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華蘭の咲く処  作者: 夜見風 そなた
第一章 天翔る使者
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1-(7) 二度の再会



 あの後のことは、天真もよく覚えていない。気が付いたら朝が来ていて、茣蓙の上であぐらをかいて寝ていた。天真は周囲を見回した。隼矢の姿が見えない。

(もう仲間じゃない、か……)

 天真は肩を落とさずにはいられなかった。

(仲間じゃないだなんて、そんなの、あまりに急すぎるじゃないか)

 空を見上げると、そこではまだ明けの明星が微かな光を放っているのが見えた。

「僕はまだ、敵だなんて認めないから」

 姿を消した隼矢に向かって呟いた。


 天真はふと、隼矢の台詞を思い出した。

――俺には勝てるって思ってただろ?――

 確かにそうかも知れない、と天真は思う。勝ち負けを意識していなかったということは、生死を意識していなかったということで、自分が命を落とすことを考えていなかったとも言えるのでは、と。

 それが良いことなのか、天真にはまだ分からなかった。


* * *


 乾米を口に含みながら歩いていると、前方に壮麗な門が見え始めた。

「天弓京だ!」

 青川平野を経って約一週間。ようやくたどり着いた喜びに思わず声を上げ、自然と足が速くなる。

 駆け足に近い勢いで門にたどり着くと、その陰から男が出て来て天真の前に立ち塞がった。

「天真君だね? 待っていたよ」

 四十歳くらいに見える男だった。少し長い髪の毛を後ろで束ねている。

 いつもなら身構える天真。だが、男の顔を見てあっと声を上げた。

茂光(しげぴか)さん!?」

 その男は、父親の葬式で出会った、あの"光ノ使者"の長だった。

「久しぶりだね、天真君。"魔槍"の腕は上がったかい?」

 茂光は、天真の肩をぽんと叩く。

「そうですね……。それは、後で茂光さんの目で確かめてください」

「自信満々だな。楽しみにしているよ」

 天真の態度が、茂光には胸を張っているように見えたらしい。茂光は大きく頷いた。

(そんなに自信満々に見えたかな……。期待を裏切らないように頑張らなきゃ)

 天真は改めて気持ちを引き締める。

 皇宮に天真の部屋が準備されていると言って、茂光は天真の先に立って歩き出した。

 天真の緊張が伝わったのだろう。茂光はおかしそうに笑いながら言う。

「皇宮と言っても、今から案内するのは帝とそのご家族が住んでいる"三天宮"じゃなくて、俺達が使っている"役人ノ館"だから安心しろ」

 "三天宮"というのは、政の中心で最も大きい"華天宮"、帝とその家族が住む"風天宮"と"月天宮"の総称。その三天宮を取り囲むように並んでいるのが、召使いや使者達が過ごす"役人ノ館"だ。

「そうなんですか。安心しました。三天宮は、僕なんかが入っていい場所ではないですよね」

「そりゃぁ、新参者をいきなり三天宮になんか入れないさ。まぁ、例外はあるけどな」

 そう言って意味深な笑みを浮かべる茂光。天真は首を傾げたが、考えてもよく分からないので、ふと気になったことを尋ねた。

「ところで、どうして僕が来るのが分かったんですか?」

 そのことか、と茂光は少し意外そうな反応を示す。

「"影ノ使者"の連中に頼んで、君がいつ来るかを予測してもらっていたんだ。俺も他の仕事で忙しいんだが、今日だけは予定を空けたんだ。――"影ノ使者"は知っているよな?」

