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華蘭の咲く処  作者: 夜見風 そなた
第一章 天翔る使者
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1-(6) 明かされる過去



「ねぇ、隼矢。さっきから黙ったままだけど、何かあったの?」

「うるさい。ほっといてくれ」

 天真の方など見向きもせず、冷たく突き放す隼矢。

(武具屋を出てから、ずっとあの調子だな。ほっといてって言われても、心配だし)

 どうすれば良いのか分からず、天真は困惑したまま隼矢の後に続く。


 例の武具屋を出てから約二日。自ら話題を振ることが多かった隼矢は、二日前を境に口数が減り、天真にきつく当たるようになっていた。そして今日。ついに、隼矢は反応すら示さなくなった。

「僕は、隼矢が心配なんだよ。何かあったんでしょ?」

 日も暮れてきた頃、天真は再び隼矢に声を掛けた。隼矢は真っ直ぐ前を見据えたまま、薄暗い森の中を黙々と歩いている。

 それでも諦めず、天真は問いつづける。

「僕、何か悪いことした?」

 しかし、隼矢からは無言の返事が返ってくるのみ。

 さすがの天真も限界だった。

「いい加減にしなよ! 黙ってたって何も分からないか!」

 木々の間に響き渡る大声。あまりの自分の声の大きさに驚く天真の前で、隼矢は静かに立ち止まった。

「――分からない、だと?」

 半分だけ顔を天真に向ける隼矢。その表情は逆光ではっきりとは分からないが、目だけが異様に白く光り、濁っている。

「俺の気持ちなんか、言ってもお前には分からない」

「そんなの、言ってみなきゃ分からない」

 天真の言葉が終わるのを待たずに、隼矢は再び前を向いて歩きはじめる。

「隼矢っ」

 天真の声が、夕焼け空に虚しく響く。その声は、隼矢には届かなかった。


* * *


 辺りはすっかり闇に染まり、夜空には細い三日月が昇った。二人は、天弓京入りを明日に控えながら、森で野宿をすることになった。

 先に立って歩いていた隼矢が大木の根本であぐらをかく。天真はそこから少し離れた所に別の大木を見つけ、腰を下ろした。

 "魔槍"を抱えたまま木の幹に背を預け、夜空を見上げる。雲のせいで星の輝きはほとんど見られず、三日月が申し訳なさそうに瞬きを繰り返している。

(どうして、こんな虚しい気分を味わなくちゃいけないんだろう?)

 三日月が灰色の雲に隠れ、ぼんやりと浮かび上がっていた木々が黒に沈む。

 急に心細さが増してきて、木の陰から隼矢の様子をうかがう。よほど歩き疲れたのか、隼矢は既に小さな茣蓙(ござ)を敷いて横になっていた。

(明日の朝、もう一度話してみよう)

 天真も同じように茣蓙を広げ、隼矢に背を向けるようにして横になった。すると、体力的にも精神的にも疲れた体が鉛のように重くなる。生暖かい風が髪を揺らすのを感じながら、天真は目を閉じた。



 向こうから物音がしなくなり、天真が眠りに落ちたのを悟ると、隼矢は静かに体を起こす。茣蓙の上で座り直し、腰に挿した鞘から二本の短刀を引き抜いた。月光に照らされ、青白く光る二枚の刃。より鋭く研がれたほうの短刀を右手に取り、もう片方の短刀は元の鞘に戻す。

