしている。
籐也君が唇を離したと同時くらいに、私はそのままベッドに押し倒された。
あ?あれ?なんで?すぐ後ろにベッド?私、部屋の隅にいたよ。まさか、キスをしながら私は移動してた?
籐也君が私を見つめ、またキスをしてきた。
ダメだ~~~。
私は、このまま、籐也君のものになっちゃうんだ。
でも、それでもいい。
なんでかわかんない。だけど、そう思えた。籐也君のキスがあまりにも、甘くて、気持ちよくて。
ドキドキはしていた。恥ずかしかった。でも、籐也君の手のぬくもりやキスが、優しくて甘くって、それにどんどん私が溶けていく気がした。
籐也君が、私、ものすごく好きだ。
籐也君のぬくもりも、優しさも、あったかさも、全部。
籐也君が、私の髪を優しく撫でている。それから、起き上がると、私と籐也君に布団を掛けた。
しばらく私は、横を向いて、ぼ~~っとしていた。
「花?」
籐也君が、私の肩に優しくキスをして、
「大丈夫?」
と聞いてきた。
「……」
私はまだ、トロンととろけたままだった。
「花?」
あ、心配そうに顔を覗き込んできた。
「…」
私は黙って、籐也君のほうに顔を向け、それから籐也君の胸にそっと触れた。
「ん?」
「………」
籐也君の「ん?」って言う声も、ぬくもりも全部が優しいよ~~。
じわ。涙が出そうになった。
「大丈夫?花」
「うん」
ちょっとだけ、籐也君の胸に顔をうずめてみた。すると、籐也君が優しくまた私の髪を撫でてきた。
ああ、その手も指も優しくって、またとろけちゃうよ~~~。
また、泣きそうになった。
「ごめんね?」
「え?」
なんで謝ったの。
「俺、ちょっと強引だったかな?」
「ううん」
「俺、優しくなかったかな」
「ううん。そんなこと…」
優しかったって言おうとしたけど、なんだか急に照れくさくなって言えなかった。でも、その代わり、もっと籐也君の胸に顔をうずめてみた。
「と、籐也君」
「ん?」
「大好き」
「………うん。俺も」
籐也君はそう言うと、私を抱きしめてくれた。ギュって抱きしめられたその腕の力が、嬉しかった。
そんなふうに抱きしめられたら、ドキドキして硬直してしまったのに、今は嬉しいなんて。
それから籐也君が私の髪にキスをした。
なんだか、一気に私は変わった気がする。
籐也君に触れられるのが嬉しいとか、籐也君にキスをしてもらうのが嬉しいとか、籐也君のぬくもりをまだまだ感じていたいとか、ずっとこのまま離れたくないとか、そんな気持ちでいっぱいだ。
私は籐也君の胸に顔をうずめたまま、眠りについた。籐也君の心臓の音がして、思い切り安心しながら。
籐也君が、私が眠りにつくちょっと前、優しく、
「おやすみ、花」
と言ってくれた。それから髪に優しくキスをしてくれた。
でも、そのあとも、なにか言ってくれた気がする。夢心地の中、聞こえたのは、
「愛してるよ…」
だったような…。だけど、もう私は半分夢の中にいた。
籐也君のあったかいぬくもりに包まれ、私は幸せな気持ちで夢の中にいた。
夢の中で思っていた。籐也君と結ばれたのは、きっと夢。
明日、朝になったら、きっと私はいつものように自分の家のベッドで目が覚める。そして、ああ、なんて幸せな夢を見たんだろうって、そう思うんだ。
きっと、そうだ。全部、夢だった。
パチ…。なんとなく、目が覚めた。すると、私の髪を優しく誰かが撫でているのに気がついた。
「目、覚めた?花」
ドキン!籐也君。
目が合って、恥ずかしくなって、布団の中に顔を隠した。
「どうしたの?」
「…ゆ、夢…じゃなかった」
「え?」
「なんだか、夢なのか現実なのか、わかんなくなって」
「クス。おはよう。夢じゃないよ?」
「お、おはよう」
そうだった。昨日、籐也君と、ホテルに泊まったんだった。
「よく寝てたね?」
「え?籐也君は?」
そっと籐也君の顔を見てそう聞いた。
「俺?あんまり寝てない」
「そうなの?」
「うん。なんか、目が冴えてたっていうか、寝るのがもったいないっていうか」
「な、なんで?」
「花のこと、見ていたかったから」
う、うわ~~~~。じゃあ、寝顔とか見られたの?
「それに、なんだか、感激してて」
「感激?」
「花が隣にいることとか、花と朝を迎えることとか、花が…」
ドクン。籐也君の目が、なんだか、熱いよ?
