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その4

 籐也君が戻ってきたのは、もうすでにピザが届けられ、みんなで食べだしてからだった。

「ごめん、遅くなった」

 籐也君はそう言いながら、部屋に入ってきた。


「籐也の分はもうねえよ」

 晴樹君がそう言った。

「嘘だろ?」

「こっちに取ってあるよ」

 私がそう言うと、籐也君は私を見てなぜか、バツの悪そうな顔をした。


 なんで?

「どうした?あの子。ちゃんと帰った?」

「え?ああ、うん。まだ仕事が残ってるって言ったら、どうにか帰ってくれた」

 籐也君は、晃さんの質問に答えた。それから、私の横に来て椅子に座った。


「何飲む?籐也」

「ああ、コーラでいい」

 籐也君は缶のコーラを潤一君から受け取った。

「はあ、疲れた」

 そう言いながら、ブシュっと缶をあけ、籐也君はコーラを飲んだ。


「籐也君、あの子っていうのは?」

 私の隣から顔を突き出して、季実子ちゃんが、私の気になっていることを聞いてくれた。

「え?ああ。ファンなんだけど、ちょっとしつこいっていうか。でも、そうそう邪険にもできないしなあ」

「美枝ちゃんの友達だから?でも、美枝ちゃんは、適当にあしらっていいって言ってたよ?」

 そう、潤一君が籐也君に言った。


「あんまり優しくすると、勘違いしちゃうかもしれないしな」

 晃さんがそう言うと、

「ああ、そういえば、そんな子いたっけ?」

と晴樹君が、上を向いて思い出しながらそう言った。


「そんな子?お前のファン?」

「籐也のだよ。藤沢の時のライブ見に来て、モデルの時からのファンですって言って、お前が愛想よくしたら、ちょっと勘違いして、練習とかまで見に来ちゃった子、いたじゃん」


 え?

 ま、まさか、それ、私のこと!?

「そんな子いた?」

 籐也君が、ピザをほおばりながら晴樹君に聞いた。


「お前覚えてないの?いっとき、よく顔出してたじゃん。こっちのスタジオはわからないみたいだから、もう来なくなったけどさ」

「え~~?誰?いたっけな?花、知ってる?」

 え?え?私じゃないの?


「花も会ったことある子?」

「あるかもね。しょっちゅう来ていたから」

 え?え?私じゃないんだよね? 

 ああ、ドキドキした。私のこと言われてるのかと思った。


「いたのかなあ?よく覚えてないな」

「あはは。だって籐也、花ちゃんしか眼中になかったもんなあ」

 突然、晃さんが大きな声で笑ってそう言った。

「え?!」

 私しか眼中にない?


「それに、いろいろと落ち込んでみたり、悩んでみたりしていたっけ」

「おい、潤一、花にばらすなよな」

 籐也君の顔が、赤くなった。

「お、落ち込む?悩む?」

 まさか、私のことでじゃないよね。


「そうそう。花ちゃんが一人で帰っちゃった時のライブ。こいつ、悲惨だったもんなあ」

「ああ、覚えてるよ。落ち込んでこいつ、口もしばらくきかなくなって」

「晃まで、そういうことばらすなよ」

「籐也君が真っ赤」

 季実子ちゃんはまた、顔を突き出して籐也君の顔を見てそう言った。


「花、こっち見るな」

 籐也君はそう言って、私と反対方向を見てしまった。

「あ、思い出した、名前。サチとか、サチコとか、そんな名前」

「え?」

「知ってるの?花」


「知ってる。籐也君のモデルのショーに必ず来てた。私たちより一個上で、祥子さんってちょっと変わってて有名だったし…」

「そうだったっけ?」

「え?覚えていないの?手紙とか、プレゼントもらってなかった?」


「う~~ん。他にもくれる子いたし、覚えてないよ、そんなのいちいち」

「そ、そうなの?」

 ガ~~~ン。じゃあ、私のあげたものも?ってうか、私のことは?

