表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/25

1-4 ギルドでの初仕事は奴隷商会で!

 ある一軒の白い建物に向かって、その見慣れない姿をした男が、声を挙げた。

 「おはようございます! ギルドから派遣された冒険者のものでございます!」

 その声に反応して、扉が開き、中から、壮年の痩せた男が出てきた。

 「あ、これは、これは、依頼を受諾していただき、大変、感謝しております。私、レクルシラツ商会大ニゴラス支店、支店長のトラビス=セインツです。仕事内容は、ギルドから聞いていますか?」

 そこで、タカオは、サムズアップと伴に、いい顔をして、


 「はい、商会の棚卸、奴隷の在庫数量を数える仕事、でございます!」


 と答えた。タカオは、この港湾都市 大ニゴラス で最大とされている奴隷商会での仕事を請け負うことで、奴隷商の実態を把握し、今後の奴隷ハーレム建築計画に役立てようと考えたのである。幸いにも、タカオが 大ニゴラス に来たのは三月であり、これは、決算、棚卸、その他、商店が最も忙しい時期に当たっている。奴隷商会への派遣業務をギルド掲示板で発見できた。その中でも、棚卸は、実際に、どんな奴隷がいるかを詳しく見ることができる、タカオにとって、最高の仕事だった。


 「では、ギルド会員証と依頼受理票の提示をお願いいたします」

 支店長は、タカオにギルド会員証の提示を求めた。タカオは、作られたばかりの真新しいギルドカードを見せ、依頼受理票を渡した。

 「はい、確かに、問題な……エッ? エインツ=ハルバーツ=ユグオンドルド=モレスラ=タカオ=ニゴール=マジック? これは本名ですか?」

 支店長がタカオに真偽を問うた。

 「本名でございます。重ねて言えば、本物の『黒衣の魔術師』でございます。本名は長いので、エインツ=タカオとおよびください」

 支店長は、暫し、驚いた顔をした。何しろ、冒険者ギルドカードは、それなりに審査の厳しい身分証明書である。本人でないと、眼前の男を否定する方が、理性的ではない。しかし、商人たるもの、驚いた表情をし続けることは、己の商魂が許さない。すぐに、表情を通常の微笑みを漂わせた愛想の良いものに切り替えた。

 「では、業務の説明をいたしますので、裏の商品管理区域にお越しください」

 とタカオに仕事の指示を出した。

 「おい! 誰か、棚卸シートを、商品管理区域に持って来い!」


 「5……6……7……双子もいるのか……9……10……11……ここは空室。次も空室。一応、全部の部屋を確認して、と」

 タカオは、一般的な冒険者よりは、頭が良い。だから、仕事もある程度早い。今は、高級商品区画内における女性普通人間種の商品数を数え終わったところだ。この商会では、その価格帯によって、高級、中級、低級の三種類に分けた後、各種族と性別によって更に分けて、帳簿上の商品管理をしているようだ。

 これが愚かな冒険者だと、その商品の種類ごとに数えるのではなく、混在する商品を、これは普通人間種女性、これは獣人女性、これはドワーフ女性、また獣人女性、というように手前から順番に数えてしまうために、極めて効率が悪くなる。

 先程から、同じ部屋を開けたり閉めたりしているが、それは業務を効率するためであるから仕方がない。何度も見たい、という欲求の発現では、決してない、とタカオは自らに言い訳していた。

 「よし、この区画にいる普通人間種の女性は、全部で11人。次はエルフ族だ。ん? 一通り全部の部屋を見てきたけど、エルフ族なんていたか?」

 タカオは、再度、部屋の扉を開け閉めし、奴隷を確認していった。業務中でありながら、タカオの顔は大きく緩んでおり、たまに鼻歌が混ざっている。それを、派遣された冒険者の働きぶりを確認しに来た支店長は見ていた。


