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1-2 ギルドに登録できません!

 「このギルド会員証は現在使われておりません。新規登録いたしますので、必要書類をお持ちください」

 マジャール神領の港町 大ニゴラス の 冒険者ギルド窓口で、その日、一風変わったやり取りが行われていた。

 窓口に座っている受付の係員が、妙な黒い外套を着た青年に告げた。

 「やはり、使えませんか」

 黒髪黒眼黄肌と、この地域では、それほど珍しくもない身体的特徴を持ったその男は、残念そうに言った。さらに南の国に行くと、寒冷化に伴って色素が薄い民族が増えるために、黒髪黒眼黄肌は珍しくなるのだが、四季が明確に存在するマジャール神領にはありふれていた。

 「申し訳ありません」

 係員の女性が座りながら頭を下げた。それに対して男が問い掛けた。

 「必要書類とは何でございますか?」

 女性は少し悩んだ後、その問いに答えた。

 「通常の旧ギルド会員証をお持ちの冒険者の方でしたら、身分証明書のみで問題ないのですが、なにぶんにも、エインツ=ハルバーツ=ユグオンドルド=モレスラ=タカオ=ニゴール=マジック様のように、百年以上も昔に発行されたギルド会員証をお持ちいただいた方は初めてでして、少々お時間いただけないでしょうか? 上長に確認して参ります」

 「了解いたしました。それと名前を呼ぶときは、縮めてエインツ=タカオでお願いいたします。本名は長すぎるために不便でございますから」

 「かしこまりました。エインツ様、申し訳ありませんが、あちらの席にお掛けになってお待ちください」

 と右手で木製のベンチを指し示しながら係員が言った。

 タカオはその指示に従って、ベンチに座った。タカオはその周囲を見回した。当然ではあるが、ギルドの建物は百年前とは異なる。まず、最も大きな違いが、建築に使われている素材だ。当時は、その運輸の利便性と周囲に石材を用いた建造物が多いことから、それらと差別化を図り、ニゴール連峰産の木材が多く使われていた。しかし、現在は、金属が使われている。その他にも、近代化が図られており、タカオが知らない技術も多く存在していた。その中で、冒険者への依頼を掲示板に掲げる形式は、タカオが知る当時と変わっていなかった。


 「エインツ様、エインツ=タカオ様」


 受付嬢の声がした。タカオはその声がした受付に行った。

 「エインツ様、まず、ご質問の件ですが、あまりに古すぎるギルドカードとはいえ、旧ギルドカードには違いないので、通常通り、身分証明書のご提示のみで良いとのことでした。続いて、何が身分証明書に当たるのか、という点についてですが、王府が発行するものであれば、何でも良いとのことでした。戸籍の写しや商業許可証、魔法使い登録証、などです」

 タカオは頷いた。受付嬢は説明を続ける。

 「ただし、エインツ様が本物のエインツ=タカオ様である場合に、戸籍回復の手続きや持続の手続きをしていなければ、おそらく、百歳に到達した段階で死亡扱いになっているものと思われます。それが三十年ほど前のことになりますので、戸籍回復の手続きは、常識的に、ほぼ不可能である、と思われます。百歳まで失踪していた人間が百三十歳になって突然現れることは考えにくい、という一般的な上司に照らした判断になると考えられます」

 タカオは困った顔をしている。受付嬢の説明は極めて当然であり、それに異論を挟むことはできなかった。しかし、異論を挟まなければ、現状、タカオの身元を証明する方法はないために、ギルドへの登録が不可能となってしまう。それだけは避けたかった。

 「職場の発行する身分証明書では駄目でしょうか?」

 「職場が官庁などであれば、問題ありません。官庁に就職する際には、その機密性から、身元調査が行われることが一般的に知られておりますし、公的な機関でもありますから」

 受付嬢が答えた。

 「王立ハルバーツ学園なら問題ないでしょうか?」

 タカオが問いを重ねた。

 「王立ハルバーツ学園は、法的には、私立学校に該当しておりますので、受理できません。王という私人が中心となって立てた私立学校が王立学校です」

 そのとき、タカオには受付嬢の顔が極めて怜悧れいりに見えていた。

 「では、方法がありません」

 受付嬢が表情を崩さずに言った。

 「先ほど、戸籍を回復することは”ほぼ”不可能と申し上げました」

 タカオは相づちを打つ。

 「実は、エインツ様が戸籍を回復する方法が二つございます。一つは、奉行所に願い出て、その訴えが認められること。これには、時間がかかりますし、本人である、と証明することが極めて困難ですので、あまり現実的ではありません。この訴訟で、本人である、と証明できるようであれば、そもそもギルドへの登録が可能です。しかし、もう一つの方法であれば、あなた様が、エインツ=タカオ様本人であれば極めて簡単だと思います」

