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華蘭の咲く処  作者: 夜見風 そなた
第二章 花抱く皇子
20/30

2-(10) 噂話





 景月達が宿屋の粗末な朝食を食べ終わる頃には、太陽は完全に山から顔を出していた。

「天光、忘れ物は無いか?」

「はい、確認しました。皇子も、"紅ノ勾玉"は持ちましたか?」

「あぁ、大丈夫だ」

 今までよりも念入りに荷物の確認をしてから、二人は客室を出た。

 昨晩と同じ受付の女性に鍵を返し、宿を出る。景月が少し歩くだけで、その背後では砂埃が高々と舞い上がる。改めてこの国の貧しさを感じさせられた。

 景月は北方に連なる山々を目を細めて眺める。天光の説明によると、今日の昼頃には北の連山の麓に辿り着くという。

「セリオルノ山脈の一部、セリオ山を越えることになります。山脈の中では最高峰と言われていますが、セリオ山は灯夜山ほど標高は高くありません、ご安心下さい」

「つい二日ほど前にも、同じことを言われたな。そんなに心配しなくとも、山歩きには大分慣れたから大丈夫だよ」

「そうですか。頼もしいです」

 天光は軽く微笑すると、すぐに顔を引き締めて周囲を見渡す。帝国の傭兵を警戒しているのだ。

(この旅は、"幻花"に引き寄せられる魔物に注意しなければならない旅だったが……)

 景月は歩きながら考える。

(帝国の闇にも、気を付けなければならなくなったな)


* * *


 "光ノ使者"の朝の会合を終え、茂光は一人で"華天宮"の廊下を歩いていた。

(天光は、ちゃんと景月皇子をお守りしているだろうか。道中、厄介な魔物に襲われてはいないだろうな……?)

 景月と天光が皇居を発って、既に丸一週間が経過している。天光にとっては、天弓京に滞在していた期間よりも景月の護衛で近隣国へ出向いている期間の方が長いというのに、茂光は新しい部下の不在に何となく寂しさを感じていた。

(彼のことは空光が死んだ頃から知っているし、"認証ノ試験"の印象も強いからな。どうしても気がかり……って、部下の心配をしている場合ではない。今は自分の任務を遂行しなければ)

 仕事熱心であるが故に少し心配性である自分を恨みながら、茂光は正面から近付いてくる人物に「おい」と声を掛けた。

「砂影。昨晩、マヨノカミに会ったのだろう? 何か変化はあったか?」

「これはこれは、茂光ではありませんか。どうしてそれを知っているのです?」

「どうしてって……、昨日の夕方、お前が俺にそう言ったからだ」

「おや、そうでしたか。いけませんね、そんなことを忘れるだなんて」

「まったくだ。"影ノ使者"の長であろう者、もっと気を付けなければいけないぞ。身体能力が命の俺ならともかく、お前達は頭脳が大切なんだからな」

 呆れ顔の茂光だったが、これ位の物忘れは大したことないと言うように砂影はのんびりとした笑顔を見せる。

「相変わらず手厳しいですね。えぇ、分かっておりますとも、気を付けます」

「まぁ、お前は真面目だから俺が忠告しなくても大丈夫だとは思うがな。――そんなことより、先程のマヨノカミの話だ」

 通行人の邪魔にならないように廊の端へ避けると、砂影は笑みを浮かべたまま頷く。

「"魔ノ世"は相変わらず乱れているようですが、ここ数日間で、少し落ち着きを取り戻したようです。マヨノカミによれば、一時的なものらしいですが」

「そうか、ひとまず安心だな」

 ほっと息をつく茂光を見て、砂影はくすっと笑う。

「その様子だと、天光殿のことを余程心配していたみたいですね?」

「当たり前だ。実力があるとはいえ、まだ新米の"光ノ使者"だからな」

「大丈夫ですよ、天光殿なら。それに、景月皇子も心身共に強いですから。――私としては、それよりも天弓京で出回り始めた噂の方が気になります」

「噂?」

 寝耳に水だ、と茂光は腕組みをする。

「私は、他の件で町に出ていた矢影(やかげ)に聞いたのですが……、どうも、庶民の間で『天弓京付近に"幻花"を持つ者がいる』という噂が出回っているようなのです」

「『天弓京付近に"幻花"を持つ者がいる』だと……?」

 砂影の思いがけない言葉に、茂光は驚きを隠せずにはいられなかった。

「まさか、皇居の者が外部に漏らしたということか?」

「いいえ、それは無いと思います。もし、景月皇子の件が外部に漏れているとしたら、天弓京付近に(・・・・・・)、という広範囲ではなく、皇居に(・・・)、という条件が噂に付くはずです」

