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華蘭の咲く処  作者: 夜見風 そなた
第三章 星探す使者
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3-(5) 協力者たち

 "朝焼ノ間"を出ると、天光はぐっと顔を引き締め、すぐさま"風天宮"の方へ向かって歩き出した。天光が新たな任務を任されたことは茂光から砂影を通して景月に伝えられるはずだが、その前に自分から直接、景月に新任務の話をしておきたいと考えたのだ。

(景月皇子のご意向をうかがわずに決定を下したことについても謝らないと……)


 着任当時は皇族や貴族の物珍しそうな視線がくすぐったく、天光は"風天宮"に立ち入ることが気恥ずかしかった。しかし現在は、新米の"光ノ使者"が"風天宮"を訪れる様子が日常風景になり、貴族たちの視線が集まらなくなった。そのため彼は、内部の装飾を見ながら歩くほどには余裕をもてるようになった。

 景月の自室の扉が見えてくると、天光は気持ちを落ち着かせるために歩幅を緩めた。息が上がった訳でも極度に緊張している訳でもなく、その行動は天光が景月を護衛するようになってから身に付いた儀式のようなものである。

 あと数歩で扉の前に着くというところで、景月の部屋の扉が静かにゆっくりと開いた。そこから姿を現したのは召使の少年だった。深々と頭を下げながら扉を閉め、体の向きをこちらに変えたところで天光に気が付き、会釈してきた。

 天光は、その少年に見覚えがあった。何度か景月の世話係をしている召使だ。

「おはようございます、柏羅(はくら)殿。本日は皇太子殿の世話係担当なのですね」

「天光様。お久しぶりです」

 柏羅は衣類の入った籠を抱えながら姿勢を正すと、ゆっくりと腰を折って天光に挨拶をする。

「昨日に引き続き、景月様の世話係を担当しております。最近は景月様担当係を務めることが多くなってきておりまして……嬉しい限りでございます」

「そうなのですか。もしかしたら、柏羅殿が"幻花"の気配をわずかに感じることが出来るからかもしれませんね」

「そうでしょうか……偶然だと思うのですが」

「たとえ偶然だとしても、皇子は嬉しいと思いますよ。”幻花”の話ができる者はごくわずかですから」

「いえ、そんなことありません。私はただ、景月様のお世話を精一杯させていただいているだけですから……」

 口から流れる謙遜の言葉とは裏腹に、柏羅の陶器のような顔には誇らしげな笑みが浮かんでいた。

 失礼します、と立ち去る柏羅を見送ると、天光は景月の部屋の扉を叩いた。天光は自分の名を告げ、中から声が返ってくるのを待ってから扉を開けた。

「天光。今、柏羅と話をしていたんだろう? ここまで聞こえたよ、二人の声が」

 景月は奥の椅子で不機嫌そうに肘を突いていた。あまり見たことのない皇子の表情に戸惑いながら、天光は「その通りです。内容まで聞こえましたか?」と返した。

「いや、そこまではっきりは聞こえなかったよ。でもまぁ、彼の場合、内容は簡単に推測できるけどね」

「そうなのですか?」

「どうせ、『私は"幻花"を感じ取ることができるから、何度も皇太子様の世話係をやらせてもらっているんだ』とか言っていたんだろう?」

 景月の推測は行き過ぎたものだが、柏羅の顔に浮かぶ笑みから伝わってきたものについてはあながち間違ってはいなかったため、天光は何も言わずに頷いて肯定の意を示した。

「柏羅が俺の世話係を担当することが多くなったのは召使の欠員が出ているからだ。"幻花"は関係ないよ。それに、"幻花"の気配を感じ取れるからといって、それを守ることが出来なければ意味が無い」

 いつも以上に言葉に棘がある景月。天光はそのまま皇子の話を聞く。

「――彼の輝くような笑顔から、『自分は皇太子様に必要とされている』という自意識過剰な誇りと、『自分はもっと皇太子様にお近づきになりたい』という安っぽい野望が嫌というほど伝わってくるんだ。俺はああいう、露骨に媚を売ろうとする人間は苦手だよ」

「苦手と言いつつも、常に優しく微笑みながら召使の方々と接することが出来る皇子はすごいと思いますよ」

 ずっと黙っていても仕方無いと判断し、天光は思ったことをそのまま声に出した。景月は「そうだろうか?」と首を傾げると、重い腰を上げるように椅子から降りた。そして、腕組みをしながら天光の方へ歩み寄る。

「天光こそ、どんな緊急事態に陥っても、表情をほとんど変えないではないか」

「そうでしょうか?」

「そうだよ。自分では気付いていないかもしれないけれど、お前は俺と一緒にフォーヤン帝国へ向かった時、何があっても冷静に対処していたではないか。……俺を女性扱いする、という知恵も働いたし」

