プロローグ3
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ボーデン・ゲフェングニス。
元々はアルスナット王国の領土の端……大陸の沿岸部で発見された地下遺跡を死刑囚の牢獄とした場所だった。
牢獄と言っても特別なことは何もしていない。
ただ、遺跡の最下層と思われる場所まで通じているだろう地下水脈に罪人を流すだけだった。
しかしそこから出た人間は一人もいない。
その遺跡はあまりにも深く広大で、侵入者対策のトラップが幾万と設置され、更には数百年も前に異界から現れ繁殖したと思われる魔物が大量に徘徊する天然の牢獄であり、あまりの危険度から満足な探索はおろか、立ち入りすら禁止されていた。
その最下層に流されるということは実質死を意味する。牢獄と謳われながら、その実処刑場に匹敵するその地下遺跡に、シクル・クラムハイツも今までの死刑囚と同様に最下層に流された。
それで終わり。今回の国王暗殺は決着がつく筈だった。
しかし数人の貴族がその運命を変えた。
猛将シクル・クラムハイツを信奉し、彼の無実を信じる彼等は自分達が率いる手勢を連れて遺跡に乗り込み救出を試みたのだ。
もちろんその行いは困難を極めた。
たった一つのトラップに何人もの兵が死に、狭い通路を追い縋ってくる魔物の群れを食い止めるために仲間を見捨てることも一度や二度では無かった。
夥しい犠牲を出しながら、それでも前進を続け、奥へと進み、そうして彼等は遂に、生き残っていたシクル・クラムハイツとの再会を果たした。
更にシクル・クラムハイツ達は遺跡の内部にて一つの部屋を見つけた。
そこで見つけた物は、王国の平和の歴史を打ち砕いてしまう物だった。
・――・――・――・――
「はああ……!!」
吹き付ける風を背に受け、ライディールが走る。
そのスピードは速く、瞬く間にレオーネとの間合いを詰める。
渦巻く風を背負うように走るライディールの姿は迫る壁のようでもあり、見る者を威圧するが――――。
「はっ……!」
――――レオーネがそんな事で怯む性格などしておらず、笑いながらライディールに突撃した。
「ッ……!」
一気に狭まる間合いにもライディールは即座に反応し、眼前の敵に渦巻く風を纏った剣を振り下ろす。
「ふんっ!」
鉄槌のような一撃にレオーネも電撃を纏った拳を振り上げ――――。
「「…………!!」」
高い金属音を発して互いの一撃が弾かれた。
(この手応え……!)
強烈な衝撃に手が痺れるが、二人は気にした様子も無く剣を、腕を構え直した。
(聖剣とまともに打ち合える、ってことは、やっぱりあのグローブが彼女の魔剣か……! だとすればあれを壊せば――――)
「考え事とは余裕ですね!」
意識を逸らした一瞬で再びレオーネが詰め寄る。
剣を振る余地も無い程に肉薄し、雷を発する膝を振り上げる。
「くっ……!」
目映い光を発する膝を片手の籠手で払い、ライディールも相手に向かって一歩踏み込んだ。
「チッ……!」
人外染みた膂力を持とうと体重は見た目相応しかない。体格差も手伝って、レオーネが完全に押され後ろへ下がっていく。
「疾風!」
間合いが開いた瞬間、ライディールが剣を振るい、不可視の存在が一直線に地面を削りながら飛んでいく。
「…………!」
それを見たレオーネが咄嗟に半身になって躱す。
だが、その間にライディールは次の行動に移っていた。
「はああっ!」
ライディールが剣の切っ先を地面に擦りつけて振り払い、剣に纏わせていた風を鉄槌のように飛ばした。
「むっ……!」
風の鉄槌はレオーネの目の前の地面に着弾。衝撃と土砂を巻き上げ視界を遮った。
「はあっ……!」
「遅い!」
土砂を突き破って迫る剣の切っ先をレオーネは手で打ち払う。
だが、ライディールも止まらない。決して軽くないだろう長剣を風を使って器用に切り返し連続でレオーネに打ち込んでいく。
(妙ですね……。精霊魔法を白兵戦に使えるならもっと速いと思うのですが……)
上下左右から迫る刃を拳で受け、払いながらレオーネは防いでくださいと言わんばかりの猛撃――――その裏を読もうとする。
一撃一撃の威力を重視しているのか、拳から伝わる衝撃こそ重いが遅い。防ぐのは容易だが、素早い切り返しの乱撃は下手な回避を許さないだろう。
つまり――――。
(防いでくださいと……腕を壊すつもり――――ちっ……どこまでもつまらない理想論を……!)
