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1-3 王城での簡単な試験

「ご主人様~起きるにゃ~!」


 ある朝、エインツ=ハルバーツ=ユグオンドルド=モレスラ=タカオ=ニゴール=マジックが楽しい夢からふと覚めてみると、ベッドの中に一人の、とてもかわいらしい猫系獣人が潜り込んでいるのに気がついた。

 「ご主人さまぁ、起きる時間にゃ~! ご主人様を起こさにゃいと、私がお仕置きされてしまうにゃ」

 タカオが薄く眼をあけてみると、その女性、否、少女は手入れの行き届いた指の爪でタカオの頬を突つこうとしていた。

 「朝食は、ごはん、焼ざかにゃ、鰹節の味噌汁だにゃ! 早く起きにゃいと冷めてしまうにゃ!」

 しかし、タカオは、それ以上、眼をあけようとしない。猫獣人の少女にお仕置きを与えようという魂胆である。

 「だめにゃ、私だけじゃ、起こせにゃいにゃ! 仲間を呼んでくるにゃ!」

 猫少女は、扉を出て、仲間を呼びに行った。数十秒後、叱られたのだろうか、シュンとした様子で猫少女は、一人の犬耳美女を連れてきた。ショートカットで、明るい元気な雰囲気を周囲に与える猫少女とは異なり、長い髪を一括りに編んだ落ち着いた印象を与えるその犬耳美女は、猫少女の頭を撫でながら言った。なるほど、文末に「にゃ」がつくなど、発達途上の獣人における一般的な特徴を残す猫少女と異なり、その犬美女は普通に会話をしている。年齢的にも、関係性の上でも、犬美女の方がお姉さんなのだろう。

 「ご主人様を起こすには、突つくだけでは駄目です」

 といいながら、犬美女は、タカオの耳を軽く噛んだ。痛みよりも愛情を与えることを意図した噛み方--いわゆる、アマガミ--である。まったく痛みを感じないのは、愛情ゆえ、だろうか。

 猫少女は傍らで、

 「起きるにゃ! 起きるにゃ!」

 と連呼していた。しかし、効果はない。

 犬美女も、耳から口を離し、


 「おい、起きろ! 王がお呼びだぞ! 起きろ!」


 と言って、布団を奪った。


 「おい、起きろ! 時間が無いぞ! 起きろ!」


 いつの間にやら、猫獣人の少女が消えている。そのとき、タカオは納得した。

 ああ、これは夢だ……と。

 それを自覚した瞬間、犬獣人の美女は姿を消し、タカオは現実世界で眼を覚ました。眼前には、輝くゆでたまごのような頭を持った巨大な筋肉があった。

 「やはり夢でございましたか……」

 タカオは、一人ごちる。まさに、天国から地獄を味わった、とタカオは、そう思っていた。

 「おはようございます、田臥さん」

 そう挨拶をし、眼前の筋肉教師に、自らの起床を宣言し、上体を起こした。

 「ガッハッハ、顔が緩んでいるぞ! 何か、良い夢でも見たのか!」

 田臥がその鍛え上げられた筋肉を用いて、タカオの背中を叩いた。

 「えふっ! 痛い、痛い、ストップ」

 田臥は、その動作を終了させると、

 「すまん、すまん」

 と言って、詫びた。

 「ところで、今日は、一体、どうなさいましたか?」

 田臥による無邪気な攻撃で、眼を覚ましたタカオは、田臥に来訪の意図を問うた。

 「ああ、そうだ! 昨日、お前さんが帰ってから、王城に行って、お前さんの戸籍回復に関する勅命を出すように、王に上奏したんだ!」

 本人は普通に話しているつもりなのだろうが、起き抜けに田臥の筋肉に見合った大きな声量は、中々に、厳しいものがある。タカオは、少し目を細めながら礼を言った。

 「そうなのですか、ありがとうございます」

 「それでだ、戸籍回復の勅命を出す前に、王が一度、お前さんと面談をしたいと言っている」

 戸籍回復の勅命を出す前に、本人確認を自分で行いたい。ある種、当然の成り行き、とタカオは受け止めていた。

 「なにしろ、お前さんは、伝説の『黒衣の魔術師』『ニゴールの魔術師』だからな、王様も興味があるんだろうよ、ガッハッハ!」

 そう言って、全身の筋肉を震わせて、田臥は、高笑いをした。

 「いつ、面談です?」

 田臥の笑いを遮って、タカオは尋ねた。

 「一時間後だ!」

 隆々とした筋肉はそう宣言した!