「花が…、もう俺のものになったんだなあって、感激してた」
う、うわ~~~。
私はまた恥ずかしくなって、布団で顔を隠した。
それからしばらく、籐也君は私の髪を撫でたりキスしたり、私を抱きしめたり、私の肩にキスをしたり、私の手をとってつないできたり、私に長いとろけそうなキスをしてきたり。
「このまま、ずっと花といたいな」
「うん」
「でも、今日仕事だ。もう行かないと」
「うん」
「家までは車で送っていくよ」
「時間大丈夫なの?」
「大丈夫。俺がチェックアウトしている間、またどっかで待ってて」
「うん、わかった」
籐也君は、ベッドから出ると、そのままバスタオルを腰に巻いて、バスルームに入っていった。
私は、まだ布団に潜っていた。籐也君のぬくもりや匂いの残るベッドにいたくって。でも、籐也君が出てくる前に、バスローブくらい着なくっちゃ、裸見られちゃうし。
でででも、もう昨日見られちゃったよね。籐也君、電気消してくれたけど、バスローブ脱がされたあとだった気がする。
恥ずかしい!いきなり、恥ずかしくなってきた。
私、もう、籐也君と結ばれちゃったんだよね。
きゃ~~~~~~~。
きゃ~~~~~。きゃ~~~~~~。って、ものすごく恥ずかしがっていると、籐也君がガチャリとドアを開け、また腰にバスタオルを巻いて、バスルームから出てきた。
ああ、昨日はなんだか、恥ずかしさのほうが勝っていて、よく見れなかったけど、籐也君って、体引き締まってるんだ。
って、いけない。今、見とれてた。
「私も、シャワー浴びてくる」
「うん」
服や下着を持って、バスルームに入った。そして鏡を見た。
どこか違ってる?私。自分ではわからない。だけど、なんとなく違っている気がする。
バスルームを出ると、籐也君はすでに着替えていた。そして、窓際に立ち、ぼけっと窓の外を見ている。
それから、私の方をゆっくりと見た。
「もう、出れる?支度済んだ?」
「う、うん。もう大丈夫」
「……」
籐也君が黙って私の方に来た。
「花」
「うん」
うわ。抱きしめてきた!それも、ギューって…。
「花…。俺、大事にしていくから」
「え?」
「なんか、花がすごく大事で…。俺、これから忙しくなるかもしれないし、あんまり会えないかもしれないけど、でも、花を泣かせるようなことだけはしたくない」
「う、うん」
「ずっと、花を思ってるから」
「うん」
嬉しい、その言葉。
「昨日、聖さんが歌った歌、あれ、本当に俺、花のこと思いながら書いたんだ」
「……」
ドキ。そうだった。昨日のあの歌、歌詞を思い出しちゃった。
「いつか、花にそう言おうと思っていたのに、聖さんに昨日、言われちゃった」
「び、びっくりした。あれ、聞いて」
「…でも、まじで、本心だから。昨日、花を抱いて、ますます大事だって、花がすごく大事だって痛感した」
ドキン!
「だから、花、不安になったり、俺が遠くに行っちゃうかもなんて、そんなこと思わないでもいいからね?」
「うん」
「俺、ずっと花のこと思っているから…。ね?」
「うん」
ギュって抱きしめられるのが嬉しかった。籐也君の腕の力も、ぬくもりも全部嬉しかった。
その後、籐也君が言うように、会える日はなくなった。ウィステリアはツアーが始まり、スタジオで練習する時間も減り、私のバイト先に籐也君が来ることもなくなった。
でも、籐也君は、メールや電話をくれた。そして、
「花。俺と会えなくて寂しいからって、浮気してないよな?」
なんて、冗談を言ってくる。
それをなんとなく、電話で桃ちゃんに言ったことがある。すると桃ちゃんは、
「あ、それ、冗談じゃないよ。聖君に、花、俺と会えない間に浮気しちゃったらどうしようって、そうメールが来たことあったし」
「え?と、籐也君から?」
「花ちゃん。今だから言っちゃうけど、籐也君って本当に、花ちゃんのことでけっこう悩んでみたり、聖君に相談しに来たりしてたんだよ」
「…。あの、籐也君が?」
「うん。それだけ、花ちゃんのことは、大好きみたい」
うわ~~~~。
「それで、花ちゃん。泊まったときは、思い切って籐也君の胸に飛び込んでみたの?」
桃ちゃんが聞いてきた。
「う、うん」
ああ、顔が熱い。ここに桃ちゃんがいたら、真っ赤なのを見られていたかも。
「籐也君、優しかった?」
どひゃ。そんなこと聞いてきちゃったよ、桃ちゃん。
「え、え、えっと。うん」
うわ~~~~。思い出すだけで恥ずかしい!
