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華蘭の咲く処  作者: 夜見風 そなた
第三章 星探す使者
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3-(2) 野望と好奇心



 一旦"役人ノ館"に戻って身なりを整えてから、天光は"光ノ使者"隊長に事の次第を報告するため"朝焼(あさやけ)()"へ急いだ。

「天光です。失礼いたします」

 決まり通りに扉を叩いてから"朝焼ノ間"に入ると、そこには既に茂光(しげぴか)砂影(さかげ)が並んで座っていた。

「おう、天光。ご苦労だったな」

「思っていたよりも時間が掛かりましたね。明月姫は無事に捕まりましたか?」

「はい、何とか。ただ、情けないことに、任務が遂行出来たのは若い魔術師が手助けをしてくれたお陰です」

「若い魔術師?」

 天光の報告に砂影が首を傾げた。悪戯が好きそうな魔術師の笑顔を思い出し、天光は戸口に立ったまま思わず腕組みした。

「僕が知らない顔でした。長い髪を束ねていて、通りに穴を空けるほど強力な魔力を使っていて……運動神経もかなり良かったです」

「あぁ、なるほど。分かりました」

 砂影が納得したように頷くと、その隣で茂光も苦笑しながら頷いた。

「天光。そいつはこの先、お前と頻繁に関わるようになる男だぞ」

「えっ、それは一体どういう……」

「まぁ、それは自分で確かめるんだな。――とりあえず、予定通り"影ノ使者"との面会を済ませて来い」

 茂光の意味深な笑みに、天光は頭上に疑問符を並べるしかなかった。


* * *


「あの旅以来、景月皇子とは何かお話はされましたか?」

 "朝焼ノ間"を出て歩いていると、天光は一緒に部屋を出てきた砂影に話し掛けられた。

「はい。ほぼ毎日、囲碁をするために"風天宮"に通っています」

「そうですか……。皇子はまだ庶民の遊戯に夢中なのですね」

「やはり、皇族が囲碁というのは変ですか?」

「私は、皇子が囲碁をすることに異論を唱えるつもりはありませんよ。ただ、一般的に囲碁は庶民の遊びですからね。囲碁をする皇太子というのは庶民には受けが良いかもしれませんが、(まつりごと)の中枢を担う貴族にとっては目障りなのです。とりわけ野心が強い貴族は、それを逆手にとって利用することだってあります。――ほら、彼のように」

 そう言うと、砂影は長い廊下の真ん中を歩いている男に向かって頭を下げた。

「おはようございます、松条(まつじょう)清之(きよゆき)殿」

「これはこれは、"影ノ使者"隊長の砂影殿。わざわざ挨拶をしてくださるとは恐縮ですな」

 男――清之は自慢の髭を撫でながら満足そうな笑みをこぼす。

「おや、隣にいるのは新米の"光ノ使者"ではないか?」

「は、はい。天光と申します」

 天光が頭を下げるのを見て、清之は「君のことは知っているよ」と軽く笑って見せた。

「三週間ほど前に行われた"任命ノ儀"には、私も参加していたからね」

「そうでしたか。すみません、あの時は緊張していたので覚えていなくて……」

「別に気にすることはない。今日、ここで覚えていってくれれば良いのだ」

 清之は天光に息子を励ますような眼差しを向けると、そのまま砂影に向き直った。

「先日、皇太子殿が長旅から帰ったそうですな。旅疲れでしばらく寝込んでいたそうだが、最近はどうです?」

「そのようなこと、わざわざ私に聞かなくても……景鳥(かげとり)皇子や清継(きよつぐ)殿に聞けばよいでしょう」

「あの二人は、何故か皇太子殿のことが苦手なようで……こちらからしつこく聞いても、全く話したがらないのですよ」

「そうですか」

 砂影は清之に聞こえないように「それはそうでしょうね」とつぶやく。

「では、私達は次の予定がありますので、これで」

「えぇ。また」

 互いに軽く会釈を交わすと、天光は背中に清之の視線を感じながらその場を離れた。

「――あの方が、第二皇子の伯父上ですか」

「そうです。ここ十数年で急に勢力を伸ばしてきている松条家の当主です」

 口の端に愛想笑いを浮かべたまま砂影は言う。

「景月皇子が生まれた直後あたりに台頭し始めたのですが、その時から既に清之殿が松条家を先導していました。あの手この手を使って自分の愛娘を帝に嫁がせ、竹藤家に匹敵するほどの権力を持つようになったのもその頃です」

「第二皇子、景鳥皇子が生まれたのもその頃ですか?」

「えぇ。それを機に、清之殿の強欲さに拍車がかかりました。――野望を果たしたいがために周囲が見えなくなると、己に災厄が降りかかるものです。自分だけでなく一族をも陥れてしまう前に、軌道修正が効くと良いのですが……」

 砂影は空中に浮かぶ埃を見つめるように目を細めた。

「そう言えば。今、清継という名前が出てきましたよね。その方は皇族ではありませんよね?」

「あぁ、彼とはまだ会っていないのですか。松条清継殿は、清之殿の一人息子です。優れた運動神経を活かし、景鳥第二皇子の護衛を務めています」

「……私設護衛ということですか」

「そうです。景鳥皇子の話を聞いていると、清継殿は皇子の護衛というよりも話し相手という感じですね。歳も近いですし、無理はないでしょう」

 でも、と砂影は声を低くした。

「噂によると、清継殿は暗殺の教育も受けているそうです」

「えっ……」

 『暗殺』という言葉を聞いて、天光は思わず立ち止まった。

「それはつまり、誰かを殺そうとしていると……?」

「はっきり申し上げれば、皇太子とその護衛――つまり、景月皇子と天光さんの殺害です」

「皇子と、僕が標的……ですか」

「しかも、"幻花"を狙う者も出てくると思われています。あなたの敵は予想以上に多いですよ」

(その通りだ。僕は、柳天(りゅうてん)で出会った()にも命を狙われている――)

