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1-1 英雄の目的

 この物語には、現代日本の価値観という視点から見た場合に、「問題がある」とされる要素がありますが、作者の思想一切とは関係ありません。

 世界三大河川として知られるニゴール川は、他の二つの河川と異なり、川の長大さ、川幅の広さのみによって、その名声を得ている、というわけではなかった。大陸中央にそびえるニゴール連峰から流れ出でるその清水は、下流に至るごとに徐々に川幅を広げながら、遠く北大海に流れ出でる。北大海が地形の妙により、大陸をえぐる形で、ニゴール連峰に向かってせり出しているがゆえに、川の長さはそれほどでもない。他の二河川と比べてあまり長くない川幅には、他の二河川よりも多くの集落、町、村、都市が集まっていた。人間の生活には、まず、水が必要であり、それゆえに、多くの人々がこの川沿いに集結していた。

 その川沿いは多くの小国に、分割されて統治されていた。それは、国土が小さくとも、この川がもたらす産業、富、その他、大きな経済力を与えているがゆえだった。


 それは、町並みにも現れている。


 ニゴール川下流域--マジャール神領--にある「大陸の玄関」と称される一級港湾都市 大ニゴラス は、特に、その特徴を現していた。狭い区画に、大量の居住用建造物が建ち並び、それは、まさに、道の両端を白い壁が覆っていた。高い人口密度を支えるために、三、四階立ての建物が密集して建ち並んでいる。それは、まさに、迷路を思わせた。


 その迷路の中を、一人の男が歩いていた。彼の名は、エインツ=ハルバーツ=ユグオンドルド=モレスラ=タカオ=ニゴール=マジック。曾祖父に異世界からの転生者を持ち、神暦前4年から1年にかけて発生した『マシル三国の外憂』で名を挙げた魔法使いである。マジャール神領周辺をぐるりと囲む形で存在しているマシル三国が共同開発した世界史上初の人工魔物--バンA--が国境を破り、大ニゴラスを蹂躙せんとしたときに、その魔法により対峙した英雄譚上の人である。本来の名前は、エインツ=タカオであるが、その功績により、貴族名、役職名、その他称号が与えられたために、非常に長い名前となっている。当時、彼の友人達は「タカオ!」と彼を呼び、民衆は「ニゴールの魔術師」の名を以て彼を称えた。


 風体は、中肉中背。誤った筋肉は怪我に繋がることを知っていた彼は、その体に、一定以上の筋肉を付けぬように心がけていた。また、筋肉は魔法使いの本分ではない。その体を、曾祖父が魔術によって丈夫にした、黒い魔法衣で隠している。多くの魔法使いにとって、魔法衣はマントであるが、「ニゴールの魔術師」が着ているそれはマントではない。大陸中のどこでも見かけないその外套は、転生者である彼の曾祖父が転生し、この世界に来た際に着ていたものであり、彼の「黒衣の魔術師」というもう一つの異称の由来となったものである。

 風体については、彼には、やや異常な面がある。彼の年齢は、おそらく、その伝説と経歴から考えて、120~140歳。彼のような普通人間種の平均寿命は、約60年。死んでいないことに関しては、ギリギリで許容するにしても--なにしろ、実際に生きているのだ--本来、魔法使いとしての威厳を示す白髭など老齢を示す特徴が出ているべきだ。また、昨今の風潮として、そういったものを魔法使いは隠そうとしない。にも関わらず、彼の見た目は、精々20代後半であり、『マシル三国の外憂』当時の姿そのままのようでもあった。


 彼、タカオの目的地は、大ニゴラスの中心通りを直進した王宮のすぐ南側にある 王立ハルバーツ学園。国王家の分家であるハルバーツ家が代々学長を選任することにより、その名がついたニゴール川流域最高学府である。


 「まったく、この外套がなかったら、寒くて仕方ないですね」


 今は冬。ハルバーツ学園で教鞭を執っていた元近衛魔術師団長 アイルトン が実験中の事故が原因で、突然いなくなってから二ヶ月ほど経過している。翌月に迫る新学年の開始に合わせて、新しい教員を募集しており、その書類審査に通過したタカオは、面接を受けるために、ハルバーツ学園に向かっているのである。

 町を南北に走る大通りを歩き、ハルバーツ学園の門前に至った。門前には、何かの木が一本。冬である今は、枯葉の一枚も付けていないが、入学する生徒を迎える春には、華麗に咲くだろう。