 しばらくの間、無機質な光を放つ刃を凝視する。そして、隼矢は意を決したように立ち上がり、天真のもとへ近付いていく。

 小枝を踏み、乾いた音をさせながら、隼矢は天真の枕元までたどり着いた。天真は今だに規則正しい寝息をたてている。

 短刀を握りしめ、隼矢は顔を不気味に歪ませた。

「せっかく、良い友人を得たと思っていたのに……まさか、親父の仇だったとはな。はっきりした以上、お前には罪を償ってもらう。お前の父親と同じようににな」

 短刀を両手に持ち替え、天真の心臓に刃を向けて構える。

 震えていた手が静止する。隼矢の目に迷いは無かった。彼に見えているものは、目の前で眠る若者のみ。

 隼矢は深く息を吸った。そして、

「――死ね!!」

叫びながら短刀を振り下ろす。

 真っ直ぐに振り下ろした短刀から、何かを貫いた感触が両手に伝わる。しかし、隼矢はその感触が人を突き刺す時のものではないことを瞬時に察知した。

 背後から人の気配がし、はっと顔を上げるのと同時に、背中に堅い棒が押し付けられた。

「なるほどね。何だかよく分からないけど、隼矢は僕を恨んでいるんだね」

 頭上から降ってくる天真の声。隼矢は勢いよく前転して"魔槍"から逃れる。

「――っ、何故だ? お前、今まで寝ていたはずじゃ……」

「残念だったね。あれはただの寝たふりだよ。小さい頃、父さんに教えてもらったんだ」

 天真は少し自慢げに笑う。隼矢は彼に短刀を向けながらつぶやく。

「へぇ……、"光ノ使者"って、息子にそんなことまで教えるんだ」

「……どうして"光ノ使者"が出て来るの? 君は僕の何を知っているんだ?」

 隼矢の口から"光ノ使者"が出てきて、天真は驚かずにはいられなかった。

 ふっ、と隼矢は笑う。

「俺の親父は"光ノ使者"に殺されたんだ。"魔槍使い"である、お前の父親にな!」

「――!」

 予想を超える答えに、天真は"魔槍"を落としそうになる。

 隼矢は短刀を天真に向けたまま顔を歪める。

「今でもはっきりと覚えているよ。名前は空光といったか。十年くらい前のあの日、第二皇子殺害を実行する計画に参加する親父を、まだ三歳だった俺は天弓京の自宅でずっと待っていた。でも、伝達係から"魔槍"を持った"光ノ使者"によって親父が殺されたことを伝えられた。――親の死に目に会えなかった悔しさと、たった一人の親父を亡くした悲しみは、今でもはっきりと覚えているよ」

 隼矢は、短刀を握る手に力を込める。

「それから三年後、俺は六歳になって、一人前の仕事人として認められた後、俺は空光の殺害に乗り出した。何回も下見して、計画は完璧だった」

「――じゃぁ、僕の父さんを殺したのって……」

 天真の顔から血の気が引く。しかし、隼矢は首を横に振った。

「俺は殺っていない。奴を尾行していたら、あと一歩のところで気付かれて逆に襲われて、首を貫かれそうになった。その時、誰かが奴の腹を斬りつけたんだ」

「そうか、隼矢は殺してないのか……」

 天真が少し安堵の表情を見せると、隼矢は「でも」と天真を睨む。

「たとえ、他の奴によって仇が死んだとしても、復讐は自らの手でやらなきゃ意味が無いんだ」

 月に照らされ、暗闇に隼矢の顔が浮かび上がる。目はその短刀よりも鋭い光を放ち、全身からは狼を思わせる殺気が立ち上っている。

「だから、俺はお前を殺す。それが、俺達殺し屋のやり方だ」

「――殺し屋!?」

 天真は大声を上げる。それと同時に、数日前、宿で感じた血の匂いをはっきりと思い出した。

 そうさ、と隼矢は口の端を吊り上げる。

「俺は、"七条ノ殺シ屋"の次期総長、隼矢だ!」

 憎悪と狂気に支配された隼矢は、二本の短刀を両手に握り、倒れ込むように天真に飛び掛かる。

 天真は、潜るようにして彼の刃を避けた。

「よせ、よすんだ、隼矢! 僕は、君と傷付けあいたくない」

 "魔槍"を両手で握り、地面に片膝をついたまま、振り下ろされる二本の短刀を受け止める。

「傷付けたくない? 将来、"光ノ使者"になりたい男が何を言っているんだ?」

「どうしてそれを知っている?」

「"光ノ使者"の父親と同じ"魔槍"を持っている奴が、ただの槍使いになるとでも?」

 自分の夢を言い当てられ、目を丸くする天真を、隼矢は蔑むように笑う。

「そして、上からの命令であれば、"光ノ使者"は人を殺すこともいとわない。そんなことも知らないのか?」

 天真は地面を蹴って後ろに下がり、首を振った。

「昔からよく知っているよ。"光ノ使者"は血生臭い職業だってね。でも、僕はまだ"光ノ使者"じゃない。ましてや、僕にとって隼矢は旅の仲間。互いに傷付けあうなんて、それこそ無意味だ!」