 「『伝説の魔術師』様も、男なのですね」


 と一言感想を漏らして、自らの仕事に戻っていった。


 第一級港湾都市である 大ニゴラス は、その特性上、一般的な都市よりも、更に多くの奴隷が集まっていた。だから、タカオは、多種類の奴隷を眼にすることができた。

 「想像以上に大勢いましたね。エルフがいなかったのが少し残念ではございますが……」

 しかし、タカオの奴隷ハーレムを構成するに必要な一つの要素、エルフ美女奴隷、はいなかった。

 「うーむ、エルフ奴隷は、どこに行けば、販売しているのでございましょうか。あとで、支店長殿に聞いてみましょう」

 タカオは、高級区画、中級区画、低級区画の計数を終えた。高級区画は、その管理区域が部屋で仕切られており、奴隷一体ごとのプライベート空間のようなものがあったために、少し手間取ったが、低級区画は数が多いことだけが難点で、牢屋のような場所に奴隷が入っているため、外から数えることができた。そのために、高級区画を終わらせた後は、割と、時間をとらずに、仕事を終えることができた。

 タカオは、商品管理区域から、店舗の表に戻り、支店長に、商品計数データを渡した。


 「おや、これは、お早いですね。さすがは、魔術師殿です」


 支店長は、静かに、タカオを誉めた。どれだけ優秀な人材が来たところで、ギルドに支払う、その人件費は同じである。誉めるだけで、優秀な人材が、次回も仕事を請け負ってくれるのであれば、それは絶対にするべきであろう。

 「確認いたしますので、少々お待ちください。女性普通人間種高級奴隷が十一体。帳簿上では、十三体。年末に、一体、病気で死亡しているから……それでも合わない。他はどうだ? 女性獣人族高級奴隷が……これも帳簿と合わない。おかしいぞ? ああ、そういうことか」

 帳簿を確認しながら、独り言を呟いていた支店長が、タカオの方を向き直る。

 「申し訳ありません、当方の説明が不足しておりました。奴隷は、医務室と安置室にもおりまして、そちらを数えていただくことを忘れておりました。医務室と安置室までご案内いたしましょう」

 と立ち上がり、タカオに移動を促した。

 「あまり、お見せしたくはないのですが、これも仕事ですから、心の準備をお願いいたします。奴隷売買の場合には、時折、病気を持って、売られてくるものもおりまして、それが伝染病の類でしたら、国境の検疫や、当方の検品時に判明するため、仕入れを断ることができるのですが、なにぶん、一部の病気には、潜伏期間が長く、その症状が仕入れ時に出ていないものもあります。特に、安置室には、死に瀕している奴隷もおりますので、覚悟なく、それを見ると、気分を悪くする方もおります。魔術師殿は、その点、問題ありませんか?」

 支店長がタカオに確認する。冒険者でも成り立ての者であれば、そういったものはいる。また、そうでなくても、一応、確認しておくのが礼儀である、と支店長は考えていた。

 「問題ありません。そういったものは、見慣れているのでございます」

 タカオは、その問いに答えた。

 「そうですか。さすが、魔術師殿は、益々、優秀な冒険者です」


 医務室につくと、用意されたベッドに多くの奴隷が横たわっていた。怪我であれば、すぐに治る。病気であっても、そこまで重くなさそうな症状の者が医師の診察と看護を受けていた。

 「想像以上に、手厚いのでございますね」

 タカオが感想を述べた。

 「ええ、何らかの事情で、家族や自分自身を奴隷として売る場合に、やはり、奴隷に対する扱いが酷い商会よりは多少でも扱いが良い商会を選ぶ傾向にありますから。奴隷としての訓練が過酷になることは、大抵の方は、覚悟しているのです。しかし、傷病時の措置や死を待つ奴隷に対する措置をどうするか、ということに、気を遣う方は多いです。奴隷として買った後、死に瀕するよな病気を持っていると判明したから、路地裏に捨てる、殺す。そういったことをする商会に、大切な家族や自分を売りたいとは、通常、考えない物です。売値が大差であれば別でしょうが、そんなこともございませんから。さあ、魔術師殿、お仕事をお願いいたします」