 タカオは、その後、すぐに、平素より愛用しているトレードマークの黒衣--黒のダウンジャケット、魔法保護付き--に着替え、朝食を済ませると、田臥と共に王城へと向かった。門から王室へと至る道程に現れる衛兵は総て軍服を身にまとった田臥を見ると、敬礼をして、通過を許す。ハルバーツ学園教員とは、ここまで尊敬されるものなのか、と田臥は、感嘆した。尊敬は信用と密接に関わりがある、であれば、当然、奴隷購入にも益が多い職業であるはずだ、そんな基準でタカオは物事を判断していた。

 王室の前に至ると、田臥は立ち止まった。ドアノブ下を三度軽く叩き、

 「陛下、エインツ=ハルバーツ=ユグオンドルド=モレスラ=タカオ=ニゴール=マジック様をお連れいたしました」

 「入れ」

 その言葉を聞くと、田臥がいかにも重そうな扉をその筋肉を用いて軽々と開けた。

 扉の中は、絢爛豪華けんらんごうかとはほど遠い質素な造りとなっており、その中央、机を挟んで、扉の反対側に、二十代後半ほどの年齢と思しき美丈夫びじょうふが、木製の椅子に座っていた。室内に入ると、その机の前で、田臥が片膝を床につけて言った。

 「陛下、こちらが、エインツ=ハルバーツ=ユグオンドルド=モレスラ=タカオ=ニゴール=マジック様でございます。本名が長いので、エインツ=タカオと呼んでほしい、とのことです」

 「ふっ、この者が、ハルバーツ、ユグオンドルド、モレスラの三家よりその名を与えられた、伝説の魔法使い『ニゴールの魔術師』殿か」

 美丈夫イケメンが田臥に問い掛けた。田臥は、

 「左様でございます」

 と答えた。王が再度問う。

 「して、戸籍の回復、及び、身分証明書の発行であったな」

 田臥がタカオの代わりに答えた。

 「左様でございます」

 「まごうことなき、『ニゴールの魔術師』本人なのか?」

 「私は、ご存じの通り、転生者ですので、詳しい伝説は知らないのですが、その象徴たる黒衣が伝承と一致しており、本人の冒険者ギルド旧カードを保有していたことから、ほぼ本人と言って良い、というものがハルバーツ学園の見解でございます」

 田臥が言葉を選びながら言った。

 「うむ、学園の見解がそうであるならば、少なくとも、問題ある人物、とは判断されていない、ということであろう。それでは、実際に、朕の眼で見てみることにしよう。魔術師殿」

 王が魔法使いに対して、呼びかけた。タカオはこの段になって、ひざまづいた。

 「はい、なんでございますか?」

 「うむ、そなたをエインツ=タカオ本人である、と証明するに際して、それが真実であるか否かを試したい。そこで、伝説にある魔法を実践してみてはくれぬか? 『マシル三国の外憂』における、バンAを一瞬で消し去った、という魔法を。それを見せられれば、本人と認める旨の勅令を出そう」

 美丈夫イケメンキングが眼と歯を輝かせながら言った。古の伝説に対する興味と、未見の魔法に対する好奇がそれを光らせていた。

 「かしこまりました。では」

 魔法使いは立ち上がり、右手を上げ、そのてのひらを机上の何も花が生けられていない花瓶へと向けた。


 そして、そのてのひらを閉じると同時に、


 花瓶が机上より消失した。


 音もなく、光もなく、まるで最初から存在していなかったかのように。


 「いかがでございましょうか?」


 『黒衣の魔術師』は、王にその合否を問いかけた。


 その問いに対して、問いの形で返答をした。

 「その魔法は、私にも、習得が可能であるか?」

 魔術師が答える。

 「おそらくは、不可能でございます。転生者であった曾祖父の魔法でございますので、この世界の通常の魔術師には、おそらく、使えないと考えてございます。曾祖父の血統を告ぐもの、つまり、私とその子孫のみが使用可能でございましょう」