「じゃあ、私のことも…」

 暗くなりながらそうつぶやくと、籐也君は、

「花のことは覚えてるって。一番印象薄そうなのにな」

と、意地悪な口調でそう言った。


「え?」

「ひどいなあ。一番印象薄いなんて」

 私の隣で、季実子ちゃんがそう口をはさんできた。

「でも、覚えているってことは、籐也にとっては、印象でかかったんじゃないの?」

 晃さんがそう言った。


「別に。でかいわけじゃないけど、ただ…」

「ただ?」

「目立ってたんだよ。逆にさ。みんな、ファッションショーの世界に憧れて来てるから、オシャレしてきてる中、花はいっつも、地味~~~で、ださい服着てきていたから」


「酷いよ、フォローになってないって」

 また、季実子ちゃんが顔を突き出してそう言った。

 そうだよ。酷いよ、そりゃ、本当のことだけど。


「なんか、まったくすれてないっていうか、純粋っていうか、純朴っていうか、こんな子もいるんだなあって、衝撃は受けたけどね」

 籐也君はそう言うと、くすっと笑った。


「そういうところに、惹かれたわけね」

 晃さんがそう言うと、籐也君は、コホンと咳払いをして、

「ま、まあ、そういうことになるかもしれないけど」

と私の方を見ないでそうつぶやいた。


「なるほどねえ。どうして花ちゃんと籐也君が付き合いだしたのか不思議だったけど、そういうことかあ」

 季実子ちゃんが私の隣で大きくうなづいた。

「籐也君の彼女って、派手な子なのかなって思ってたけど、花ちゃんで私、驚いちゃったの。でも、今のを聞いて納得しちゃった。モデルや、ファンの派手な子達を見ていたから、花ちゃんは新鮮に映ったんだねえ」


「……新鮮?う~~~ん。そういうわけでもないかな。ただ、花は話してると、癒されたから…」

「え?癒されたって?」

 季実子ちゃんがまた、籐也君のほうを思い切り見て聞いた。

「なんか、ホッとするじゃん。一緒にいてさ」


 籐也君はそう言うと、また下を向いてちょっと笑った。何かなあ。思い出し笑いかなあ。

「花ちゃんは、籐也には特別な存在なんだろ?」

 潤一君がそう聞いた。

「…。そうだなあ。モデルの子達は、花で例えるなら、刺のあるバラとか、やたら高価な蘭とか、香りの強い百合とかかな。そういう子達ばかり周りにいたから、疲れたっていうか」


「花ちゃんは、花で例えたら?」

 晃さんが聞いた。前は確か、雑草って言っていたような。

「う~~ん、名前もない、道とかに咲いてる雑草?」 

 うわ。やっぱり、雑草なんだ~~。


「強いってこと?」

 季実子ちゃんが聞いた。それだよ。前も言われたもん。踏まれても枯れない強い雑草。

「うん、それもあるけど。なんつうの?ふと辛くなって下を向くと、あ、こんなところに花が咲いてたって、なんだか癒されたり、元気をもらったり、そんな雑草て実際あるじゃん。黄色くて小さくて、でも、頑張って生きてますみたいな」


「うんうん。あるよね。コンクリートの割れたところから、咲いてたりする…」

「そうそう。そういうところに健気に咲いちゃってるような花。きっと強いんだ。でも、守ってあげたくなるような…。だけど、その花に励ましてもらったりもしてさ」


「確かに、花ちゃんみたいだな」

 晃さんが優しい顔をしてそう言った。

「わ、私、そんな強くなんて」

「……。うん。強がってたんだよね?」

 そう籐也君は言うと、私のことを優しい目で見た。


「……なんだか、深い絆があるのね、二人には。羨ましいな」

 季実子ちゃんが私の隣で、ぼそっとそう言った。

 私はその言葉を聞いて、びっくりした。


 深い、絆?私と籐也君に?


「名前とか、いいんだ。名もない雑草でも。花は花だから。もしかすると、そこらへんにも咲いてるかもしれないけど、でも、俺にとっては特別なんだ」

 と、籐也君?


