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華蘭の咲く処  作者: 夜見風 そなた
第二章 花抱く皇子
23/30

2-(13) 魔ノ世を越える

文章が支離滅裂…

またいつか推敲しなおします;;

 チェン・イェンに続いて、景月と天光は小屋の外に出た。外気は肌にちくちくと刺さるように冷たく、セリオ山の冬はすぐそこまで来ていることが感じられる。

 仮道場の上や周りでは、チェン・イェンの弟子たちが慌ただしく駆け回っていた。その様子を興味津々で見ている景月に、チェン・イェンは淡々と説明する。

「彼らは、わしの言い付けで"魔ノ世"への通り道を作っているのだ。結界を張るのには大した準備もいらないのだが、"魔ノ世"を通るとなると、大掛かりな準備が必要になる」

「だから、あれだけ長い間、私達が待機している必要があったと……?」

「そういうことだ。――どうだ、準備は出来たか?」

 師匠の声に弟子達は一斉に振り向き、「魔方陣が完成すれば終了です」と口をそろえた。チェン・イェンは神妙な面持ちで頷くと、景月と天光を道場の中央――魔方陣の中央へ促した。

「あの……、あなたは我々と共に行かないのですか?」

 魔方陣の縁で立ち止まるチェン・イェンに、景月は首を傾げた。

「巷では魔術師界の権威と言われているが、ご覧の通り、昔に比べて体力が半減している。自分だけが"魔ノ世"を通ることさえ危うい状態なのだよ」

 そう言いながら、チェン・イェンは魔方陣に細かい模様を加えていく。

「なに、心配することはない。お前さんは無事に"魔ノ世"を通過できる。隣に立派な"魔槍"使いがいるではないか」

「そう……ですね」

 景月は笑顔で頷いたが、何故か、漠然とした不安は消えない。そうとは知らずに、チェン・イェンは膝を叩いて重そうに腰を上げた。

「さぁ、準備は出来たぞ。お前達はここから離れろ。衝撃で吹っ飛ばされてしまうぞ」

 師匠に指示され、弟子達は素早い身のこなしで魔方陣を離れた。

「景月皇子、天光殿。"魔ノ世"を通るための最後の仕上げだ」

 チェン・イェンの声に、うつむき気味だった景月は顔を上げた。

「わしの合図で目を閉じた後、天弓京のある場所を思い浮かべろ。二人でばらばらの場所を思い浮かべてはならない。同じ場所を考えるのだ」

「同じ場所……」

 景月が右少し上に顔を向けると、彼と同じように天光も顔を左に向けていた。

「どうします、皇子。着いた時のことを考えると、必ず魔術師がいる場所がよろしいかと」

「なるほど……常に人がいる場所か」

「僕が行ったことのある部屋でお願いします」

「あぁ、そうだな」

 景月はあごに指を当て、見慣れた皇居にある数々の部屋を思い浮かべた。"風天宮"にある自身の部屋。帝の書斎。"華天宮"最上階の大広間――。彼は皇居を隅々まで知っているが、天弓京に来たばかりの天光も知っている部屋はあまりにも少ない。

(いや、待てよ。必ずしも何かの部屋でなくてはいけないのか? 俺がマヨノカミに会った時のことを思い出せ……)

 景月は、高熱にうなされながら砂影の話を聞き、そのままマヨノカミと対面したことを思い出した。

「――天光。色々考えてみたが、やはり、華蘭国でも最高峰の腕前を持つ彼のもとへ行くのが一番だと思う」

「というと?」

「つまり……」

 きょとんと首を傾げる天光の左耳に、景月は口を近付けて考えを打ち明けた。

「分かったか?」

「はぁ……皇子がそう仰るのであれば」

 頭に浮かんでは消える疑問符を押し隠しながら、天光は"魔槍"を握り直した。

「チェン・イェン殿。よろしくお願いいたします」

 景月の言葉にゆっくりと頷くと、チェン・イェンは枯れ木のような腕を真っ直ぐ天へ伸ばした。彼は呪文のようなものを唱え始めたが、景月の耳には全く届かない。突然、魔方陣の周りで風が吹き始めたのだ。魔方陣の周りが嵐になっている一方、彼の旅装束は魔方陣に守られているかのように微塵も動かない。