「――俺達は、もう、仲間じゃない!」

 隼矢のはっきりと言い切る声に、天真は思わず顔を歪めた。

 天真の顔を見て一瞬怯んだ隼矢だったが、すぐに表情を消した。

「事実がはっきりした以上、俺達は敵同士だ」

「そんな、敵なんかじゃ」

 急接近してくる隼矢の二本の切っ先を、天真は大きく弾き上げる。"魔槍"の穂先にいつもの革袋が被さっていないのを見て、隼矢は一歩下がって距離をとった。

「いつの間に革袋を外したんだ? 結局殺る気あるんじゃん」

「違うよ、これは自己防衛。このままだと隼矢に殺されかねないから」

「ふん、よく言うぜ。まぁ良い。お前は死ぬ運命にあることに変わりは無いんだ」

 隼矢は短刀を握り直すと、天真の喉元目掛けて斬りかかる。

 金属同士で、繰り返しぶつかり合う音が辺りに響き渡る。天真はひたすら隼矢の攻撃を弾くのみだったが、少しずつ間合いを詰めながら、彼を背後の木に追い詰めていた。

 しかし、隼矢の短刀が一際大きな弧を描いた。天真は、立て続けに振り下ろされる二本の短刀を何とか弾いて避けたが、その代わりに大きく体勢を崩し、後方にのけぞる。

「もらった!」

 その隙に、短刀を両手に握った隼矢は天真の懐に飛び込んだ。

 一瞬、森に静寂が訪れ、闇が一層深さを増す。隼矢は、今度こそ、天真の命を絶つことができたと思った。

 しかし、隼矢の短刀に滴る血など無かった。天真は己の胴体と左腕で挟むようにして隼矢の両腕を捕えられていたのだ。

 天真は捕らえた隼矢の腕に圧力を加え、その手から短刀を落とさせ、足を掛けて隼矢を転ばせる。すかさず起き上がろうとした彼の喉元に、天真は"魔槍"を突き付けた。

「――このまま僕が"魔槍"を放したら、君はどうなるか分かる? このまま"魔槍"は、君の喉を貫いて、」

「言われなくても分かる」

 数日前に"魔槍"の説明を受けたばかりの隼矢に、分からないはずが無い。隼矢の身体能力で"魔槍"を掴めたとしても、その鉄の塊のような重さには耐えられない――。

「――お前はやっぱり、空光の息子だな」

 目をつぶり、深く溜息をつく隼矢。

「最後の追い詰め方がまるでそっくりだ。まぁ、天真の場合、殺す気はないみたいだけど」

 そう指摘されて、天真は、恥ずかしいような悲しいような、複雑な気持ちになる。

「"魔槍"の特性を活かすとなると、こういう使い方をするものなんだよ。別に、父さんの技を真似たわけじゃない。――君を殺すつもりも、君に殺されるつもりも無いのは確かだけど」

 天真は、"魔槍"を下ろしたい衝動を必死で堪えながら、隼矢の瞳の中をじっと見つめる。

 鷲に仕留められた兎のような気持ちになり、隼矢は小さく息を吐いた。

「まだ、俺にはお前を倒せないみたいだな」

 隼矢の顔に、少しだけ穏やかさが戻る。

「天真も、俺には勝てるって思ってただろ?」

「――えっ」

「俺と刃を交えている時の天真、何だか余裕そうだった」

「いや、それは勘違いだよ。そもそも、勝ち負けなんか考えてなかった」

「そうか」

 しばらくの間、隼矢は目を閉じて何かを考えるような表情を見せたが、再び目を開けた時には、殺意の色が戻っていた。

「いつか、絶対にお前を殺してやる。死ぬ運命は変えられない」

 隼矢の言葉に、天真は息を吐きながら"魔槍"を下ろした。

「そんな日が来ないことを祈るよ、隼矢」

 返事は無かった。



後半、駆け足になってしまいました……

読みづらくてすみません。


今後、小説の更新を行うごとに活動報告の投稿もしていきたいと思っております。是非ご覧ください。


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