1-(3) 柳天で出会う
山賊達との戦闘の後、天真は峠の山小屋でつかの間の休息をとった。朝日が昇るのと同時にそこを出発し、朝餉時を過ぎた頃に柳天にたどり着いた。
目の前を通り過ぎていく異国民を眺めながら、天真は思わず「すごいな」と声に出していた。
(国際都市の話は聞いていたけど、まさかこれほどまでとは思わなかったなぁ)
父親の話から想像していたものとは違う光景に少し興奮を覚えながら、雑踏の中に足を踏み入れた。
天弓京から見て南に位置する都市、柳天。"華蘭皇国第二の国際都市"と言われるだけあって、柳天の大通りには隣国の衣服を着た人々が大勢行き来している(もちろん、"華蘭皇国第一の国際都市"は天弓京である)。柳天には各地域の品が集まってくるが、品の移動と共に人も動くため、情報もここに集まってくる。そのため、余程の急用でない限り、多くの者は柳天に寄ってから天弓京や華蘭皇国各地へ向かうのだ。
しばらくの間、大通りを見物していると、衣服をだらし無く着崩した柄の悪そうな男二人が、天真の前で立ち止まった。
天真は知っている顔ではないことを確認し、二人を避けて進もうとすると、男は「待て」と華蘭語で制し、天真の前を塞いできた。
(この服はユンファ王国のものか。隣国とはいえ、旅人してはかなりの軽装だな……)
二人を顔を交互ににらみながら冷静に考えていると、もう一人の男が口を開いた。
「〜〜、〜」
(ユンファ語……?)
天真は手に汗が沸くのを感じた。脅迫されていることは分かったが、彼らのしゃべる言葉が理解できない。
(おかしいな、ユンファ語は分かるはずなのに……)
その男はさらに声を大きくして、黙ったままの天真に話し掛ける。天真の前に立ち塞がったほうの男も一緒になって声を荒げる。気が付けば、街の者は皆、道の脇や建物の中から天真達を遠巻きに見ている。
(まずいな。下手に攻撃できないし、騒ぎにでもなったりしたら……)
ぐっと唇を噛み締め、"魔槍"を握る手を強くする。
男が天真をど突こうとした、その時だった。
「何をしているんだ?」
見知らぬ若者が、天真と男達の間に入ってきた。
「まあ、聞かずとも、おおよその話は分かるけど……」
誰に言うでもなく――どちらかと言えば天真に向かって――つぶやくと、彼の目が急に冷たくなった。
「〜〜〜、〜〜!」
若者が鋭い口調で何かを言うと、男達は舌打ちし、最後に天真をにらんでからその場を立ち去った。
男達の後ろ姿を眺めてから、若者は天真のほうに振り返った。
「怪我はしていないようだな。大事に至らなくてよかったよ」
華蘭の動きやすい衣服に腰には短刀らしき鞘。若者は天真と同じような背格好をしている。
「あ、あのっ、」
はっとして、天真はすぐさま頭を下げた。
* * *
「助けてくれてありがとう。あと少しで大変なことになっていたよ」
「それ、さっきも聞いた。人助けしたくらいでこんなに感謝されるとは思わなかったね」
若干照れながら、若者は苦笑した。
天真は、せっかくだから話をしたいという若者に連れられて、大通りにある小さな喫茶店にいた。
「ユンファ語は幼い頃に勉強したはずなんだけど……恥ずかしながら、何だか慌ててしまって……」
「しょうがないさ。彼らの語には訛りがあったからね」
さっきの殺気立った姿とは対照的に明るい笑顔の彼は、熱々の煎茶を口に運んだ。
「君はユンファ王国に住んでいるの?」
「いや。小さい時に、五、六年住んでいただけ。今は華蘭に住んでる」
「なるほど、どうりでユンファ語が流暢なわけだ。じゃあ、君は柳天の人?」
「柳天じゃなくて……そうだな……」
若者は一旦言葉を切り、考えるように顎に指を当てる。
「天弓京と玄霧平野、半々ってとこだな」
「玄霧平野!? わざわざ、そこと都を行き来しているの?」
天真は目を丸くせずにはいられなかった。それもそのはず、玄霧平野は華蘭皇国の南端に位置し、天弓京へ行くのに最低でも十四日はかかるのだ。
若者は煎茶を飲みながら「まあね、」と言った。
「ちょっと、家の事情があってね。でも生まれは玄霧平野。お前はどこの出身だ?」
「僕は、生まれも育ちも青川平野だよ」
いいなあ、と若者は羨ましそうにつぶやく。
「青川の魚が、これがまたおいしいんだよな。自然も多いしさ――」
取るに足らない会話を楽しみながら、天真は改めて若者の姿を眺めていた。
動きやすさを重視した華蘭特有の着物に、腰に差さっている二本の短刀|(短刀は護身の為に持つことがあるので不思議ではない)。大きな手荷物を持ち歩いていないことから、柳天の中心街辺りで宿泊しているのだろうと予測できる。
「ところで……お前はどこに向かっているんだ?」
談笑が一段落し、若者は改めて天真と向き合った。
「天弓京だよ。天弓京でやりたいことがあるんだ」
"光ノ使者"になりたいから、とは言わなかった。道中で、宿の主人に「自分を特定されやすい情報は極力明かさないほうがいい」と指摘されたのだ。
そうとは知らず、若者は「そうなんだ、」と嬉しそうに笑う。
「ちょうどいい。実は、俺も天弓京に向かっているんだ。旅はつれづれ、世は情けっていうんだ。一緒に行かないか?」
「えっ、いいの?」
突然の誘いに驚く天真。当たり前だろ、と若者はにっと笑う。
「この道中、話し相手がいなくて寂しかったんだ」
「僕も同じだよ。一人より二人のほうが楽しいに決まってる。それに、天弓京までのことをよく知っている人が一緒だと心強い」
「よし、決まりだな。――そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」
当たり前のことをまだ済ませていなかったことに二人で苦笑すると、若者は天真に右手を差し出してきた。
「俺は隼矢。これからよろしく」
「こちらこそ、どうぞよろしく」
天真も嬉しそうに頭を下げると、若者の右手を強く握った。