「今だ!」

 轟音の隙間に、老人のその声だけは明瞭に聞こえてきた。景月は言われた通り静かにまぶたを閉じる。

 ふと、景月は自身の足が何かに掴まれているような錯覚を覚えた。その次の瞬間、身体が勢いよく地中に引き込まれ、すぐ隣にあったはずの天光の気配が消えた。

「――天光?」

 徐々に高まる圧力に肺を押し潰されそうになりながら、景月は無我夢中で叫ぶ。

「天光! 天光! そらぴ……」

「落ち着いてください、皇子。僕はここにいます」

 すぐ右隣から聞こえてきた声に、景月ははっと我に返った。

 目の表面に貼りつくように迫る暗闇の中に、景月は浮かんでいた。真っ暗でも自身の身体が前へ進んでいることのが分かり、進行方向には華蘭皇国があることも感じ取れた。

 右隣には、魔方陣に立った時と同じように天光が涼しい顔で浮かんでいた。

「天光。大丈夫か?」

「はい。どうやら無事、"魔ノ世"にたどり着いたようです」

 そう言いながら、天光はゆっくりと辺りを見回す。

「"魔ノ世"は意外と暗いのですね。上下左右、ほとんど何も見えません」

「そうだな。でも、周りに何か(・・)がいるのは分かる」

 周囲が見えないことを理解しながらも、景月は"魔ノ世"に視線を巡らす。

「そして、その何か(・・)は俺の"幻花"に気付いている……気がする」

「気のせいではありませんよ。皇子の"幻花"は微かに発光していますから、暗闇に近い"魔ノ世"ではかえって目立ちます。今まで以上に用心しなければなりません。しかし――」

 天光は眉間にしわを寄せる。

「この状況が分かったところで、直感に任せて"魔槍"を振るほか、僕には何も出来ません」

「不吉なことを言うな。もしもの時のために保険を懸けているつもりか?」

 今度は景月が眉間にしわを寄せた。天光は自分の発言を取り繕うことも無く苦笑する。

「違いますよ、皇子。常に心に留めている、皇太子の護衛としての決意を口にしただけです」

「わざわざ、こんな時に?」

「――悪かったでしょうか」

 真顔で首を傾げる天光。「いや……」と、景月は歯切れ悪く顔を背けた。

(どうしたんだ、俺。隣には天光がいて、チェン・イェンの結界もあるのに何を恐れている?)

 暗闇に目を慣らそうとしながら、本能に刺激を与え続ける不安に景月は首を傾げる。

("魔ノ世"を通るだけだ。何も恐れることは――)

「危ない!」

 天光の鋭い声と同時に景月の背中が強く押され、その勢いで彼の身体は頭を下に向けて降下しようとした。景月は慌てて頭と足の向きを入れ替え、急降下することは免れた。

「すみません、皇子。突然、虫が飛び出したので……」

 進むのをやめてしまった景月の身体を軽く押しながら、天光は申し訳なさそうに謝る。しかし、その声とは裏腹に彼の目は鋭く光っていた。

「"魔ノ世"が荒れ始めたみたいです。空気の流れが変わりました」

「そのようだな。俺にも分かる」

「急ぎましょう。十数分で着こうだなんて、悠長なことは言っていられません」

 二人は水中を泳ぐように足を動かし、移動する速度を少しでも上げようと試みた。しかし、目の前を横断する真っ黒な蛇や頭上を飛び交う蝙蝠、足元をうごめく虫にことごとく邪魔をされた。

「っ」

 景月は、自分の左腕に鋭利な氷柱が当たる感覚を味わった。その感覚は蝙蝠の爪によるものだと気付くのに五秒を要した。

「皇子!」

「こ、これくらい大丈夫だ。お前の切り傷の方がひどいぞ」

 天光の右手と頬にしたたる赤い雫を見て、景月は傷口を強く押さえた。

「傷の数は問題ではありません。出血がひどいです、皇子」

「だから、俺は……」

 大丈夫、と続けようとしたところで、今までに感じたことのないほど禍々しい大きな影を背後に感じ、景月は口をつぐんで後ろを振り返った。そこにいたのは、見入ってしまうほど磨かれた牙を持つ巨大な竜だった。真っ赤な下を垂らしながら大口を開けている。

 避けなければ、と思った時には、竜の牙が目と鼻の先に迫ってきていた。天光が振りかざす"魔槍"もそれに追いつくことはない――。

 景月が身体を縮めて痛みに耐えようとした、その時だった。

「?」

 背後の低い唸り声が急速に遠ざかっていくのを感じ、景月は目を覆っていた手を恐る恐る離す。自分の手の平が淡く光っていた。

「どういうことです? 皇子の全身から赤い光が……」

 天光は思わず景月を支えていた腕を離したが、景月を包む光は弱ることを知らない。

 自分から発せられる光の色に、景月はすぐに思い当たった。

「"紅ノ勾玉"だ。皇太子継承の証、"紅ノ勾玉"だよ」

 景月は背負っている荷物の中から紫色の絹布を取り出し、震える手で紐を解いた。その勾玉は、家族や親しい友人と共に囲む焚き火のような暖かい光を放っていた。

「魔力が込められているのは知っていたが、それはほんのわずかな量だったはずだ。どうしてこんなにも強い力を発しているんだ?」

「きっと、皇子に同調したのでしょう」

「俺に同調した?」

「えぇ。あくまでも僕の直感ですが」

 天光の言葉に首を傾げながら、景月は辺りを見回した。真っ暗だった"魔ノ世"は"紅ノ勾玉"に照らされ、二人の周りをうごめく何か(・・)の輪郭がくっきりと浮かび上がっていた。どの生物も漆黒の体を持っている。たくさんの虫や獣が景月の"幻花"に近付いて来たが、全て"紅ノ勾玉"の光によって闇の奥深くへ弾き飛ばされた。