自身の腕に電撃を発する魔剣を身につけている。そしてあえて防御させ、魔剣を破壊するつもりなのだ。
「まったくもって――――」
狙いが分かれば彼女の反応は速い。
繰り返される連撃の刃の一つをレオーネが片手で掴んだ。
「なっ……!?」
「そんなに振れば嫌でも見慣れますよ!」
そのまま両手で剣を掴み直すと、両腕から放電しながらライディールを引き寄せ、背負い投げのように持ち上げると地面にたたき付けた。
「がっ……!」
「はああああっ!!」
そして浮かび上がったライディールに、前傾姿勢になったレオーネが追撃の雷を放つ。今までよりも遥かに目映く光る雷光がライディールの身体を撃ち抜き吹き飛ばした。
「ぐはっ……!」
地面に落ちるライディール。全身から黒煙を燻らせ、身に付けた手甲なども端が黒く焦げている。
「ぐっ……く……!」
その状態でも気力だけは残っているのか、顔だけを上げて歩み寄ってくるレオーネを見る。
レオーネの右手が雷光に包まれる。
止めを刺すために歩いてくる――――。
「…………!!」
瞬間、レオーネが跳び退いた。直後、無色の圧力が鉄槌となってライディールとレオーネの間に落ち、舞い上がる粉塵が二人の間を遮った。
「ッ……!」
「まだ生きているか?」
「ッ……!? 先生!?」
轟く轟音の中、それでもよく通る男性の声にライディールが視線を上に上げる。
見上げた先には黒い毛並みを持つ馬と、白い脚甲が見えた。
「…………」
「年端もいかぬ少女まで戦場に出すか……」
粉塵が吹き付ける風に飛ばされレオーネの視界が晴れ、そこでやっと彼女は相手の姿を見た。
ライディールの髪よりもややくすんだ金色の髪と見下ろしてくる黒い眼。歩んだ歴史がそのまま刻まれているような深みのある壮年の表情。ライディールが纏う防具よりも身体を覆う面積は広く、それでいて間接の動きを邪魔しない、計算されて創られた白い鎧――――。
「…………」
「見た限りその歳で中々上の立場に居るようだが……“あの男“……皇帝は何を考えているのか……。
君には分かるかね?」
「……ふっ……」
「…………?」
「ふふははは……あっはっはっはっはっはっ!!!」
先生と呼ばれた騎士の問い掛けを無視してレオーネが笑う。
おかしくて堪らない、っと言いたげに。
「見ただけで解りますね……随分お強そうですが……よければ名前を教えていただけると嬉しいのですが?」
「私の質問にも答えてもらいたいところだが……確かに名乗らないというのも失礼な話か……。
アルスナット王国聖騎士団のウラガン・ディープブルー。この子の師といったところか……」
「ディープブルー……あぁ……あぁ、あぁ! あぁ!!
彼の四大騎士の一角! 大嵐のディープブルーですか!! まさかこんな戦場でお会いできるとは光栄ですよ!!」
「ふむ……できれば、その名を聞いて退いてもらえると嬉しいのだが、お嬢さん」
「退け、と!? それは無理ですよ!!」
レオーネの両腕から青い雷光が走る。
彼女の戦意を表すように強く、ライディールと戦っていた時よりも放電が更に激しくなる。
「貴方のような人を前にして退けとか!! どんなお預けですか、それは!?