「なるほど。――場所を変えよう。人に聞かれてはまずい」


 茂光と砂影は早足で"華天宮"を出ると、"役人ノ館"の砂影の部屋に移動した。"光ノ使者"と"影ノ使者"に入った頃から、二人は秘密話をする時には"役人ノ館"の自室を使うことが多かった。皇居ほど豪華な造りではないが、ちょっとの火災や災害では壊れないように堅固に造られているため、壁が通常よりも厚く出来ている。そのため、こそこそ話が室外に漏れることはまず無いのである。

 部屋の中央に二人分の座布団を用意した砂影は、ゆっくりと腰を下ろすと話の続きを切り出した。

「――灯夜山において、何者かが"幻花"の匂いを嗅ぎ付けたのかもしれません。天弓京付近で景月皇子達が通ったのは、そこしかありませんから」

「"幻花"の匂いが分かるということは、お前と同じように妖魔術専門の魔術師、ということか?」

「断定は出来ませんが、その可能性は高いですね」

「そうか。……知られただけで済めば良いのだが」

 茂光は腕を組み、眉間にしわを寄せた。

「それなりに妖魔術に通じていれば、"幻花"が欲しくなる輩はいるのではないか?」

「そうですね。欲しがるとしたら、"幻花"本体では無く、"幻花"の()の方でしょうけど……」

「種? 何故、本体では無いんだ?」

「そうですね……理由を話すと長くなります。いずれは景月皇子達にも話さねばなりませんから、説明はその時にしましょう。今は例の噂の件です」

 砂影は裾を整えて座り直した。

「"幻花"の噂の出所は、矢影に調べさせます。矢影の調査結果が出るまで、景月皇子の護衛を万全にしておいてください」

「分かった。彼らが帰ってきたら、様子を見つつ護衛を増やそう。あと数日もすれば、"光ノ使者"の中で手が空く奴も出てくるだろう」

 互いに頷き合うと、「ところで……」と意味ありげな笑みを浮かべながら茂光は言った。

「確か、矢影は"影ノ使者"で一番若いんだよな。彼はどんな奴だ?」


* * *


「矢影? 初めて聞きます」

 セリオ山を目前にしながら、景月の何気ない発言に天光は首を傾げていた。

「そうか。"影ノ使者"との面会がまだだから知らないのか」

「はい。天弓京滞在中、"影ノ使者"は皆忙しく、僕は僕で景月皇子の護衛で忙しかったので。――何故、急に矢影殿の話をされたのですか?」

「別に、深い意味は無いんだ。ただ急に、思いついただけのことだ」

 景月は微笑んでみせる。

「矢影殿は俺と同い年で、昨年"影ノ使者"になったばかりなんだ。砂影殿と同じ妖魔術専門の魔術師だよ。"影ノ使者"にしては珍しく活発な男でね、気になることがあれば、隊長の指示も待たずに"華天宮"を飛び出してしまうらしい」

「よくご存じですね、矢影殿のこと」

「まぁ、同い年だからな。何度か護衛についてもらったこともある。楽天的な部分もある奴だけど、ある意味、天光と通ずるものがあるかもしれないな」

「はぁ……」

 よく分からない、と言いたげに間抜けな声を出す天光だったが、景月はよく笑う矢影の顔を思い浮かべながら何度も頷いた。

「良い奴だよ。天光ときっと馬が合う」

「そうですか。楽しみにしています」

 天光は小さく微笑すると、すぐに真顔に戻った。

「さぁ、セリオ山の山道に着きました。山に入る前に、少し早いですが昼食を摂りましょう」




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