「って、俺、なんでこんなこと語ってんの?聞いてるなよな、みんなして」

「勝手にのろけてろよ。俺だって、絶対にそんな彼女見つけてやるからな」

 潤一君がそう言って、籐也君の背中をバチンと叩いた。


 あれ?潤一君は、季実子ちゃんと付き合う気になったんじゃないの?違ったのかな。

 私は季実子ちゃんの顔を見た。すると、

「いいよね、そうやって、ちゃんと自分の好きな相手を見つけられて」

 なんて、そんなことを季実子ちゃんは口にした。


 籐也君が、

「送ってくよ、花。車で来てるからさ」

と言って、椅子から立ち上がった。

「あ、ありがとう」

 私も椅子から立ち上がり、カバンを持った。


「じゃ、お先に」

 籐也君はメンバーのみんなにそう言って、私もペコリとお辞儀をしてスタジオを出て、駐車場に行った。季実子ちゃんは、ほかのメンバーとまだ話をしていて、あとから帰るようだった。


 籐也君が助手席のドアを開けてくれた。

「あ、ありがとう」

 私は、助手席に座った。籐也君は運転席に座ると、

「花がなんだか、変だ」

と突然私の顔を覗き込みそう言った。


「え?私?」

「さっきから、やたらと他人行儀」

「ご、ごめん」

「ほら、まただ」


「だって、ずっと会えなかったから、なんだか、遠い存在のような気が」

「また?時々そういうのあるよね」

「ごめん」

「……」

 籐也君は黙り込み、私を見ている。

 

 ああ、もしかして怒っているのかも。私は黙って下を向いていた。籐也君が怒っていたとしたら、顔を見るのもなんだか怖いし。


 そう思ってじっとしていると、籐也君の顔が思い切り近づき、ふわっと私の唇に触れた。

「え?」

 キス?

「時々、花は俺から離れて行きそうになるから。本当はもっと、抱きしめたりしてつなぎとめておきたいんだけど、そんなことしたら、泣くだろ?」


「……」

「って、キスだけでも泣きそうだな…」

「ご、ご、ごめん」

 だって、突然で。


「いいよ。白状すると、そういうところも俺、惚れてると思うし」

「え?!」

 惚れてる?

「………」


 うわあ。籐也君がじいっと、間近で私の顔を見てる。それも、優しい目で。

「今日、来た子…。名前忘れたけど、俺、ちょっとだけ花と比べちゃって」

「え?」

 何を?どう?その子、可愛いの?綺麗なの?大人なの?


「化粧も派手だし、香水もきついし、服も派手だった。目の周り黒いし、やたらとミニスカートだし」

「…そ、そうだったの?」

「ああいうタイプはダメなんだよね」

「そ、そうなの?」


「花って、ほんと、癒し系だよね」

「え?私?」

「うん」

「雑草でしょ?名前のない」


「うん」

「……」

 でも、褒め言葉…だよね?

「あのさ」


「うん」

「近くにいろよな?」

「え?」

「離れていくなよな?」


「私から離れないよ」

「うそだ。すぐに俺を遠い存在にするくせに」

「そ、それは、だって…」

 え?きゃあ。また、顔思い切り近い!


「眼、閉じて?花」

 う、眼を閉じるって、やっぱり、キス?

 私はギュって目をつむった。唇も固く閉じた。籐也君は、私の唇にそっと優しく唇を重ねた…と思ったら、すぐに離れた。

 でも、そのまま目を閉じていると、頬にもキスをしてきた。


 う、うわ~~~。うわ~~~。

「……。泣く?」

「う、ううん」

 私は目を開けた。籐也君の顔はまだ、真ん前にあった。そして、

「好きだよ、花」

と優しくそう囁いてくれた。


 籐也君。雑草でもいいや。名前のない雑草でも、特別だって言ってくれた。それが嬉しくて、今の「好きだよ」も嬉しくて、キスも嬉しくて、やっぱり私は泣いてしまった。




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