 彼は衛兵に呼び止められた。

 「やや、そなた、何用たるか?」

 それに、タカオは応える。

 「……なんでございますか、その異様に古めかしい話し方は?」

 彼が隠遁した百年前よりも、更にさかのぼるようなその口調をとがめると、年若い衛兵は恥ずかしそうに答えた。

 「しかたないだろう、伝統なんだ」

 実際に、恥ずかしいのだろう。衛兵の顔は真っ赤になっている。

 「では、『黒衣の魔術師』が面接に来た、と担当者にお伝えください」

 その言葉に、衛兵の赤い顔は更に赤くなった。今度は驚いているのだろう。

 「エインツ=ハルバーツ=ユグオンドルド=モレスラ=タカオ=ニゴール=マジック 様ですか? 承っております」

 大音声だいおんじょうで衛兵が叫んだ。対面する相手のみならず、他の衛兵にも伝えるようなその声は周囲によく響いた。

 「そんな長い名前を覚えているとは……。私自身覚えておりません。可能であれば、今後は、エインツだけでお願いできないでしょうか?」

 「すまない、フルネームを呼ぶのは、伝統なんだ」

 そこで、衛兵はため息を吐いた。

 「ところで……本物の『黒衣の魔術師』様でしょうか?」

 それまでの「威厳」と「業務」を重要視した形骸化した言葉遣いを離れて、本物の敬意と戸惑いを基本とした口調に変わった。

 「その呼ばれ方は好むところではありません。しかし、確かに、過去にそのように呼ばれたことはございました」

 タカオが返答を返す、と衛兵は顔に喜色を浮かべた。誰だって、子供時代憧れたヒーローとの邂逅かいこうには、喜びを感じるが、一介の衛兵にとってもそのようだった。タカオはその様子に苦笑した。

 「ではでは、お願いがあ」

 衛兵は、おそらく、何か魔法を見せてくれ、と言おうとしたのだろう。しかし、衛兵がその言葉を繋げようとしたときに、門の内側から、隆々とした筋肉を特徴とするスキンヘッドの軍服を着た男が現れ、それを遮った。

 「私、本校の音楽教諭を務めております。田臥龍一郎《タブセ=リュウイチロウ》と申します。面接の会場までご案内いたしますので、お入りください」

 タカオは、黙って、筋肉の広背筋について行った。

 衛兵は残念そうにしている。喩えるならば、舞踏会で待望にしていた姫とのダンスを目前にして、王に会の終わりを告げられた下級貴族といったところだろうか。

 タカオは、その鉄製の巨大な門を通過し、それが閉じられようとした瞬間、門の外を見て、右手を振った。

 その瞬間、最前まで、枯れていた樹木を真っ赤な華麗な花と青青とした広葉が大量に飾っていた。

 衛兵の歓声と、彼の同僚を捜しに行く音がその閉じられた鉄扉の内側まで聞こえていた。


 ※   ※   ※   ※   ※


 「貴殿は、本学を110年ほど前に卒業した、と記録に残っている。そして、かの『マシル三国の外憂』での大活躍とその前後の時期の記録も、調べることができた。しかし、それらが記載されていた『マジャール神領史』や『ハルバーツ学園のあゆみ』、貴殿が過去に所属していたと知られている冒険者ギルドの当時における著名冒険者について書いた記録『華勇伝』にも、ある時点以降の貴殿に関する記録が一切ないのだが、その点、ご説明いただけるだろうか」

 三名いる面接官のうち、中央に座る老齢の男性が言った。タカオから見て、左側には、先ほどの筋肉がいる。

 タカオは説明を始めた。

 「その『マシル三国の外憂』後、ある理由から、ニゴール連峰にございますシャムセン寺院で、修行に専念しておりました」

 タカオは、一度、ここで、話を切った。百年以前においては、シャムセン寺院がどのような場所か、少なくとも知識人の間では知られていたが、現代では不明である。何しろ、タカオが籠もって以来百年間、来客も、弟子入り志願者も一切無かったのである。世間から忘れられている可能性をタカオは憂慮したのだ。

 「ああ、シャムセン寺院ですか、なるほど、彼の地であれば、色々と納得できる点もございます」

 筋肉の反対側に座った眼鏡の壮年男性が頷いた。いかにも学者然とした男だが、その通り、学者なのだろう。

 「シャムセン寺院とは?」

 筋肉が学者に向けて問いかけた。

 「ああ、この国の伝説に疎い田臥君が知らなくても仕方ないですね」

 筋肉が憮然とした表情を浮かべた。

 「ああ、侮辱している訳ではなく、田臥君が転生者であるゆえ仕方ありません、と申し上げております」

 学者が慌てて筋肉の顔に浮かんだ疑念を否定した。

 「シャムセン寺院とは、ニゴール川を遡った上流、南の方角にそびえておりますニゴール連峰の中腹に神暦前114年に建立された建物です。寺院と名乗っておりますが、どの宗教とも関わりはありません。神暦3年に、参道途中で幽鬼が目撃されて以後、勇猛果敢の将軍や冒険者が討伐に幾度と出ておりますが、どれも撃退され、寺院にたどり着いた者はおりません。『マシル三国の外憂』終結の四年後ですな」