「はい。確か、頭脳の面で帝に使えている使者ですよね。呪術や占星術を使うこともあるとか……」

 そうですよね?と天真が茂光を見上げると、茂光は頷いた。

「ここ数年は、その呪術や占いが中心になってきているんだけどな。もちろん、呪術は頭が良い奴じゃないと使えないから、"影ノ使者"の質は上がっていると言って良い」

「そうなんですか。早く"光ノ使者"になって、皆さんにお会いしたいです」

 天真は歩きながら、知らず知らずのうちに胸が躍る。

 そんな彼の様子を見て、笑顔を見せる茂光だったが、ふと真顔になった。

「そういえば。来る途中で"七条ノ殺シ屋"に会わなかったか?」

「えっ?」

 脳裏に隼矢の顔が浮び、天真の心臓はどきんと跳ね上がった。

「知りませんが……それは、何かの組織ですか?」

 天真が内心動揺していることには気付かず、茂光は説明を始めた。

「"七条ノ殺シ屋"は、その名の通り、殺しを専門としている組織――というよりは、一族だな」

「それって、家族で殺しをしているってことですか?」

 天真が少し驚いたように言うと、茂光は苦々しい表情を見せた。

「そう。それもあって、"七条ノ殺シ屋"の誰かが殺されると、奴らは必ず復讐を目論む。それも、徹底的な準備をして、だ。だから、俺達にとって一番厄介な存在だと言っても過言ではない」

「そうなんですか。じゃぁ、僕の父も彼らの一味を殺めたから……、」

「……どうしてそれを知っているんだ? 空光は、君にそんな話をしなかったはずだが」

 家族に、誰を殺したかなんて話はしないぞ、と茂光は不思議そうに首を傾げる。

 まさか、副総長の息子に聞いたとは言えない。しまったと思いつつ、天真は、

「仕事柄、皇族の命を守るためなら、そういうこともあるんじゃないのかって思っていたんです。違いますか?」

と逆に聞き返した。

 茂光は、うむ、と少し唸る。

「……さすがに、君の歳になればそれぐらいは察するか。まぁ、隠しても仕方ない。確かに、空光は"七条ノ殺シ屋"を殺したことがある。それも副総長をだ。だから、空光が暗殺された時、奴らの仕業じゃないかと真っ先に疑った。でも、そうとも言い切れなかった。はっきりとした目撃証言が無かったし、"光ノ使者"を恨む奴は大勢いるからな……」

 殺し屋は他にもあるしな、と茂光が溜息をつくのを見ながら、天真は、その手に握る"魔槍"に目を向けた。

 優秀な"光ノ使者"であった父親から、茂光を通じて息子に受け継がれた"魔槍"。天真は、未だにこの"魔槍"で誰かを殺したことは無いが、父親の空光はおそらく、その鋭く研がれた刃によって多くの命を救い、多くの命を殺めたのだろう。今はきれいに磨かれてあるが、昔はその柄に血の跡が残っていたに違いない。

「どうした? 急に静かになったな。怖くなったか?」

 皇宮の門の前で立ち止まり、茂光は天真に聞く。

「――人を殺すことは、怖いです。僕はまだ、誰かを殺したことはありませんから」

 天真は真っ直ぐ茂光の目を見て、率直な気持ちを口にした。

「でも、命をこの手で絶つことを恐れないことの方が異常だと思います。もし、人が殺しを恐れない生き物ならば、三度の飯と同じように、無意味な殺戮を繰り返しているでしょう。それと……。僕は、殺しがしたくて"光ノ使者"になりたいのではありません」

 ほう、と茂光は目を細める。

「立派な心意気だな。――さぁ、入るぞ」

「はい」

 茂光に連れられ、天真は皇宮の門をくぐった。


* * *


「えっ、"認証ノ試験"ですか……?」

 天真は、茂光に思わず聞き返した。

 係に案内され、"役人ノ館"の客室に通された天真は、荷物の整理をしてくつろいでいた。そこへ茂光がやって来て、これからのことだが、と突然"認証ノ試験"の話を始めたのだ。

「"認証ノ試験"を知らないのか? まさか、このまま"光ノ使者"になれるとでも思っていたか?」

「もちろん、段階を踏むことは知っていました。ただ、明日だなんて、こんなに急な話だとは思わなくて……」

「まぁ、君にとっては急かもしれんが、俺は一週間ほど前に帝と相談して、君が天弓京に到着した次の日に"認証ノ試験"を行うことを決めたんだ。なんせ、今、"光ノ使者"は四人しかいなくてね。空光に匹敵する力を持った人がいなくて困っているんだ。帝の命令を確実に遂行する為にも、早く定員を満たさないといけない。だから、出来るだけすぐに"認証ノ試験"をやりたいんだ」