 「そうか、非常に、残念だ」

 王が、本当に、残念そうにいった。王は、その感情の上から、タカオの最初の問いを重ねて、合否を答える。

 「うむ、合格だな。明日、朝議において、勅令を発行する。昼には、身分証明書と魔法使い登録証、も発行し、届けさせよう」

 王は、タカオに、その存在が、真実、伝説の魔法使いであることを告げた。


   ※   ※   ※   ※   ※


 タカオが退出した後、王の部屋に残った田臥に対して、王が問いかけた。

 「もし、『黒衣の魔術師』とそなたが本気で戦ったら、どちらが勝つ?」

 転生者は、通常、大きな魔法力を、その転生時に得る。つまり、田臥も、神領屈指の魔法使いである。その問いに対して、田臥が答えた。

 「正々堂々と決闘を行いましたら、タカオが勝ちます。先ほど、見せた消失魔法、あれを避ける方法が私には思いつきません」

 「そうであるか」

 王が曖昧に微笑んだ。そのような人材が、王立学園で働く、ということに対する喜びと、もしかしたら、魔術師本人ではないかもしれない、という微少な不安、とが王の胸中を駆けめぐっていた。仮に、本人でない魔術師が、エインツ=タカオを騙っているのであれば、それは、何らかの目的を持っていることを意味している。そして、それは、もちろん、良い目的ではないだろう。

 「しかし、『奴隷を集めてハーレムを作りたい』から寺院から出てきたか。これが真実であれば、神領の平和は維持されるのだが……果たして、どうだろうか」

 美丈夫王が呟いた。

 「おそらく、それは、少なくとも、一つの本質的な欲望だと思われます。それを我々に伝えた瞬間、彼は物凄く良い顔をしておりました」

 「左様か。なんにせよ、警戒を怠らないことだ。とはいえ、警戒しすぎるのも、良くはない。バランスを保って、問題ないか、見極めるように」

 王は、王としての指示を田臥に与えた。

 「とはいえ、私、結構、タカオを気に入っています。これは私の直感に過ぎませんが、タカオが神領に害をなさすことはないでしょう」

 王は少し安堵の表情を浮かべた。

 「ところで、エインツ殿には、学園でどのような仕事を担当させるのだ? 転生者の子孫、ということは、一般的な魔術の専門家、というわけではないだろう?」

 筋肉は、答えた。

 「先任者の消失以降に、私が代行して受け持っていた授業の一部を任せよう、と学園は方針を固めております」

 「そうか、そなたも転生者であったな。ということは、深い理論を知らなくても可能な実践系の科目か?」

 「はい、春学期は、魔法学部二~四年生対象の『魔法戦闘実践論Ⅰ』、一年生対象の『魔法学基礎演習Ⅰ』、一般教養科目の『魔術師学(神領・近世)』を担当させる予定です。来年以降は、もっと別の科目も増やそうと考えていますが、一年目は、この程度が無難でしょう。魔術師としての力量は、誰もが認めるところです。しかし、教職員、魔術研究者としての実力は未知数でございますから」

 王は、好奇を目に宿らせた。

 「なるほど、『魔術師学(神領・近世)』は気になるな。伝説の魔法使い自らが伝説の魔法使いを語る、か。私もお忍びで受講したいものだ」

 「執務が無ければ、是非、お越しください。学園一同で歓迎いたします」

 日中の時間--つまり、学園で授業がある時間--は、王も執務をしている時間である。であるからして、王は叶わぬ夢を見た。

 「週一日くらいならば、休んでもかまわないのではないか?」

 「王が一日休むと、領土全体の政務が一日滞ります。ですから、難しいですな」

 そう言って、筋肉教師は、ガッハッハ、と笑った。王は、それを見て、悔しそうな顔をした。


 その笑いは、部屋の空気を揺らした。その微細な振動によって、机上の花瓶が倒れた。


 バリン。


 そして、その花瓶は、割れた。


 王と田臥は視線をその花瓶に向けた後、お互いに、お互いを見た。


 「これは、先ほど、魔術師殿が消した花瓶だよな?」

 王が田臥に確認する。

 「間違いございません」

 田臥が答える。困惑した王は田臥に尋ねた。

 「これは、一体、どういうことだ?」

 「私にもわかりかねます」

 「ただ消失させただけではなかったのか?」

 王は混乱した脳が抱いた疑問をハルバーツ学園教師にぶつけた。その問いに田臥は答えられない。

 「私にはわかりかねます」


 田臥と王は、二人とも、真実、不思議そうな顔をしていた。しかし、十数秒の後に、気を持ち直して、割れた花瓶を片付けさせるために、王の侍従を呼んだ。

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