その1
私は、鈴木花恵。みんなからは、「花ちゃん」と呼ばれている。
中学の時、当時モデルの仕事をしていた玉木籐也君という、カッコイイ男の子に一目惚れをして、しばらくモデルのショーなどに通いつめた。
籐也君は、性格はあまりよくないと評判だった。友達も、見てるだけにしなねってそう言っていた。でも、見てるだけもなにも、私が相手にされるわけもないって、そう私は思っていた。
そして、籐也君に彼女ができた。モデルの芹香っていうとっても綺麗な人だ。私にはとうてい、太刀打ちできそうもない。
籐也君から離れた。だけど、私はずっと籐也君を思っていた。でもその気持ちは封印した。
かなわない相手、手の届かない人。それが籐也君だから。
それなのに籐也君に似ているアイドルを追っかけたりして、結局私は、籐也君を完全にふっきることができずにいたんだな。
「似てるかな?」
「え?」
「俺、たまにこいつに似てるって言われるんだけど、花も似てると思う?」
籐也君が、テレビに出ているアイドルを見てそう聞いてきた。
「うん。ちょっと…」
「花、こいつの追っかけしてたってほんと?」
「え?!ど、ど、どこでそれ!」
「あ、本当だったんだ」
「どこで知ったの?」
「この前、桃子ちゃんが練習見に来たじゃん。そんときに言ってた」
「も、桃ちゃんが?!」
「いや、聖さんが」
「…聖君が…」
ばらしちゃったの?隠してたのにな、籐也君には。
「俺に似てるから、追っかけしてたんだって?」
「え?!そ、そんなことまでばらしたの?聖君」
「うん。花ちゃんは、ずうっとお前に惚れてたんだねって、そうからかわれた」
「う、嘘」
「……」
と、籐也君、顔、近い。まさか、キス?
「花、俺、明日からしばらくオフの時間ないんだよね」
「え?」
キスじゃなかった。顔、近づいてきたからびっくりしちゃった。
「今日くらいしか、ゆっくり会えない」
「そ、そうなんだ」
だから、今日会おうって言ってくれたのか…。
「籐也君、ごめんね?気を使ってもらって」
「え?」
「だって、しばらくオフがないんだったら、今日、ゆっくりしたかったんじゃないの?」
「別に」
「じゃ、友達に会いたかったとか」
「友達、そんなにいないし、俺」
「あ、メンバーの人は?」
「メンバーのやつらなんて、しょっちゅう顔見てるんだから、オフの時くらいは別行動したいよ」
「そ、そうなんだ」
「何?花、俺と会うの、嫌だった?」
「そ、そんなわけないよ」
「……じゃ、なんでそんなこと言うんだよ」
「…だって」
あ、また、籐也君、顔近づけてきた。まさか、キス?
「ふん。素直じゃないよね、花ってさ」
「え?」
顔、向こうに向けちゃった。キスじゃなかったのか…。
「なんで、素直じゃないの?私」
「…素直じゃないじゃん。昔から」
「え?」
「俺に会えて嬉しいんだったら、そう素直に言えば?」
「…ご、ごめん」
でも、そんなこと恥ずかしくて言えないよ。
籐也君はまだ、向こうを見たままだ。それから、頭を掻くと、
「どっかにデートでも行きたかったけど、ばれるとやばいしなあ」
とつぶやいた。
二人でどこかに行くことって、ずっとしていないかも。籐也君が練習しているスタジオに行ったり、籐也君が私のバイト先の喫茶店に来たり、それでちょこっと会えるだけで。
だから、今日みたいに二人きりで会うなんてなかなかないから、今日はずうっとドキドキしている。
今日は、籐也君の家に来ている。来た時には、籐也君のお母さんもいた。っていうよりも、お母さんと一緒に家に来た。カモフラージュだ。
家に来ると、お母さんは、
「じゃ、籐也、お母さん仕事に行ってくるから、花ちゃん、遅くまで引き止めたらダメよ。あなた、帰りも送っていってあげられないんだから」
とそう言って、家を出ていった。そのあと、リビングのソファーで、籐也君の隣に座っている私は、ずっとドキドキしながら籐也君とテレビを見ていた。
「お母さんに、なんだか申し訳ないよね」
「え?いいんじゃないの?母さん、花のこと気に入ってるし」
「でも」
「…それより、夕飯何食う?」
「私、そんなに遅くまで、ここにいていいの?」
「……」
あれ?籐也君、顔怖い。
「前から聞こうと思ってたんだけど、花」
「え?」
「花ってさ、俺の彼女だってこと、ちゃんと意識してる?」
「え?!」
い、いきなり、何?
「してるよね?俺ら、付き合ってかなりたつと思うんだけど」
「で、でも、なんか…。テレビで籐也君を見たりすると、すごく遠い存在のような気がしちゃってきて」
「アホじゃない?こんなにすぐ近くに、今もいるじゃん」
「…」
籐也君って、前から思っていたけど、口悪すぎ…。たまに傷つく…。
「お、遅くまで引き止めるなって、お母さんも言ってたし。だから、遅くまでいたら悪いんじゃないかって」
「送ってくよ」
「だ、ダメだよ。バレたら大変って…」
「車なら、ばれないって」
「でも」
「花、俺、さっきも言ったけど、しばらくオフの時間が取れないんだ。聖さんの結婚式まで、多分ないよ」
「うん」
「だから、今日くらい、花とずっといたいんだけど…」
「え?」
うわ。籐也君の顔、真っ赤だ。
「あ、見るなよ」
籐也君はそう言って、顔を伏せた。自分でも顔が赤いってわかってるんだ。
「こ、こんなこと俺に言わせなくっても、いい加減察しろよな」
「ご、ごめんね」
でも、察しろって言われたって、察することもできないよ。だって、いまだに私は、片思い気分でいるし。
籐也君はあんまり、口にしてくれない。私のことをどう思っているかとか。だから、時々不安になる。
それも、テレビで見たり、ライブでの籐也君を見ると、一気に私から遠い存在になってしまう。
モデルのショーを見ていた頃を思い出すし、芹香さんと籐也君が付き合っていた頃のことまで、思い出してしまう。
遠い、手の届かない存在。今もそうなんじゃないかって、錯覚を起こす。今、すぐ隣にいても、それが夢じゃないかって、どこかで信じられないような…。
「花」
「…え?」
「花って、俺のことどう思ってるの?」
「え?!」
ど、どうって?
