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華蘭の咲く処  作者: 夜見風 そなた
第三章 星探す使者
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3-(1) 合図は冬の訪れ



「くそっ!」

 埃っぽい薄暗い部屋で、灰色の着物を着た青年は文机を激しく叩いた。

「あの時……あの時に違いない。"影ノ使者"のあいつに盗られたんだ」

 青年は頭を抱えた。"影ノ使者"に盗られた手帳には、"幻花"に関する貴重な情報や組織の連絡事項まで書いてあるのだ。

「仕方ない……師匠に伝えて、予定を変更してもらおう……」

 ふらつきながら立ち上がると、青年は部屋を出て師匠の部屋へ向かった。

(今度会ったら、俺の妖魔術で懲らしめてやる……)

 両手を拳にして、青年は心に強く誓うのだった――。


* * *


 華蘭皇国の中でも北方地域に入る天弓京では、例年通り、他地域に比べて一週間程早い霜を観測していた。人々はあらかじめ用意しておいたはんてんに袖を通し、朝から繰り広げられている"虎鼠(とらねずみ)|(鬼ごっこの意)"を建物の中から見物していた。

「副長! 目標を見失いました!」

 商店街の一角に植えられた梅の木にまたがり、"光ノ使者"の彼女は声を張り上げた。

紅光(くれぴか)、こちらからは見えているから大丈夫だ。天光(そらぴか)! 気付かれないように上手く先回りしろ!」

 背後から聞こえてきた"光ノ使者"副隊長の大声に、天光も負けじと声を張る。

杉光(すぎぴか)さん! 上から行っても良いですか?」

「構わん! 天弓京住民の許可は得てある!」

 天光は姿勢を低くすると同時に深く踏み込み、足をしなやかに弾ませて宙へ飛び上がった。人垣から湧き上がる歓声を軽く流しながら、天光は軽業師のように身体をひねらせ、屋根の上に着地した。

 動き回っている目標を目で追いながら、彼は心の底から溜息をつく。

「"光ノ使者"になってから二回も"虎鼠"をすることになるとは……。青川平野にいた頃から噂は聞いてたけど、まさか本当だったなんて」

 屋根から屋根へと飛び移りながら、天光は"魔槍"を握りなおした。

「『おてんば姫』こと、明月(あかつき)皇女。これ以上ご家族を心配させないでください!」

 天光は屋根から飛び降りると、逃げ回る少女の前に仁王立ちした。

「さぁ、もう逃げられませんよ。おとなしく我々に捕まっ……」

「わぁっ! 新しい"光ノ使者"だわ!」

 少女は目を輝かせながら天光に近寄って来た。天光は前回の"虎鼠"にも参加していたが、こうして一対一で向き合うのはこれが初めてなのだ。

「すごい、本当に"魔槍"を持ってるわ! お兄様の――景月兄様のおっしゃる通りね!」

「あの、皇女」

「わたし、少しでも早くあなたにお会いしたかったのよ。嬉しいわ」

「明月姫、お話の続きは皇居で」

「いやよ! わたし、もっと天弓京を見て回りたいの!」

「あっ、明月姫!」

 天光が名前を呼ぶよりも数秒早く、皇女は右足を軸に方向転換して兎のごとく駆け出す。焦った天光は助走もつけずに再び屋根へ飛び上がった。

(普段から"月天宮"を出ることがない皇女にとって、天弓京全体を舞台にした"虎鼠"は魅力的に違いない。だけど、今の天弓京がどれだけ危険な状態であるかまるで分かっていない!)

 彼女の身にもしものことがあれば、責任を持って天光が"光ノ使者"を辞めるだけでは済まされない。第一皇女である明月姫は、将来、華蘭皇国から他国へ嫁いでいく身でもあるのだ。

 明月姫の跡を追いながら屋根から屋根へと飛び移っていると、天光は誰かに呼ばれているような錯覚に陥った。

「おーい! 左だよ、左!」

 その声に従って視線を左に向けると、道を挟んだ反対側の建物の上に天光と同じように走っている若者がいた。後ろで一つに束ねられた長い髪が馬の尾のように軽々と跳ねている。

「俺も協力するぜ、新人」

「は……?」

「おっと、怪しいからって俺に近付くなよ。下手すりゃ大怪我しちまうからな」

 天光の返事も待たずに、若者は右手の人差し指と中指を立てた。

「俺に出来ることは皇女の足を止めることだ。その後の保護はお前がやれよな」

 口の端を上げてにやりと笑うと、若者は短い呪文のようなものを唱えて皇女の方へ真っ直ぐ指を向けた。すると、彼の指先から稲妻が飛び出し、ほぼ同時に天弓京の大通りに爆発が起きた。

「皇女に向かって何を!」

「足止めをするだけだって言っただろ? ほら、早く皇女を捕えるんだ」

 若者に真顔で言われ、天光は訳も分からず爆発中心地に向かって飛び降りた。立ち込めていた砂埃がようやく薄まると、通りのど真ん中に空いた穴と尻餅をついたまま固まっている明月を発見した。

「だから、早く帰ろうと言ったでしょう。嫌な目に遭ってからでは遅いのだと」

 そう言うのは、いつの間にか天光の背後へ追いついてきた紅光。皇女の着物に付いた砂を丁寧に叩き落としながら、目の前にぽっかりと空いた大きな窪みを見た。

「これは、きっと()の仕業だわ。私達の手伝いをしてくれるのは良いんだけど、大通りに穴を空けられたら逆に困るのよねぇ……」

 盛大に溜息をつきながら弓矢を背中に回し、紅光は明月姫を抱き上げた。

「さ、天光。皇居に戻るわよ。私は皇女を送り届けなければならないし、あなたには"影ノ使者"との面会という大事な行事が待っているわ。後のことは副長と森光(もりぴか)に任せましょう」


「……あの人達は、もう消えた?」

 天弓京の角に立つ栗の木の枝にまたがり、華蘭皇国では見慣れない衣装をまとった若者は問いかけた。

「あぁ。"光ノ使者"が大勢いたのは、皇居を逃げ出した皇女様を保護するためだったみたいだよ」

 そう答えるのは、さらに上の枝に腰掛ける別の若者。女性らしい短い髪形だが、明らかに男物の旅装束を着ている。 

「なんだ、僕達を狙っていた訳じゃないのか」

「そりゃそうだろ。華蘭皇国(ここ)の人にとっては、私らはただの異国の旅人に過ぎないよ。私らが濡れ衣を着せられているだなんて、夢にも思わないだろう」

 通りに誰もいないことを確認すると、二人は木の枝からふわりと飛び降りた。

「さぁ、とりあえずどこかで食糧を調達しよう。あと少しで非常食も底をつく。今のうちに手に入れておかないと、冬の間は食糧の値段がどんどん上がってしまうからね」





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