1-(4) 浮上する疑問
その日は、隼矢に「料理もおいしいし、値段も手頃だから」と薦められ、天真は彼と同じ宿に泊まることにした。隼矢は二日前ほどからここに泊まっているらしく、天真が宿泊の手続きを始めるのを見ながら客室への階段を昇っていった。
手続きを済ませ、夕食の時間まで暇になると、天真は今晩お世話になる部屋で荷物の整理を始めた。
宿の設備で洗濯するために衣服をまとめ、携帯食の残量を確認し、壁に立て掛けておいた"魔槍"に手を伸ばす(山賊の襲撃以来、幸いなことに"魔槍"の出番は無い)。そして、いつものように相棒の手入れをする。丁寧に刃を研ぎ、丁寧に柄を磨く。
扉を叩く音が聞こえたのは、柄に付いた泥汚れを完全に落とした時だった。刃に革布を被せ、"魔槍"を持ったまま扉を開けると、衣服の束を脇に抱えた隼矢が立っていた。
「あぁ、槍を磨いてたのか。荷物の整理は済んだか?」
「うん。そろそろ、服を洗いに行こうかなって思っていたところ。隼矢もこれから?」
「そう、今から。一緒に行こうぜ」
そうする、と返事をし、一旦扉を閉める。"魔槍"を壁に立て掛け、まとめた衣服を抱えて再び扉を開けた。
「ここでは、従業員が翌朝までに洗っておいてくれるからとても楽なんだ」
隼矢の説明を受けながら、夕日が斜めに差し込む廊下を歩く。角を何度か曲がり、ようやく目的地にたどり着くと、籠の中に衣服を入れ、札に名前を書いた。
籠を長机の上に置くと、隼矢は「さて、」とつぶやきながら天真を見る。
「夕食までにはまだ時間があるな。天真は、槍の手入れか?」
そうだね、と天真は答える。
「今日は、一段と汚れが気になるから。もう少し磨いてくるよ」
「そうか。俺も部屋で一休みするかな。じゃ、また後で」
片手をひらひらさせながら、隼矢はすぐ横の階段を下りていく。どうやら、天真の部屋よりも下の階に泊まっているらしい。
天真は、隼矢の姿を眺めてから、来た道をそのまま戻った。
自室で"魔槍"を磨きながら、天真は、衣服を籠に入れたときのことを考えていた。
(隼矢の服、僕の鼻が間違っていなければ――血の匂いがついていた)
普通の人間には嗅ぎ取ることができないほど微かな匂いだったが、あの時彼は確かに血の匂いを感じた。
(獣にでも襲われたのかな。でも、あれは確かに人の血の匂いだった)
そこまで考えて、隼矢の腰には二本の短刀が差さっていたのを思い出した。
(もしかして、誰かに追われているとか? でも、それにしては自由すぎる。逃げているんだったら、僕と一緒に行こうだなんて言わないはず)
そういえば、と天真は"魔槍"を磨く手を止めた。
(さっきの浮浪者、隼矢を見て逃げた感じがあったな。実は知った顔だったとか?)
あの時は混乱していて気にすることがなかったが、今思うとそんな感じがした。
(まあ、ただの思い過ごしかもしれないな。まだ会ったばかりだし、あまり考えないようにしよう)
よし、と声に出しながら立ち上がると、"魔槍"を壁に立て掛け、体を大きく伸ばして体をほぐす。
そして、部屋を出て食堂に向かうのだった。
相変わらず亀更新ですみません;;
今のところ、これ以上ペースを上げることは難しいです…
第一章『天翔る使者』ですが、予定よりも早く完結しそうです(1−(6)くらい?)。
第二章以降、物語が本格的に動き出します。