邪魔の入らない一対一! すぐに始めましょう!!」
そして電撃が弾ける音と共に突撃。一足で間合いを詰めると跳躍してウラガンに殴り掛かった。
「やむを得んな」
大半の者には瞬間移動でもしているようにしか見えない一撃だったが、ウラガンはしっかりと捕捉し、腰に吊していた鞘から、ライディールと同じ両刃の直剣を抜いた。
「はあああ!!」
「むっ……!」
雷光を纏って振り下ろされた拳と、渦巻く風を従えて振り払われた剣が激突する。電撃が風を焼こうと喰らいつき、風が電撃を払おうと渦が更に激しく回転する。
「むん!」
「ッ……!」
バチンッ、っと一際高い音と共にレオーネが弾き飛ばされるが、あっさりと空中で身を翻して着地。口端を吊り上げながら足元からも雷光を発し――――。
「「ッ……!?」」
遠くから響く爆音にその場の全員が音のした方へ振り向く。
「ッ……! これは……!?」
「遅かったか……」
遠くから近付き、徐々に大きくなる風切り音に続き、近くで爆発する飛来物。その正体に気付いたライディールが痛みを堪えながら上半身を起こし、ウラガンが小さく溜め息をついた。
「ほ、北西から敵が! “戦車“もいます!!」
三人の闘いを遠巻きに見ていた騎士が近付いてくる土埃を見て声を上げた。
レオーネの物と色違いの軍服に身を包み、手には剣や槍で武装した兵士が隊列を組んで前進してくる。そして隊列の中央――――兵士達に囲われる形で“それ“は見えてきた。
周りの兵よりも巨大な四つの車輪を支えにした、車輪よりも更に巨大な鋼鉄の胴体。背部には大量の砲弾を詰めた弾倉。最後に目を引くのは長く伸びた長大な砲身……。
「オーリア要塞からの増援か……」
呟くウラガンが睨みつける中、戦車が砲塔を回転させて次弾を装填し初弾の誤差を修整……そして発射。それも一発に限らず二発、三発……計五発の砲弾を射線を横にずらしながら連射する。
その一発目が――――。
「――――!!」
レオーネのすぐ傍に着弾した。
「なっ……!?」
爆煙に呑まれるレオーネを見たライディールが絶句した。最初の砲撃がまさか味方のすぐ傍などと誰が想像しよう。
「いつまで寝ている……!?」
頭上から聞こえる師の声と爆音にライディールは今の状況にようやく気付いた。
初弾こそレオーネに落ちたものの、射線をずらしながら放たれた砲撃は味方の騎士隊にも降り注いでいる。そして落ちてくる砲弾をウラガンが風の防壁で防いでいる。
「ぐっ……ぐぅ……!!」
雷撃で痺れた身体に括を入れて立ち上がる。恐らくウラガンは倒れたライディールと離れた場所で右往左往する騎士隊を護るためにこの場を動けない。ならば一刻も早く戦列に復帰し、ウラガンを援護しなくてはならない。
「ッ……! 先生!」
「ようやく起きたか……。撤退だ……! 後方の本隊と合流するぞ!」
「ッ……!? 撤退!?」
震える膝に力を込めて立ち上がり、剣を片手に傍まで駆け寄ってきたライディールに、ウラガンが矢継ぎ早に告げた。
「我々の戦力だけでここの確保は不可能だ。このまま持久戦を続ければ更に敵の増援が来る……彼女と同格の兵も更に増えるぞ」
「うおおおおおおっ!!」
彼がそこまで言ってから高い声と共に迸る雷が砲撃の余波で生まれた黒煙を引き裂いた。
「あの阿呆共……!! 敵と味方の識別も出来ないのか……!?」
「ッ……!」
ライディールは咄嗟に迫ってくる部隊に叫ぶレオーネとウラガンの間に立つ。
砲撃の直撃を受けたにも関わらず、ダメージは皆無。ここに来て最悪の敵が残っている。
だが――――。
「阿呆共に邪魔されてまで決着をつけようと思いませんよ!」
最後に二人を睨みつけると、足から放電し、後方に跳躍。見上げるほどの高さまで跳んだところで降り注いだ砲撃の爆発が二人の視界を遮った。
「…………!!」
「行くぞ、ライ……!」
跳び去っていく彼女を複雑な表情で見送るライディールにウラガンが声を掛ける。
「……はい! 全員撤退を! 急いで!!」
ほんの一瞬だけ躊躇うも、心残りを振り切り、騎士隊に呼びかけながらライディールも走り出す。
そうしてライディールが先導を、ウラガンが殿として風の防壁を張りながら彼等もその場を離れていく。血と硝煙と怨念に溢れた戦場から……。
それはこの大陸ではさして珍しくもない風景。
二百年も続く王国と帝国の戦争の景色だった。