 「それで、寺院に誰も来なかったのですね、納得しました」

 タカオは静かにつぶやいた。

 「ところで、ここにいる皆が不思議に思っているのだが、応募書類にある年齢は本当かね? 100歳を軽く超えているようには見えないのだが」

 中央に座る白髪の老人が言った。タカオは答える。

 「はい、シャムセン寺院には、時空魔法が掛けられておりまして、山門の中と外では、時間の流れ方が異なっております。具体的に言えば、一日、一日は下界と同じように過ぎ去っていきますが、肉体が年齢を重ねないのでございます。これは、時間を気にせずに、修行を行うためでございます」

 「なるほど、まさに、山中異界ですな」

 筋肉軍服が言った。学者が疑念を浮かべている。

 「そのような魔法があるのですか?」

 「はい、私の曾祖父、エインツ=義雄が得意とした魔法でございます。たとえば、今着ているこの外套にも同様の魔法が掛けられており、衣服の経年劣化を避けております」

 「なるほど」

 学者が釈然としないながらも頷いた。

 「もう一つ、聞きたい。貴殿は、『黒衣の魔術師』本人かね? もし、本人であるのならば、その証拠を出すことができるかね?」

 中央の老人が総ての核心に触れた。何しろ、ここにいる魔法使いは「我こそが百年前の英雄なり」と言っているのである。本人か否かが問題になることは当然であった。

 「そうですね、まず、私の行使する魔法に関しては、先ほど、そちらの軍人殿にお見せした通りでございます。自分自身を証明する手段としては、この黒衣でございましょうか。これは、曾祖父から受け継いだ品で、少なくとも百年前においては、この世界の技術で作ることできないものでございました。寺院からここに来るまでの道程みちのりでも確認して気にしておりましたが、やはり、まだ作る技術はございませんでした」

 軍服を着た筋肉が外套を見て言った。

 「私は、軍人ではありませんぞ。ところで、なるほど、確かに、その外套は、私の世界で一般的な服装の素材であるポリエステル加工がされております。ダウンジャケットという外套の種類で、私の世界では、若者の一般的な冬の装いです。少なくとも、その外套は、転生者の誰かの持ち物であったことは疑いありません」

 老人が筋肉に問いかけた。

 「魔法についてはどうじゃった?」

 「正門前に行けば、良い物が見られますよ。紅迎べにむかえが花を咲かせております」

 筋肉が自分が見た華麗な魔法について報告をした。

 「まあ、疑義は勿論残るが、自分が自分であることを証明することは極めて難しい。これ以上の議論は無駄とみなして、とりあえずは、本人と判断しておこうかの。本人で無くとも魔法力さえあれば良いわけじゃし。田臥君が魔法学関係の授業を代行する、というのも、限界があるからのぉ。少なくとも今月中に、後任を決めなくてはならないわけじゃし」

 田臥と呼ばれた筋肉が老人に尋ねた。

 「では、採用といたしますか?」

 「まあ、待つのじゃ、今からする質問を最後の質問としよう」

 老人が身を乗り出した。

 「なぜ、百年近くに及んだ長い修行を終えて下界で働こうとしたのじゃ? なぜ給金や研究補助などの面で、より充実する専任採用ではなく、授業単位で給与額が決まる、身分的にも安定しない非常勤採用を希望するのか、聞きたい」


 伝説の魔術師は口を開き、答えた。


 「はい、それは、百年前に果たすことができなかった我が悲願を成就させるためでございます。また、そのためには、時間的な拘束が多い専任採用よりも、長期の休暇もあり、遠方への旅行なども可能である非常勤講師の方が良いと考えたのでございます。夢の達成には、エルフや獣人系の少数民族などが必要であり、そのためには遠方へ出向く必要がございます」


 老人は、その言葉に興味を持った。


 「して、その悲願とは具体的に何じゃ? エルフや魔法力に優れる獣人の協力を得て、新魔法の開発かの?」


 黒衣の男は首を振りながら言った。どことなく、これまでの魔術師の暗い印象からは離れ、男の全体には明るいオーラがあった。


 「はい、かわいらしい犬耳獣人や絶世のエルフ美女、ロリロリなドワーフ娘などを奴隷にして、目眩めくるめくハーレムライフをエンジョイすることでございます!」


 マジャール神領の子供が一度は憧れる伝説の魔法使いの本性が現れた瞬間だった。




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