 タカオの顔に色が戻った。

 「はい、この国の王が発行する勅命よって、戸籍を回復する方法です。それと同じような方法で、教会府の神官長が神の宣託を受ける、という方法もございます。より現実的な方は、勅命を得る方法です。かの偉大なる英雄『ニゴールの魔術師』様であれば、王へのコネクションもお有りでしょう?」

 タカオはこのときに、初めて、この受付嬢、というよりもギルド全体の見解として、自分がエインツ=タカオ本人である、とみなしていない、ということを悟った。当然ではある。なぜならば、タカオは、百年以上も前の英雄譚の人物である。おとぎ話の人物が目の前に現れても信じないだろう。タカオ本人も幼き日に父親から聞いた古代の神々や昔の大将軍を眼前の人物が自称し始めたら、信じない。であるから、ここで、ギルドが信じないのも当たり前である。

 受付嬢が更に追い打ちを掛けた。

 「なお、もし、身分証明書を一定期間の間に提示できない場合には、ギルドに対する詐欺未遂で治安府に届け出る、とギルドの方針が固まっております。戸籍回復の努力を怠らないようにしてください。では、身分証明書の提示を心よりお待ちしております」

 受付嬢が業務用の微笑みを顔に貼り付けていった。


 タカオは、急いで、ギルドを出て、ハルバーツ学園へと走っていった。


 ※   ※   ※   ※   ※


 冒険者ギルドでのやりとりからほどなくして、時刻も夕方に差し迫ろう、という頃。王立ハルバーツ学園の一室、音楽準備室で、二人の男が談笑していた。一人は、この学園の音楽教師であり、転生者の筋肉である。筋肉の前にある、机上きじょうには、『黒衣の魔術師』でも見たことがない光る円盤が置かれている。


 「ハッハッハ! なるほど、まあ、普通、そうなるわな!」

 タカオがギルドでの顛末を離すと、目の前で筋肉が全身を使って大笑いした。腹直筋、外腹斜筋がいふくしゃきん、大胸筋を存分に揺らして、田臥龍一郎《タブセ=リュウイチロウ》 は全身で感情を表現した。

 「冗談じゃないのでございますよ」

 タカオが困惑して言った。

 「まあ、元はといえば、百年も自分を閉じこめていたエインツが悪いんだが、そうは言っても、ハルバーツ学園の教師が詐欺で捕まるのは、極めて体裁が悪い。伝統と信用に関わる。ましてや、その詐欺罪が冤罪だと言うんだから、より悪い」

