その5
桃ちゃんと聖君の結婚式の日がやってきた。桃ちゃん、きっと可愛い花嫁さんなんだろうなあ。
私は籐也君と、2次会に行く。あ、でも、正確に言うと、籐也君はウィステリアのメンバーと行くし、私はヒガちゃんや、メグちゃんと行くからなあ。
咲ちゃんも、招待状が届いたんだけど、漫画家の集まるパーティの日と重なっていて来れないらしい。あの、麗しい聖君に会いたかったと残念がっていた。
メグちゃんと、ヒガちゃんと駅の改札口で待ち合わせをしていた。5分前につき待っていると、二人がほとんど同時にやってきた。
「久しぶり~~~」
ヒガちゃんに会うのは、高校卒業して以来だ。
「メグちゃんも、ヒガちゃんも、元気だった?」
「元気だよ~~。花ちゃんも元気そう。それに、今日の服可愛い!」
今日の服はこの前、季実子ちゃんに選んでもらった。季実子ちゃんは、おしゃれだし、センスがいいんだよね。
「二人も可愛い」
私がそう言うと、
「桃ちゃんの結婚式なんだけどさ、私、聖君に会えるのがすっごく楽しみで、気合いれちゃった」
とメグちゃんがそう言った。
でも、聖君は桃子ちゃんしか、目に入らないと思うんだけどなあ。
「ねねね、今日ライブハウスなのは、ウィステリアのライブがあるからでしょ?花ちゃん!」
聖君に気があるはずのメグちゃんはそう言うと、
「それも楽しみでさ~~」
と思い切り目を輝かせた。
「え?ウィスリアがなんで?」
ヒガちゃんがびっくりしている。あ、そうか。ヒガちゃんは、全然知らないんだった。
「聖君って、籐也君の友達なの。それで、前から2次会では演奏してくれよなって頼んでいたみたい」
「そうなの?!そんな有名人と知り合いなんだ。すご~~い」
「え?ヒガちゃん、知らないの?」
「籐也でしょ?知ってるよ~~~。○○ってアイドル、ほら、花ちゃんが追っかけてた、あの子に似てるよね」
「う、うん」
「まだ、花ちゃん、○○のフアンなの?」
「ううん。今は、ウィステリアの…」
「あ、籐也の?なんだ~~。○○から籐也にのりかえたんだ~~」
う。もともとは、籐也君のほうが先。
「え?違うでしょ?もともと、籐也君のフアンだったんでしょ?」
メグちゃんがばらしてくれた。
「なになに?その話知らないんだけど」
ヒガちゃんが、興味津々になってきた。
「あ、あのね。中学の時、モデルをしてたんだよ、籐也君。私、そのモデルのショーとか見に行って、フアンになっちゃって」
「へ~~。モデルしていたんだ」
「でも、中学3年でやめちゃったの。それから、○○が籐也君に似てるから、追っかけてたんだ」
「なんだ~~!籐也の方が先なのか。へ~~。じゃ、偶然にも聖君が籐也と友達で、花ちゃん、また籐也に会えるんだね」
「…うん。だ、だけど、今までもライブとか行っていたから」
「そうなの?今度私も行きたい。あ、でも、今日見れるんだよね?ライブ」
「うん」
「楽しみ~~~~。籐也もだけど、私、晃のフアンなんだよね~~~」
そうか。フアンだと、呼び捨てなんだ。なんか、変な感じだ。
ヒガちゃんは、私と籐也君が付き合っているなんて知ったら、どうするかな。メグちゃんは知っているけど、今、ばらさなかった。言わないようにしてくれたのかな。
「あ~~~。聖君に会うの、楽しみ」
なんだ。心ここにあらずなだけか。
みんなで電車に乗りながらそんな話をしているうちに、目的地についた。
ライブハウスまでは、駅からすぐだ。私たちはその前に、駅前にあった花屋によって、可愛いブーケを作ってもらった。桃ちゃんにはやっぱり、ピンクのブーケがいいよね。
それから、ライブハウスに行った。
中に入ると、薄暗い中、もう何人もの人が来ていた。
「花!」
蘭ちゃんだ。
「果歩も椿も苗も、小百合ちゃんも来てるよ!」
そう言って、手招きしてくれた。
「ごめん、ちょっと挨拶してくるね」
「うん、いっといで」
ヒガチャンとメグちゃんを残して、私は奥へと入っていった。
そして、みんなに再会して喜び合った。みんなに会うのは久しぶりだ。
「花、今日籐也のライブでしょ?いまだにラブラブなの?」
「え?えっと。籐也君に会うのも久しぶりなの」
「ええ?何それ。うまくいってないの?」
「う、ううん。そんなことはないけど」
蘭ちゃんに言われ、私は困ってしまった。
それにしても、蘭ちゃん、セクシーな格好をしているなあ。もともと大人っぽいのが、ちょっと胸の空いたドレスだし、私なんて、まるで子供だ。これでも、大人っぽい服を着てきたつもりなんだけどなあ。