「良かったね?」
「うん」
なんだか、桃ちゃんが、すっごく大人な感じがする。私よりもずっと年上みたいな…。
「でもね、桃ちゃん。私、いまだに信じられないっていうか。昨日もテレビに籐也君出てたでしょ?籐也君が歌う姿見て、本当に私、この人と一晩過ごしちゃったのかなあって、日にちが経てば経つほど、夢を見ていたような、そんな気になっちゃうの」
「わかる!それ、わかるよ、花ちゃん」
「え?わかる?も、桃ちゃんもそう?」
「うん!夢だったみたいな、そんな気になるよね。それに、いつまでたっても、聖君がかっこよくって、ドキドキしちゃったり」
「え?い、いまだに?」
「うん!だって、2次会の時の聖君、超かっこよかったし。それに、紋付袴も、タキシードも、すっごくかっこよくって、私、その日以来、また聖君といるとドキドキしちゃって…」
桃ちゃん…、結婚してもそうなんだね。
「桃子ちゃん、もしかして、花ちゃんと電話?」
あ、今の、聖君の声だ。
「うん、そう」
「桃子ちゃん、また、俺に惚れちゃったって、そんな話?」
「うん、そう。花ちゃんも、籐也君をテレビで見てると、彼女だってことが信じられなくなるみたいで」
「え?か、代わって、電話」
聖君の焦った声がして、聖君が電話に出てきた。な、なんでだろう。
「花ちゃん?一言言っておくけど」
「え?う、うん」
「あいつ、花ちゃんのこと本気だから、ちゃんとあいつの彼女なんだってこと、自覚しないとダメだよ?」
「え?」
「ああ見えて籐也、たまに自信喪失したり、花ちゃんにふられたらどうしようなんて、すげえ暗いこと考え出したりするから。ちゃんと、いつでも、籐也君が好きっていうメールとか、電話とかしてやって」
「え?わ、私から?」
「そう。そういうメールしてくれないと、あいつ、すぐに俺のところに泣きついてくるから。頼んだよ?俺も、そうそう籐也のことばっかり面倒見れないからさ」
「………う、うん」
「じゃね。あ、桃子ちゃんに代わるね」
「花ちゃん、聖君の言うとおり、素直に、寂しいとか、好きとか、メールしたほうがいいと私も思うよ」
「え?」
「花ちゃんのことだから、忙しいのに寂しいだなんて言ったら、籐也君困るだろうな、なんて配慮いらないから。どうも、籐也君って、そういう配慮わかんないみたいで、寂しいって言ってもらったほうが嬉しいみたい。だから、本心をいつでも伝えてあげてね?」
「う、うん。わかった。ありがとう、桃ちゃん」
私は電話を切ってから、すぐさま、籐也君にメールした。実は、ツアーの間、忙しいだろうからって、メールも控えてたんだ。
本当はメールしたかった。もっと、いっぱい。
>籐也君、昨日テレビで見たよ。籐也君、かっこよかった。ツアー、あと何箇所だっけ?頑張ってね。体に気をつけてね。
それから、こんなこと言ったら、籐也君を困らせるだけだけど、やっぱり、会えないのは寂しいよ。
メールの返信は、その日の夜中に来た。今か今かと待ち続けた。もしかして、迷惑なメールをしたのかなって、そんな思いも湧いてきて、送らない方がよかったかもって、後悔もした。
だけど、籐也君からのメールは…。
>花、俺も、今すぐに会いたい!会って、花を抱きしめたいよ!
うわ~~~~~~~~~~~~!それを読んで、体中から火が出るくらい、照れまくった。でも、嬉しかった。
なんて返信しよう。まさか、私も抱きしめられたい、なんて返事できないし。
でも、一番、素直に思っていることを…。
>籐也君、大好き!
それだけ書いて送った。送ってから、また恥ずかしくなって、ベッドに寝転んで、枕に顔をうずめていた。
でも、すぐに携帯が鳴り、私は慌てて携帯を開いた。
>俺も、大好きだよ、花。
きゃわ~~~~~~~~~~~~~~~。嬉しい!!!
そのあと、すぐにキュンって胸が締め付けられた。切ない。会いたい。
私も、籐也君のぬくもりが恋しいよ。
>籐也君のぬくもり、恋しいな。
そのまま素直に送ってみた。すると、
>ほんと?でも、寂しいからって浮気はダメだよ?花。
と、そんなメールが来た。これ、冗談だと思っていたけど、本気で言っていたんだよね。
>しないよ。籐也君だけしか好きになれないから。籐也君のぬくもりしか、欲しくないから。
そうメールを送ると、ちょっとたってから、返信が来た。
>クリスマスはライブがあって、二人で過ごせないけど、年末は仕事ないから、二人で過ごそう。
籐也君としばらくメールを送り合って、携帯を握り締めたまま、私は眠りについた。