「まさかと思うけど、あのなんとかってアイドルみたいに、フアンとか、追っかけの気分でいる?」
「ま、ま、まさか」
顔をブルブルと横に振った。そんなわけはない。籐也君にたいしての思いは、自分でもわからないくらい大きくって、だから、苦しくなって、切なくなって、時々涙が出てくるほどだ。
「じゃ、ちゃんと好きでいる?」
籐也君がまた、顔を近づけてきた。そのたび、私の心臓が暴れだす。
「う、うん」
「…ほんと?」
「う、うん」
「それ、本当に俺、信じていい?」
「…もちろん」
なんで、そんなことを聞いてくるのかな?
「俺、一人で勝手に浮かれていたりしない?」
「え?」
「花も、俺のことずっと好きでいてくれて、これからも俺のそばにずっといるって」
ドキン!
「そ、それは」
「え?」
籐也君の顔が近すぎて、ドキドキして私は目を伏せた。
「わ、私のほうが、聞きたいかも」
「俺が、ずっと花のそばにいるかって?」
私は黙って、こくんとうなづいた。
「い、今、すぐ隣にいるのすら、信じられないから…」
そう言うと、籐也君が、ちょっとため息をついた。そして、しばらく黙ってしまった。
ドキ、ドキ…。なんで、黙っちゃったのかな。ちらっと籐也君の顔を見た。うわ。私のことをずうっと見つめている。恥ずかしくなって、私はまた目を伏せた。
なんでずっと黙っているのかな。なんでずっと私を見ているんだろう。視線をずうっと感じて、私はどうしていいかわからなくなっているのにな。
「あのさ…」
ドキン。
「うん?」
「桃子ちゃんと、聖さんのこと、どう思う?」
「え?」
いきなり、何?私は思わず顔を上げた。
「あの二人、俺から見たらすごいって思う。赤ちゃんできて、結婚しちゃって」
「うん、そうだよね。桃ちゃん、同じ年なのに、もうお母さんでいるの、すごいって思うよ」
「うん。聖さんも、父親になるのまったく抵抗なかったみたいだし」
「うん」
「で…。もし俺の立場だったらどうだったかなって、ちょっと思ったんだけど」
「え?」
「もし、俺が付き合ってる子に、赤ちゃんができたら、どうしてるのかなって」
え?何それ。
「バンド、ずっとしていけるのか、それもわからないし」
「うん」
「父親になる自信なんて、もてそうもない」
「う、うん」
籐也君はそう言いながらも、ずっと私を見ていて、私はまた目を伏せた。
「ただ、一つだけ、きっと俺、これだけは決意すると思う」
「…え?」
だけど、籐也君の言うことが気になり、また私は顔を上げた。
「付き合っている子に、悲しい思いはさせたくない。泣かせたくない。それに、離れていって欲しくない。だから、やっぱり、聖さんみたいに、その子と結婚すると思う」
「……」
そうなんだ。そんなにちゃんと彼女を籐也君は大事にするんだ。
あれ?でも、その、付き合っている子って…。
「あのさ、なんでそんなキョトンとした顔で聞いてるの?他人ごとみたいにさ」
「え?」
「花のこと、話してるんだけど、俺」
「え?!」
「はあ。やっぱり、花ってさ、俺の彼女だって自分で自覚していないんじゃないの?」
「そ、そんなことは…」
ないと思うけど。でも、そんなに大事に思われているっていうのも、信じられない。
「…は~~~~あ」
すごい籐也君から、長いため息が出た。
「前に、聖さんから、お前も苦労するかもなって言われたけど、本当だね」
「え?なんのこと?」
「桃子ちゃんも、彼女だって自覚、まったくなかったらしい。で、聖さん、大変だったって。花は、桃子ちゃんと性格まで似ているらしいから、苦労するって言われたんだ」
「え?え?そ、そんなことを聖君が?」
「うん」
そうなんだ。そういえば、桃子ちゃん、なかなか聖君の彼女だって、自覚していなかったんだっけ?
「ごめんね?」
「なんで謝るの?」
「なかなか、信じられなくって」
「そうだよな。俺、ひどい男だったもんね。そりゃ、信じろって言っても、信じられないよね」
「そ、そういうことじゃないよ。ひどい男だなんて思っていないし」
「じゃ、なんで信じてくれないの?」
「だって、ずうっと、ずうっと籐也君は遠い、手の届かない存在だったから」
「今、すぐ隣にいても?」
「だって、ずうっと、片思いしていたから」
「中学の時の話だよね?でも、その頃から俺、花のことが好きだったって言っても?」
「そ、そういうのも、信じられないよ」
「じゃ、どうしたら、信じられる?」
「ど、どうしたらって言われても」
籐也君、なんで、どんどん私に近づいてきてるの?