「小百合ちゃん、赤ちゃん元気?」
「和樹、とっても元気。それにどんどんでかくなっちゃって、抱っこも大変なの」
「今日は旦那さんが見てくれてるの?」
「うん。そう」
「理事長も元気?」
果歩ちゃんが聞いた。
「元気だよ。張り切って和樹の世話をしてくれてる」
「へ~~~」
「私、夏に桃子ちゃんや凪ちゃんと会おうと思っていたけど、会えなかったの。だから久しぶりなんだ」
そうか。みんな、なかなか会えないでいるんだね。
高校生の時には、毎日のように顔を合わせていたのにね…。
「聖君、今日会えるの楽しみ」
うわ。ここにも聖君フアンがいた。果歩ちゃんと椿ちゃんが、ウキウキしているけど、そんなに楽しみなのかな。
「聖君、今日歌うんだよ」
「え?ほ、ほんと?」
蘭ちゃんの言葉に、二人の目はさらに輝いた。
「と、籐也君も歌うんだけど」
つい、私はそんなことを口走った。
「あ、そうだよね!ウィステリアのライブ、なかなかチケット取れないって聞いたよ。最近すごくうれててすごいよね!」
苗ちゃんがそう言ってくれた。でも、みんなは籐也君よりも、聖君に会いたいみたいだ。
そうだよなあ。あの、体育館での演説、かっこよかったもんなあ。
どんどん、ライブハウスには人が入ってきた。そして、ステージに、蘭ちゃんと、蘭ちゃんの彼氏が上がって、
「もうすぐ、新郎新婦が到着するので、到着したら思いっきり、拍手をして出迎えてください」
と二人が言った。
いよいよだ。桃ちゃん、どんなかな。聖君と結婚してきっと喜んでいるよね。あ、もう結婚は1年も前にしていたのか。そうだった。でも、式を挙げられて、喜んでいるよね。
練習している聖君を見て、ドキドキしたって言ってた。いつまでたっても、桃ちゃんは聖君に恋してるんだよね。なんだか、いいな。そんな夫婦。
バタン。ライブハウスのドアがあき、聖君と桃ちゃんが入ってきた。聖君はスーツ姿。桃ちゃんは可愛いピンクのドレス。
聖君は桃ちゃんに寄り添っていて、腰に手をまわしている。
ああ、なんだか、見ているだけで仲のいい夫婦だっていうのがわかるよ。
みんなが一斉に拍手をした。その中を二人はゆっくりと歩いてきて、ステージに上がった。それから挨拶をすると、ウィステリアのメンバーがステージに上がってきた。
「きゃ~~。籐也だ!」
そんな声が聞こえた。私は、籐也君を見た。ああ、今日もかっこいい!
ライブハウスの端にある椅子に私は腰掛けた。桃ちゃんも隣に座ってきた。
途中で、桃ちゃんの隣にいた聖君は、真ん中まで駆けていき、ノリノリに乗り出した。でも、桃ちゃんは私の隣に座ったままだった。
私は、桃ちゃんが時々私のことを見ているのに気がついていたけど、でも、籐也君に夢中で、籐也君ばかりを見ていた。
かっこいいなあ。ステージでの籐也君はなんであんなにかっこいいんだろうか。
時々ちらっとこっちを見る。でも、籐也君はすぐに視線を外す。
あんまり見つめられても、ドキドキしちゃうし、恥ずかしいから、ちらっと見られただけでも、私の心臓は早まってしまう。
だから、いつも隅っこの方で見ている。こうやって、見ているだけで、それだけで満足なんだ。
それにしても、聖君といい、他の人たちも、思い切り乗りまくっているなあ。だから、籐也君も他のメンバーも、ノリノリに乗っている。
特に籐也君、嬉しそうだ。
そして、聖君を籐也君が呼んで、聖君がステージに上がった。客席からは、
「聖君!」
という女の子の声や、
「聖~~~」
という男性の野太い声が聞こえてきた。
隣を見ると、桃ちゃんが今度はうっとりとしながら、ステージを見ている。
そして、聖君が歌いだした。
うわあ。やっぱり、聖君もかっこいいなあ。
歌い終わっても、
「聖君!アンコール」
という声がして、聖君はもう1曲歌うことになった。
聖君がなぜか、ステージの上で照れている。
「え、えっと。ウイステリアって、ほとんどロック調でノリノリの曲ばかりなんだけど、数少ないバラードってのがあって」
「数少なくて悪かったですね」
聖君の言葉に、籐也君がそんなことを言っている。
バラード?そういえば、あんまりバラードってないよね。
「なんだよ。お前だって、こういう歌が苦手なんだろ?だから、少ないんだろ?でも、歌詞書いてるのお前だろ?それも、一人の子のこと思って書いてるんだろ?」
「聖さん!ばらさないでください、こんなところで!!!」
え。今聖君なんて言ったの?
