3-(4) 新任務
ご無沙汰しております。
「ただいま戻りました」
"朝焼ノ間"に戻ると、茂光は雲が薄くかかる青空を眺めていた。
「おう、ご苦労だった。少し遅かったな」
「すみません。"影ノ使者"と話し込んでしまったので……」
「そうか。――あれ、矢影もいるじゃないか。どうしたんだ?」
天光の横に立っている矢影に気付くと、茂光は不思議そうに首を傾げた。
「今朝の明月姫保護の件で、謝罪したいことがありまして」
「今朝の? あぁ、大通りの穴のことか」
「はい。"光ノ使者"に与えられた任務であるにも関わらず、"影ノ使者"である俺が出しゃばる上に大通りに穴を空け、それを修復しようともせず……"光ノ使者"の皆様には多大なるご迷惑をお掛けしました。本当に申し訳ありませんでした」
気を付けをした状態から、腰を折るようにして深く頭を下げる矢影。茂光は彼をたしなめる訳でもなく、「謝罪のために、わざわざ来てくれたのか」と冷静に返す。
「確かに修復は面倒だが、お前のお陰で明月姫を無事に保護することが出来たのも事実だ。感謝しているよ」
そうだろう?と言いたげに、茂光はちらっと天光を見る。その視線に気付いた天光は軽く頭を下げ、彼と同意見であることを声に出さずに示した。
「まぁ、せっかく謝罪に来てくれたんだ。一汗流してから帰るのも良いのではないか?」
「……と、言いますと?」
「今、杉光と森光の二人が穴の修復のために大通りへ出ているんだが、人手が足りなくて困っていたんだ。紅光を出したかったんだが、彼女には別任務が与えられているから出せないし。俺と天光も、今後のことについて話したいことがあるから出られないんだ」
遠くの方から、のん気な小鳥のさえずりが聞こえてくる。茂光はすたすたと矢影に近付くと、彼の肩を二回ほど軽く叩いた。
「行動力が売りのお前なら、力仕事もそこまで苦ではないだろう?」
「……分かりました。今すぐ現場に向かいます」
「ありがとう、矢影」
矢影は戸の前に立ち、「失礼します」と素早く一礼した。
苛立っている訳でも、かと言って慌てている訳でもなく風のように立ち去る矢影を、天光は口を開けたまましばらく見送っていた。
「……そんな間抜けな顔をするなよ、天光」
「えっ、あ、……すみません」
天光は慌てて口を真横に引き締める。
「とりあえずそこに座ってくれ」
茂光に言われた通り、天光は彼と向かい合う形であぐらをかいて座った。以前の天光は基本的に正座だったのだが、初めての定例会議の際に「使者の集まりの時は正座じゃなくても良いんだよ」と森光に教えられて以来、周囲に合わせてあぐらをかくようになっていた。
そのことには特に触れず、茂光はさっさと話を切り出した。
「一昨日、天弓京のに盗人が出たそうだ」
「あぁ、その話は僕も聞きました。二人組だったとか」
天光の言葉に頷き、茂光は「噂によるとだな、」と少し声を低くした。
「彼らが着ていた服が、どうもフォーヤン帝国仕様の旅装だったらしい」
「フォーヤン帝国ですか」
「そうだ。"影ノ使者"やその部下の連中が調べたようだが、その目撃証言は間違っていないということだ」
小さな雀が窓の枠にとまる。茂光はそれを一瞥してから話を続ける。
「皇太子殿から聞いたんだが、先日の旅で、フォーヤン帝国の傭兵に華蘭皇国の密偵と早とちりされたそうだな?」
「はい。あと一歩でこちらの身分がばれるところでした」
「ここからはあくまでも砂影と俺の推測でしかないが、フォーヤン帝国の盗人とフォーヤン帝国の動きが全くの無関係ではないと思うんだ」
「……フォーヤン帝国がその盗人に関与している、ということですか?」
天光の台詞を受けて少し考えてから、茂光は「関与しているというかだな、」と立ち上がる。
「その盗人は、ただの盗人ではないと思うんだ。盗人に入られた店の主によると、わざわざ人の多い時間帯に盗みに入られたのは初めてだが、逃げ足だけはとても速かったらしい」
「普通の盗人とは思えない行動……ということですか?」
「そういうことだ。普通ではない盗人というのは、盗みを生業としている者ではないということ。つまり、何らかの理由があって彼らは盗みをせざるを得なかった……という可能性があるということだ」
「しかも、その理由はフォーヤン帝国抜きでは説明できないものだということですか」
姿勢を崩さず、冷静に言う天光。察しが良いな、と茂光は頷いた。
「今は帝国内のみに影響を与えているが、場合によっては、我らが華蘭皇国に多大な影響を与えることになるかもしれない。そういう危険性があることを考えると、"使者"として、これを無視することは出来ないんだ」
そこでだ、と茂光は天光の肩を叩いた。
「天光には、フォーヤン帝国から入ってきたと思われる盗人二人組に接触し、何らかの情報を引き出す任務を引き受けてほしい」
「えっ、僕がですか」
「そう。お前が、だ。不安か?」
「は、はい。皇国を揺るがすかもしれない事柄を、僕なんかが引き受けて良いのかと……」
一瞬間を空けて、茂光は声を出さずに笑う。
「何を言っているんだ、天光。お前は既に、一国の皇子の命を守り通したじゃないか。これも皇国を揺るがす事態だっただろう」
「…………!」
天光ははっと息を呑んだ。
(そうか……。僕は今、一国の主になろうとしている方をお守りしているんだ。一生懸命になっていて忘れかけていたけど、これは実はすごいことなんだ)
天光は自分の手のひらを見た。"魔槍"を扱う毎日により、豆が出来たり新しい皮膚が作られたりと、痛々しくでこぼこしている。
「もう一度聞こう、天光」
頭上から茂光の声が降ってくる。
「この任務、引き受けてくれるか?」
「はい」
天光は左膝を立てて床に手を突き、敬礼の姿勢をとった。