 田臥は腹を抱えて笑いながら言った。

 「なんとか、勅命をいただけませんか?」

 タカオが田臥に願う。

 「まあ、実際のところ、割と簡単にいけると思うぜ」

 田臥が極めて軽い調子で言った。

 「勅命とは王の命令でございますよ? そんなに簡単なのですか?」

 タカオが疑念を田臥にぶつけた。田臥がそれに答える。

 「一応、本学は、王立だから。生徒には、貴族の子弟もたくさんいるしな」

 田臥は、面接の時よりもずっとくだけた口調になっている。田臥の本来的な同僚に対する口調である。

 「お願いしてもよろしいのでございますか?」

 タカオが田臥に念を押した。田臥はそれに対して、無言で肯首こうしゅを返した。そして、田臥は話題を変えた。

 「それにしても、奴隷ハーレムとは、伝説の魔法使い殿も意外と俗っぽいな。なんで百年前に実行しなかったんだ?」

 タカオは眉間に皺を寄せた。

 「当時の時流がそうさせなかったのでございます。と申しますのも、そもそも、『マシル三国の外憂』は、この国最大の危機でございました。当時、北マシルの人工生物研究所より逃れたバン=Aという魔物は、それまで存在していた強力な魔物の長所を足して作られたものでございました。体は北大洋堅亀きたたいようかたがめの甲のように堅く。動きは神速蜥蜴しんそくとかげ、そして、オリファンツのように大きかったのでございます。私が倒した時点において、もたらされていた情報はこのように僅かなものでした。必ず、もっと強力な魔物の要素も秘めておりました。当時、騎士団や在留冒険者の大半が討伐に出ましたが、傷一つ付けることもできなかったのでございます。そこに私が腕一振りで消し去ったのでございますから、私の名声は鰻登りでございました。終いに、王からは「我が姫と婚姻せよ」と言われる始末。私のような平民上がりに、王名に背いてまで、奴隷ハーレムを建築できましょうか? だからこそ、シャムセン寺院にて、時がくるまで待つことにしたのでございます」

 田臥が再度笑った。

 「ハッハッハ、いや、普通、姫と結婚しないか? 姫さんってくらいだから、相当な美人だったんだろう?」

 タカオが肩を竦めた。当時のことを思い出しているのか、若干、眉間に皺が寄った。

 「確かに、美人でしたし、気立ても良く、当時、国民の間でも評判の姫でございましたが、王家に婿入りなど……私は自由でありたいのです」

 田臥はそれに納得した。

 「なるほどな、頷ける部分も多い。自由とは尊いものだ」

 「その通りでございます」

 タカオはそれに同意した。

 「身分証明書が発行できれば、奴隷を購入する権利を得ることになるわけだが、最初の奴隷は、どんなのを買うつもりなんだ?」

 田臥が興味本位で問いかけた。転生者である田臥の故郷には、奴隷制度が無い。転生した当初は、嫌悪を抱いたが、今はもう慣れてしまっていた。

 「奴隷を購入するには、身分証明証が必要なのでございますか?」

 タカオの問いかけに田臥が答えた。

 「ああ、確か、そうだぜ。俺は、買ったことがないから詳しくはないが、身分証明証と収入証明書だったかな。奴隷は維持費がかかるから、特に、収入証明書は重要だったと思うぞ。まあ、詳しくは知らないから、店で聞けばいいんじゃないか? 『ニゴールの魔術師』なら、門前払いはされまい」

 「収入証明書でございますか」

 タカオが呟いた。

 「ああ、それは、購入者の所属先の王立ハルバーツ学園と冒険者ギルドが発行してくれるぜ。そのほかにも、継続的に資金を受け取る予定があれば、そこが発行してくれるはずだ。他にも、市場しじょうで商品を販売した場合には、出納簿すいとうぼがしっかりしていれば、商業組合あたりが収入証明書を発行してくれるはずだ、この場合には、出納簿に誤りがないか、虚偽がないか、審査が行われるがな」

 「具体的に、相場は、どの程度でございますか?」

 田臥は、申し訳なさそうに、首を振った。転生前の知識から、田臥は予想を立てた。

 「買ったことがないからな、知らない。とはいえ、アダム=スミスの価格機構理論は、この世界でも有効のようだから、珍しい種族や要素を持っている奴隷や、より多くの買い手がつくと予想される奴隷は値が張るだろうな。具体的には、美女や少数種族ほど高いということじゃないか? エルフとか高そうだぞ」

 「百年前の相場はわかるのでございますが、現在の相場となると、やはり、実際に、奴隷を販売している場所に出向いて調査する他には方法がございませんね」

 タカオが感慨深げに言った。

 「その前に、色々とやることはあると思うが……」

 田臥が呆れたように呟いた。

 「奴隷を迎えるにたる家屋の購入、奴隷を購入するための収入の確保、やることは山積みでございます。俄然がぜん、生きることが楽しみでございますな」

 タカオが嬉々として語る。それを遮るように、田臥がタカオに問いかけた。

 「最初は、どんな奴隷を買うつもりなんだ?」

 タカオは答える。

 「まだ、何も決めておりません。どのような奴隷を購入することができるのかも、不明でございますので、検討もつきません」

 田臥は苦笑した。

 「まあ、何にせよ、まずは、身分証明書だな」


 タカオは田臥に向かってもう一度頭を下げた。


 「私の夢のため、人生の目標のため、田臥殿のお力をお貸しください」


 田臥は苦笑した。


 「いいけどよ、なんだかなぁ」

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