 すまないな、と茂光は謝る。どうやら、"光ノ使者"の定員割れは相当深刻な問題らしい。

「分かりました。それで、"認証ノ試験"で僕は何をすれば良いんですか?」

「それはまだ言えない。君はただ、"魔槍"を持ってくれば良い」

「えっ、何をやるのか教えてくれないんですか?」

 天真は思わず目を丸くした。何をするのか聞いて、今宵はその練習をしようと思っていたのだ。

「教えられない、というのも、何をするのか俺にも分からないんだ。"光ノ使者"の長になってから今まで、何度も"認証ノ試験"に立ち会ってきたが、何をするか全く分からなかった」

 まぁゆっくり休むことだ、と茂光は付け加え、明日の詳しい時間を教えてから部屋を出て行った。

(困ったなぁ。"認証ノ試験"のことが何も分からない)

 天真は、既に準備されていた布団に倒れ込んだ。

 しばらくの間、仰向けになって天井を見つめていたが、そうだ、とつぶやきながら起き上がった。

「まだ昼前だし……天弓京を歩いてみようかな」


* * *


 天弓京は、東西方向に七本、南北方向に十一本の道が碁盤の目のように並んでいる。"三天宮"や"役人ノ館"がある皇宮は天弓京の中央に位置していて、その面積は天弓京全体の九分の一程度だ。

 部屋の扉に備え付けられた伝言板に外出することを書いてから、天真は"魔槍"を握り締めつつ皇宮を出た。

「さてと。どこへ行こうかな……」

 たくさんの人が行き交う大通りで立ち止まり、天真は辺りを見回す。

 今日は休日なのか、余所行きの着物を着た少女達がきゃっきゃとはしゃいでいるのが見える。また、刀や弓を携えた男もあちこちにいる。

(ここでは、武具を持ち歩くのは普通なんだな)

 "魔槍"を持って出歩けば目立つのでは、というのは杞憂だったようだ。

「とりあえず、この大通りを端まで歩いてみようかな」

 "魔槍"を担ぎ直して歩き出そうとした、ちょうどその時だった。

「あれっ、あなた……」

 背後から声がして、天真は後ろを振り返った。

 そこには、医術師用の大きな救急箱を抱えた、天真と同じ年頃の少女が立っていた。黒い美しい髪が、後ろで一つにまとめられている。

 天真は彼女に見覚えがあった。脳裏に、約十年前の光景が浮かぶ。

 しばらくの間、二人は互いの顔をまじまじと見た。

「天真、だよね?」

 少女は、恐る恐るという感じで尋ねてきた。つられて、天真も首を傾げながら聞く。

「君は……静音(しずね)?」

 すると、少女は嬉しそうな笑みを見せた。

「良かった、やっぱり天真だったのね! 覚えていてくれて嬉しいわ」

「覚えてるに決まってるじゃないか。小っちゃい頃、毎日一緒に遊んでいたんだから」

 天真は、幼なじみと急に再会できたことが未だに信じられず、少女――静音から目を離せない。十数年前に別れた時から変わらない、黒い長い髪に白い肌、そして柔らかい眼差し。

「――ね、ねぇ、天真」

「何?」

「その、そんなに見られると……さすがに恥ずかしいんだけど」

 静音の頬が赤く染まっているのにようやく気付き、天真は弾かれたように身を引いた。

「ご、ごめん。びっくりしたから、つい……」

 良いのよ、と静音は首を振る。

「せっかくだから、わたしの家に来ない? お母さんも喜ぶわ」



 静音は以前、両親と共に青川平野に住んでいた。天真と同い年であることもあり、毎日のように、朝から日が落ちるまで一緒に遊んだものだった。

 彼女の母親は腕の立つ医術師で、青川平野で唯一の女性医術師として、強く信頼されていた。五、六年前、父親の仕事の事情もあって天弓京に診療所を移すことになり、静音は、仲良しの天真との別れを惜しみつつ青川平野を離れたのだ。