 複雑な表情を浮かべながら視線を外す景月。

(あの時のこと、根に持っていたんだ……)

 天光は目の前の皇太子に申し訳なさを感じながら、軽く頭を下げる。

「お褒めいただき、ありがとうございます。今後も、何事があっても冷静に行動できるように努力いたします」

「相変わらず真面目だな、天光は。でも、そのままよろしく頼むぞ」

「はい」

 天光の凛とした返事を聞くと、景月は「そんなことより、」と近くの椅子に腰を下ろした。

「俺が呼びもしないのにここに出向くなんて珍しいな。何の用があって来たんだ? 俺はこの後会議に出席しなければならないから、出来るだけ手短に頼む」

「はい。実は――」

 天光は、つい先ほど決定した新任務について簡単に説明し、事が解決するまでは景月の護衛を務めることが出来ないことを伝えた。

「皇子のご意見をうかがう前に承諾してしまい、申し訳ありませんでした。その場で決めなければいけなかったので……」

「謝るな、天光。上司(茂光)の命令だ、仕方ない」

 景月は頬杖を突きながら苦笑する。

「異国の訳あり侵入者か……。もしかしたら、俺も協力出来るかもしれないな」

「……と、言いますと?」

「俺は一応、華蘭皇国の皇太子だ。補佐的役割とはいえ、華蘭皇国や近隣諸国の会議に出席することはかなり多い。フォーヤン帝国の情勢や情報を掴むことは出来なくもないだろう」

 再び椅子から立ち上がると、景月は天光の肩を軽く叩いた。

「欲しい情報があっても、父上や役人たちに直接聞くことは難しいだろう。何か分かったら、出来るだけすぐにお前をここに呼び出すよ。大したことは出来ないかもしれないけれど、できるだけ尽力しよう」

「ありがとうございます」

 天光は、いつもの敬礼ではなく、腰を折って深く頭を下げる方法で感謝の意を示す。より早く正確な情報が得られるかもしれないということよりも、景月がこの自分に協力しようとしてくれていることに純粋な喜びを感じたのだ。

「それでは、僕はこれで失礼いたします」

「あぁ。お互いに頑張ろう」

 立ち去る天光の背中に向かって吐いたその台詞が、護衛役だけではなく景月自身にも向けられていた。


「さて、これからどうしよう」

 自室に戻った天光は、窓の外でせわしなく歩き回っている人々を眺めながら腕組みをした。

「とりあえず、奇妙な盗人の目撃情報を集めることから始めようか。果たして、初めての事情聴取はうまくいくだろうか」

 ただ調べるだけであれば、魔術専門であるだけではなく頭脳派である"影ノ使者"が担当しても良いはずだが、今回は身体能力が優れる天光に話が来ている。未だに身を隠し続けるだけの能力がある盗人が相手だから、いざ対峙して戦闘になっても大丈夫な”光ノ使者”が担うというのは、当然といえば当然のことである。

「情報収集は初めてだし、誰かに教えてもらったほうが良い気がするな……どうしようか」

 腕組みをして黙り込んだちょうどその時。自室の扉を叩く音がした。 

「天光、いるかい」

「その声は……矢影さん」

 天光の「どうぞ」の声を待たずに、矢影は部屋に入ってきた。ずかずかと人の部屋に入ってくるなんて……と天光が思うよりも早く、矢影は話を切り出した。

「君は間もなく、異国から来た盗人二人組の調査をするように命令されるよ」

「知っています。つい先程、命令が下りました」

「そうか。それならば話が早いな」

 実はな、と矢影がにやりと笑いながら天光に耳打ちする。

「俺も、盗人二人組の調査を任されたんだ」

「えっ」

「おや、初耳のようだね。俺とお前がそろって同じ任務に就くことになったんだ」

 目をぱちくりさせる天光を若干面白そうに眺めると、矢影はすっと口を横に結んだ。

「お前と俺が共同で任務に当たる。この意味は分かるかい?」

「――矢影さんと共に調査をすることで、情報収集の術を学べ、ということでしょうか」

「ま、そういう意味もあるし、二人がかりで取り掛からないといけないほど大きな任務だということでもある。正直なところ、俺も"光ノ使者"と組んで任務に当たるのは初めてだから、少々戸惑ってはいる」

 矢影は長い裾から右手を差し出した。

「というわけで、先輩とはいえ、俺もまだ"影の使者"の見習いだ。お互いに頑張ろうではないか」

「っ、はい。よろしくお願いします」

 天光も右手を差し出し、矢影と固く握手を交わした。

「では早速、手短に打ち合わせをしよう。最低限押さえるべき点を確認したら、すぐに出掛けよう」

 見習いと言いつつ、先輩らしく後輩を引っ張る矢影。天光の顔には、安堵と緊張の両方が浮かんでいた。

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