一人の子のことを思って書いた?
「いいじゃん。だって、ここって花ちゃんの友達ばっかりだよ?お前とのことなんか、みんな知ってるって」
わ、私?!
うわ~~~~。顔が、思い切り熱い!
いろんなひやかしの声が聞こえてきた。ヒガちゃんの、ものすごい驚きの声も聞こえた。でも、私はそれどころじゃなかった。
聖君が歌いだした。隣で桃ちゃんが、感動しながら聞いているのがわかる。
そんな聖君の歌うこのバラードは、桃ちゃんと聖君にぴったりのラブソングで。
っていうのを、籐也君が私のことを思って書いてくれたの?うそ!だって、聞いてると、すごい歌詞なんだけど。
「永遠に愛を誓うよ。この想いは永遠に続くから。ずっと君を愛していくよ」
聖君が静かにそう歌う。桃ちゃん、泣いてる。
でででも、ごめん、桃ちゃん。今は桃ちゃんや聖君のことなんて、考えてられない。
え、永遠に愛を誓うよ?ずっと君を愛していくよ?
そ、それ、私に書いた歌詞なの?本当に?絶対に信じられないよ。
2次会は終わった。ぼ~~っとしながら、ライブハウスを出た。桃ちゃんと聖君が出口にいて、ひとりひとりに挨拶をしていた。
「桃ちゃん、おめでとう」
そう桃ちゃんに言うと、知らぬ間に横に籐也君が来ていた。
あ、あれ?いつの間に?
「次はお前の番?籐也」
聖君が、籐也君にそう言った。
「え?ま、まだですってば」
「そうなの?」
まだ?何が?
「……まあ、いつかは、花と結婚するとは思うけど。そんときは、聖さん、また歌ってくださいね」
え?!今、籐也君、なんて言った?
「やだよ、お前が花ちゃんのために歌ったらいいじゃん」
聖君がそう言って笑った。
私は聖君からブーケを、桃ちゃんからお菓子をもらって、籐也君に手を引っ張られながら、ライブハウスをあとにした。
「花」
「え?」
「車で来てるから、送ってく」
「他のメンバーは?」
「あいつらも花のこと送ってけってさ」
「……」
籐也君は、早歩きで私の手を引き、ライブハウスの駐車場に行った。そして車に乗ると、
「はあ」
と、なぜかため息をついた。
「籐也君?」
「なんだか、脱力」
「今日、すごく盛り上がったもんね?」
「聖さんがね」
「籐也君もいつもより、ノリノリだったよね?」
「……。でも、やっぱり聖さんにはかなわないって思った」
「え?」
「あ、歌がとか、そういうことじゃなくて」
?何がかなわないって思ったのかな。
「でも、俺も…」
籐也君はそう言うと、しばらく黙った。
「籐也君?」
「俺と付き合ってるのって、きっと大変だよね?花」
「え?」
な、何それ。いきなりまさか、別れ話?
「今まで、俺の方ばっかり、花に頼ってきた気がする」
「そ、そんなことないよ。だって、私、何もしていないし」
「してるよ」
籐也君が私を見た。そしてまた、視線を下げた。
「俺、花がモデルショー、見に来てくれてた時、不思議と頑張れた」
「…」
「今も、花がライブ見に来たり、練習見に来てくれてると、頑張れるっていうか、パワー出るっていうか」
「ほ、ほんと?」
そう言ってもらえて、嬉しい。
「多分、俺のパワーの活力源」
「私?」
「そう」
ドキドキドキ。そ、そうなんだ。あれ?じゃあ、別れ話とは違うの?
「だから…。隣にずっといて欲しい。たださ、俺も、花に元気あげたり、花を支えていったりしたいってそう思って」
「それは、もう充分今でも」
「本当に?俺、花の支えになってるのかな」
「なってるよ」
「……」
籐也君、そんなこと考えててくれたんだ。わあ、嬉しい。
「良かった」
籐也君の口元がゆるみ、笑顔になった。そして、また黙り込み、
「花、俺、けっこう情けないやつだけど、頑張るからさ、ずっと隣にいてくれるかな」
と、ポツリと小さな声でそう言った。
籐也君の目、なんだか可愛い。
「情けなくないよ。全然」
「……」
籐也君が顔を近づけてきた。キスだよね?
私は目をつむった。籐也君はそっと唇に触れ、それから顔を離すと、
「花。今日、帰れなくなっても平気?」
と聞いてきた。
「………」
え?
籐也君はエンジンをかけると、静かに車を駐車場から出した。
ととと、籐也君。もう前を向いちゃって、なんにも言わなくなっちゃったけど、今さっき、なんて言った?
帰れなくなっても平気って、まさか、泊まっていくってこと?
え?
え?
え?
カチコーン。籐也君の隣で、私は固まった。でも、まっすぐ前を見ている籐也君は、そのことすら気がついていないようだった。