 静音の家は、皇宮から向かって北西の辺りにあった。

「あら、天真君じゃない! 久しぶりね」

 静音から救急箱を受け取ながら、彼女の母親は笑顔を見せる。

「ごめんなさいね。今、診察の方が忙しくてお茶も出せないのよ」

「いえ、お気遣いなく」

 悪いわね、と言いながら、母親は家の奥へと消えていく。

「ごめんね。居間で良かったら上がって?」

「ありがとう」

 静音の誘いを、天真は素直に受けとる。通された小さな居間には、分厚い本や帳面、筆が散らばっていた。

「まさか、天真に会えるとは思わなくて……散らかったままなの」

 手際よく本や帳面を積み上げながら、静音は恥ずかしそうに笑う。天真は、思わず手を勢いよく振った。

「いや、こっちこそ、急にお邪魔することになって申し訳ない」

 あらかた片付き、静音は天真に座るよう促す。腰を下ろすと、天真は部屋を見回した。

「それにしても、本の量がすごい。今でも、医術師を目指しているんだね」

「もちろんよ。お母さんみたいな、腕の良い医術師になるの。今は、勉強しながらお母さんの手伝いをして、修業しているところよ」

 少し誇らしげに語る静音だが、彼女の目には昔から変わらない強い光があって、医術師になることを予感させられる。

「天真も、相変わらず"光ノ使者"になりたいの?」

「うん。天弓京に来たのは、"認証ノ試験"を受けて"光ノ使者"になるためだよ。天弓京には、今日の朝来たばかり」

「へぇ、そうなの。で、"認証ノ試験"はいつ?」

 天真が明日だと答えると、静音は口元を押さえて声を上げた。

「明日?! そんなに急なの?」

「どうも、"光ノ使者"の定員割れの影響が大きいみたいでさ」

 天真が頭を掻くと、まぁそうよね、と静音は頷く。

「うちには皇宮の方もいらっしゃるから、そんなような話は聞いたことがある。やっぱり、"光ノ使者"は大変みたいね」

「うん。でも、世の中に楽な仕事なんて無いから」

 天真は、肩を竦めながら苦笑する。そんな彼を、静音は複雑な表情で見つめた。


 その後も、しばらく静音と雑談を交わした天真は、出されたお茶を飲み終えたところでおいとますることにした。

「もっとゆっくりしていけばいいのに」

「そうしたいのは山々だけど、明日に備えて、皇宮で休んでおかないと」

 戸口の前に立ち、天真はごめんと謝った。

「良いのよ。でも、時々はここに遊びに来てね? いつでも待ってるから」

「もちろん。できることなら、毎日でも来たいぐらいだけど」

 天真が笑顔を見せると、静音は彼から少し顔を背けた。

「? 僕、何か変なこと言った?」

「い、いいえ、別に。頑張ってね、応援してる」

 そう言ってにこっと笑う静音につられ、天真も自然と笑みをこぼす。

「ありがとう。じゃ、また」

 片手をひらりと振ると、天真は三天宮に向かって歩き出した。


 天真の姿が見えなくなると、静音は溜息をついた。

「わたしは、未だに天真の言動に振り回されてるんだわ。この気持ち、もう忘れたと思っていたのに……」

 静音は、さざ波を立てている胸に手を当てる。

「天真は、あの時の約束を覚えているのかな……」

 脳裏には、青川平野で暮らしていた頃、天真と二人で過ごした日々が生き生きと映し出される。

「天真は軽い冗談のつもりだったかもしれないけど、わたしは今でも本気なんだから……」

 思い出の中で走り回る天真に向かって、静音は語りかけた。


「『天真のお嫁さんになりたい』って……」



※外伝「華弁、ひとひら」の「小さな約束」と微妙にリンクしてます。よかったらそちらもご覧下さい♪

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