 天光は豆がつぶれて固くなった手の平を見た。


 その後も他愛ない会話を交わしながら廊下を進むと、砂影はとある扉の前で歩みを止めた。

「さて。ここが"影ノ使者"の会議室――"夕焼(ゆうやけ)ノ間"です」

 砂影は丁寧に両手で扉を開けると、天光の背中を軽く押して部屋の中へ招き入れた。

「皆さん、お待たせしました。新しい"光ノ使者"をお連れしましたよ」

 "夕焼ノ間"へ入ると、天光はゆっくりと室内を見回した。壁の色が少し違うことを除くと、"朝焼ノ間"の内部とほとんど作りが同じだった。

 天光は自分に視線を投げかけてくる"影ノ使者"達を見つめ返したが、ある青年と目が合った瞬間、思わず「あっ」と声を漏らしてしまった。

「あなたは、あの時の……」

「よっ、新米君。朝から世話になったね」

 目の前に並ぶ三人の"影ノ使者"。天光から見て左端に座っていたのは、明月姫の保護を手助けしようと、大通りに巨大な窪みを空けたあの青年だった。

「――皆さんはもうご存知かと思いますが、紹介します。彼は天光。"魔槍"使いの十六歳です」

 砂影は天光の肩に手を置いたまま説明する。

「先週まで、皇太子殿と共にフォーヤン帝国まで旅をしていました。二人がどうやって帰ってきたのかは、もう有名な話ですよね?」

「もちろん、知らない訳がない。今でもちょくちょく話題に昇るからな」

 天光の真正面であぐらを掻く男が軽く笑みを見せる。無精髭と乱雑に束ねた髪が印象的だ。

「自己紹介しよう。俺は湯影(ゆかげ)。こんななり(・・)でも一応"影ノ使者"の副隊長で、式神を専門に扱っている」

 そう言うと、湯影は懐から白い紙切れのようなものを取り出した。紙には華蘭の古い文字が並んでいる。

「こいつに術をかけると、人型や獣に化けたり、人間や動物等の動く物体に貼り付けて追跡することが出来るんだ」

「この小さな札が、全く違うものに化けるのですか?」

「正確に言うと、全部式神が見せる(まぼろし)なんだけどな。近いうちに、お目にかかることになるだろうよ」

 湯影は乱暴に自分の頭を掻くと、自分の左隣に座る女性に目配せした。彼女は足を揃えて背筋を伸ばして正座し、腰の辺りまである長い髪を背中にゆったりと垂らしている。

「私は葉影(はかげ)です。専門は占星術を中心とする占いです。"影ノ使者"では、近い未来に起こることを予測することが多いです」

「じゃぁ、僕が初めて天弓京に来る日時を予言したのは……」

「えぇ、私です」

 にこりともせずに言う葉影だったが、天光はなんだか嬉しくなって「よろしくお願いします」と言いながら握手を求めた。葉影は少し戸惑いながらも控え目に笑い、天光の右手をそっと握った。

「そして、彼は――」

「俺は矢影(やかげ)。砂影さんと同じく妖魔術専門で、最年少の"影ノ使者"だ」

「矢影……?」

 天光は、景月と共にセリオ山へ向かっている時のことを思い出した。その時、矢影は一年前に"影ノ使者"になり、彼と景月は同い年であることを教えてくれた。

「……ということは、現在十八歳ということですか」

「そ。つまりお前は、"光ノ使者"と"影ノ使者"両隊の中では俺が最も年齢が近いんだ。経験値もたった一年しか違わない」

「たかが一年、されど一年です。経験値は桁違いです」

「あっはっは、堅いことを言うなよ」

 天光を少し小馬鹿にしてような笑い方をする矢影を、天光は思わず睨んでしまった。

「僕は真面目が取り柄なんです。堅くて当たり前でしょう」

「まぁまぁ、そう怒るなよ。今朝の件もあるわけだし、仲良くやっていこうぜ」

「今朝の件……? やっぱりあなたの仕業でしたか」

 二人のやり取りを聞いていた砂影は足音もたてずに矢影の真横にやって来た。

「大通りに穴を空けたそうですね。後始末はどうするつもりです?」

「えっと……"光ノ使者"の方々にお任せしようかと」

「責任転嫁ですか。形を変えるのは簡単でも、直すのは非常に大変な作業なのですよ」

「…………」

 砂影に睨まれた矢影は、言い返すこともできずにその場で身を堅くする。

「後で――いえ、今すぐ、茂光の所に行きなさい。今ならまだ"朝焼ノ間"にいると思います」

「はい」

 すんなりと立ち上がる矢影。それとほぼ同時に天光は砂影に体を向けた。

「砂影さん。僕も彼と一緒に"朝焼ノ間"に戻ります」

「分かりました。では、面会はこれで終わりにしましょう。共に任務をこなすことも多くなるでしょうから、よろしくお願いします」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 不思議そうに首を傾げる矢影をちらっと見ると、天光は"影ノ使者"達に深く頭を下げた。


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