「行きましょう、皇子。それでもここに長くいるのは危険です」

 天光は再び皇子の背中を押す。赤い光は天光を認識して景月と共に包み込んだ。そして、景月が思っていたよりもずっと速く、二人の身体を前へ前へと押し始めた。

「あ、あれは……」

 前方に白い光の玉が見え始めた。近付くにつれてそれは大きくなり、"魔ノ世"の出口であり"地ノ世"の入口であることが分かった。

 光の中にある人物の姿を認めると、景月は天光に顔を向けた。

「見えるか?」

「はい、見えます」

 二人で頷きあうと、辺りは急激に真っ白い光の空間に変わった。そして、景月は壁のようなものに激しく衝突した。

「痛っ!」

「おや、景月皇子と天光殿ではありませんか。思っていたよりも随分とお早い帰還ですね」

 頭上から降ってきた声に、景月は壁から身体を離そうとした。が、背中を強く押さえつけられているようにうまく離れられない。

「この様子からすると、"魔ノ世"を通ってきたのですね。上下左右の感覚が狂っていますよ」

 その人物は景月の手を取り、ゆっくりと壁の上に身体を起こしてくれた。景月はこの時になってやっと、自分が壁だと思っていたものが畳であることが分かった。

 畳の上でもがいていた己の姿を想像して赤面する景月。その様子を見て苦笑しながら、その人物はゆったりと微笑んだ。

「"魔ノ世"の混乱の中を数カ所の切り傷で帰って来れたのは、ほとんど奇跡に近いですよ。私も安心しました」

「砂影殿……やはり砂影殿だったのですね」

 景月は慌てて正座しなおすと、両手をついてゆっくりと頭を下げる。

「ここへ帰って来れたのは砂影殿のお陰です。ありがとうございました」

 景月に合わせて天光も黙礼すると、砂影も二人の前に正座した。

「私は何もしていませんよ。お二人が無事に帰って来れるよう、祈っていただけです。――でも、まさかここに帰ってくるとは思いませんでした。"役人ノ館"にある私の個室など、お二人とも知らないでしょう」

 砂影にそう言われ、景月は改めて辺りを見回した。皇太子である景月は当然ながら、召使や使者が利用する"役人ノ館"になど立ち入ったことはない。

「"魔ノ世"へ出発する前、帰還したい場所を強く思い浮かべるようにチェン・イェン殿に言われました。しかし、皇族である私と新米の使者である天光が互いによく知っている場所というのは、あまりに少なすぎたので、帰還する場所を決めるのはほぼ不可能でした。そこで、私は思い付いたのです。思い浮かべる対象は必ずしも場所ではなくでも良いはずだ、と」

 身振り手振り説明しながら、景月は初めてマヨノカミに出会った時のことを思い出した。

「よく考えてみると、私がマヨノカミと出会うきっかけになったのは、誰でもない砂影殿の言葉です」

「……『今日明日に見る夢にマヨノカミを名乗るモノが出る』というような言葉でしょうか?」

「はい。砂影殿の話を聞いた私はマヨノカミの漠然とした想像を思い描き、夢を介してですが、"魔ノ世"へ踏み込みこみました。そして、紫色のもや(・・)のようなマヨノカミに出会ったのです」

「紫色の……?」

 砂影は顎に指を当てながら軽く上方を見た。その反応を見てある確信を得た景月は、畳に突いた手に力を込める。

「砂影殿。マヨノカミには実体というものが無いのではありませんか?」

「えぇ。マヨノカミは"魔ノ世"全てであり、"魔ノ世"全てはマヨノカミのようなものです」

「だから私は、あんなに曖昧な想像でも、マヨノカミと上手く出会うことができたのです。――違うでしょうか?」

 景月は真っ直ぐ砂影を見つめる。ものの数秒間、砂影は黙って考えていたが、「おそらくその通りでしょう」と真顔で頷いた。

「"地ノ世"の魔術師にとってマヨノカミは謎に包まれた存在で、実際、多くの謎は解くことが出来ずにいます。ここ十数年でようやく、マヨノカミは"魔ノ世"そのものであることが分かってきた程度なのです。その理論からすれば、多くの人々が想像する"魔ノ世"はそのままマヨノカミに通じることは確かです。あくまでも、個々人の行き過ぎた妄想が生み出したものでない限りの話ですが。――よく、お気付きになられましたね」

「いえ、そんな……」

 景月は照れ隠しに顔を伏せながら手を振ろうとしたが、突如、頭を強く引っ張られるような感覚に襲われ、そのまま後方へ倒れこみそうになった。背後に控えていた天光がとっさに腕を差し出したため転倒は免れたが、景月の頭が鉛のように重く、ぐるぐると回っていることに変わりはない。

「早い帰還とはいえ、やはり旅の疲れが溜まっているのですよ。今日はひとまず、医術師に診てもらってから自室でお休みになるべきでしょう」

 天光が景月の身体を横たわらせるのを見ながら、砂影は人手を借りに部屋を出ていくのだった。




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