 タカオは、それほど多くない傷病奴隷を数えて、シートに書き込んだ。支店長は、部屋の右手にある扉を開いた。

 「さて、この先が安置室です。この先は、最早、死を待つだけの奴隷がおります。覚悟はよろしいですね?」

 支店長がタカオに再度確認する。タカオは頷いた。

 支店長が扉を三つ開けた先には、眼を閉じ、苦しそうに呼吸をするばかりの五体の奴隷がいた。魔術師の目にも、通常の治療をしても、もう長くないことはわかった。一体などは、片目が無い。一体、どのようなことがあったのだろうか。

 「魔術師殿、手早く、お仕事をお願いいたします。伝染の危険がありますので、私は、もう出たい」

 支店長が、タカオに、業務遂行を促した。


 だが、タカオは聞いていない。


 タカオは、奴隷に歩み寄った。


 『黒衣の魔術師』は、その右手を挙げ、振った。


 全ての奴隷が、その眼を開ける。先ほどまで、呼吸をすることも苦しそうだった奴隷たちが、タカオが右手を振った後は、深く、ゆったりと、楽に、呼吸をしていた。

 魔術師は振り返り、支店長の方を向き、二、三歩、歩くと、蒼白な顔で、


 「もう、この奴隷達は、死に瀕していない。一応、経過が心配だから、高級区画の空室に移して、経過を見守ってほしい」


 そう言った。


   ※   ※   ※   ※   ※


 大ニゴラスの商人、トラビス=セインツは、奴隷商としては、極めて、良心的だと、その業界では評判だった。例えば、奴隷が死ぬたびに、ある程度、心を痛めていた。商人として失格だ、と、それをそしるものもいた。商人であれば、商品が不遇に死んだことを悲しむよりも、商品を一つ失ったことを悲しむべきだ、と。そして、本人も、それを両方の意味で認めていた。すなわち、良心的であるし、甘い面もある、と。

 また、そのようなことがあるたびに、終業後、一人、教会に行き、亡くなった奴隷のために、祈りを捧げるような人間でもあった。

 だから、眼前の魔法使いが、その伝説の一端を行使し、奴隷の命を救ったことに歓喜していた。奴隷が眼を開け、そこに明るさを取り戻したことを確認し、医師が、治っている、と驚愕した時、思わず、彼は歓声をあげた。


 「魔術師殿、あなたは素晴らしい! まさか、あのような優れた治癒魔法を行っていただけるとは!」


 トラビス=セインツは、支店長というよりも、一人の人間として、興奮していた。タカオは、魔法行使によって、疲労している。

 「ああ、いえ、治癒魔法ではないのでございます」

 「そうなのですか?」

 「病気の類は、全て治っているのでございますが、治癒魔法ではないのでございます」

 トラビス=セインツは首を捻った。

 「どういうことでしょう?」

 「内緒でございます」

 タカオは、唇に人差し指を当てながら言った。

 「また、行使していただけるのでしょうか? そうしていただけると、当方としては、助かります」

 トラビス=セインツがタカオを見つめながら言った。何にせよ、この『黒衣の魔術師』には、人を救う手段がある。

 「気が向いたら、また使う時がくるかもしれません」

 タカオが、婉曲に、その申し出を断る。人間に、この魔法を使うことは、とても疲れることであるし、全ての人を救うことなど出来はしない。この魔法を無秩序に使い続ければ、そのうちに、タカオの前に、病人が門前市を成す。そうなっても、魔力の限界から、タカオが救うことができるのは、精々、七人程度。他の病人を見捨てることになる。だから、タカオは、この魔法を、率先して使うことはなかった。ほんの時々、きまぐれ程度に使うことはあっても、例えば、この魔法で商売をしようとは思わない。おそらくは、大きな利益を生むであろうが……。

 「では、もし、奴隷をお買い求めの際には、必ず当店にお越しください。先ほどの魔法を行使していただく代わりに、大きく値下げいたします」

 これは、タカオにとって、垂涎の提案だった。この提案に乗っても、一つの店舗で、限定的に行使するのみである。また、使うタイミングは奴隷を購入した時に限定されている。例えれば、王が即位する際に、罪人の刑を軽くする恩赦のようなものだ。濫用することにはならない。そうタカオは自分に言い訳をした。


 「わかりました。そのようにいたしましょう」


 タカオの理性は、奴隷ハーレムの前に無力なのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