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華蘭の咲く処  作者: 夜見風 そなた
第二章 花抱く皇子
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2−(8) 貧民国と大国の狭間




 フォーヤン帝国の南に位置する属国、ルピナリーン国。帝国はこの国を最後に侵略政策を打ち切ったのだが、その理由が、その足でその土地に立っている景月には分かる気がした。

「皇子、顔色が優れませんよ? 具合が悪いのですか?」

「いや、体調は問題ない。ただ……」

 景月は、今自分が来ている旅装をじっくりと見つめる。最高級の生地ではないとはいえ、皇族の者を思わせる薄く黄みがかった白い着物。今朝、山小屋で補充した冷たい水が入った水筒。両足には、歩き続けて少しほころび始めた履き物。

「お気持ちは分かります」

 天光は静かな声で言う。

「しかし、これがこの国の現状なのです」

「何故……? 山脈を隔てて隣り合っている国なのに、何故こんなにも違うのだろう」

 数年以上放置されたままの耕作地。少し大きな風が吹いたら一瞬で飛ばされそうな茅葺きの家。灰色に濁った住民の瞳――。

 ルピナリーン国は、慢性的な不毛不作の地だった。


「若い男衆を中心に、農業の担い手が兵役に課せられたのさ」

 貧しい小さな国の大地で立ち尽くす二人を、老人は親切にも自分の家に案内した。

「ここに取り残された女衆や幼子達は、昼夜を問わず、毎日働き続けた。しかし、どうしても男衆の力や人数には勝てなかった訳だ」

「そんな……、フォーヤン帝国は何もしなかったのですか?」

 景月は机に手をついて身を乗り出す。

「帝国はただ過酷な兵役を課しただけさ。そりゃぁそうだろうよ。彼らは兵力が欲しくて我が国を侵略してきたのだから」

「ところが、兵役を課したものの、フォーヤン帝国が思っていたほどの戦力にはならず、それどころか徴集した兵を養うことさえ困難になってしまい、ルピナリーン国を属国にしたところで侵略行為に終止符を打った――」

「その通りだ」

 老人は決して美味しいとはいえない茶を口に含むと、景月の目を真っ直ぐ見つめた。

「お若いの。その様子を見ていると、今まで何一つ不自由無く過ごしてきたのだと見える。しかし、そうではない者の方が大勢だということを知っておくべきであろう。貧民街ばかりなのはルピナリーン国だけではないのだよ――」


 泊まるように勧める老人を丁寧に断ってその家を出た二人は、しばらくの間無言で乾いた道を歩いた。

(俺は、家庭教師をつけて今まで政治のことについて深く学んできたつもりだった。でも、あくまでも『つもり』だった。俺は、何も知っちゃいなかったんだ)

 老人の家を出て、異国の貧民街を歩きながら景月は考える。

(出発の時、父上は『一つでも多くの世界を知る必要がある』とおっしゃっていた。父上の言う世界の一つは、この国のことなのだろうか? それとも……)

「――じ、皇子」

 名前を呼ばれるとともに肩を叩かれた景月は、はっと我に返った。

「大丈夫ですか、皇子。やはり顔色が優れませんよ」

「あ、あぁ、大丈夫だ。少し動揺しているだけだから」

「とりあえず、今日は早めに宿を見付けましょう。皇子、荷物をお持ちします」

 景月の返事を待たず、天光は二人分の荷物を方に肩に掛ける。

「――すまないな」

 自分の荷物を奪い取るのもはばかれて、景月は素直に天光に従うことにした。



「高い……」

 景月は思わずつぶやいた。

「仕方ないでしょ、ただでさえ観光客が少ないんだ、金ヅルからある程度金を取らないと生きていけないよ」

 三十分ほど歩き回って見付けた宿屋。受付にいた女性にぶっきらぼうに言い放たれて口をつむぐ景月の横から、天光は無言で提示された金額だけ紙幣を出した。

「これでも、昔より安くなったんだよ。三十年くらい前に税金が下げられたからね。私ら庶民の反逆が怖かったんだろうよ」

 受付の女性は天光に部屋の鍵を渡すと、部屋の案内もせずに奥へ入ってしまった。

 取り残された二人は顔を見合わせた。

「……とんでもない宿に来てしまったな。他の宿を探さなくても良いのか?」

「無駄でしょう。おそらく、どこに行っても同じような金額を請求されます」

 宿の暗い廊下を進みながら、天光は首を振る。

「それに、この地で金銭を気にしすぎるのは良くないかと。この状況で体を休める場所が提供されるのは運の良いことです」

「……そうだな……。あ、この部屋か」

 部屋に入ると、天光は狭い部屋の隅に荷物を置き、景月はすぐさま窓へ駆け寄った。窓の外に広がるのは、夕焼けに照らされた埃っぽい大地と茅葺きの家。

「この世に太陽は一つしか無い。俺が今見ているあの太陽は、華蘭皇国でも、フォーヤン帝国でも、ここと同じように大地を照らしているのだろう。でも、見える景色は全く違うのだろうな……」

 景月の目の前で枯葉が軽々と舞い上がり、少し離れた所にあっけなく着地する。砂埃はそこからどこまでも流れていった。



* * *



「おい、扉を開けろ!」

 蝶番が壊れそうな勢いで戸を叩く音。景月が布団から飛び起きた時には、既に天光が"魔槍"を構えていた。

「我々はフォーヤン帝国の者だ。この扉を開けろ」

「帝国? 一体何の用ですか?」

 眉間にしわを寄せながら、天光はフォーヤン語で戸の向こうに問い掛ける。

「良いから早く開けろ! さもなくば強制的にこの扉を開けさせてもらう」

 威圧感のある低い声。景月は護身用の短刀を手元に手繰り寄せた。

「天光、要求に従おう。開けなければかえって怪しまれる」

「はい」

 景月の言葉に頷くと、天光は"魔槍"を握る手を強くしながらゆっくりと扉を開ける。廊下の照明が漏れてくると同時に、フォーヤンの民族衣装に似た衣服をまとう三人の男がずかずかと入って来た。

「どういうことです? 用件も言わずに客室に入って来るとは、あまりにも無遠慮過ぎるでしょう」

「近隣国からの密偵に遠慮する必要は無い」

「密偵……?」

 景月は天光と顔を見合わせた。

「我々は、フォーヤン帝国の属国ルピナリーン国の傭兵だ。その旅装からして、貴女とお前は華蘭皇国の者だろう」

 口髭を蓄えた男が天光を指差す。

「そして、華蘭から送り込まれた密偵に違いない。こんな貧民国に観光などは有り得ないからすぐ分かる」

「そんな、私達が密偵だなんて」

「では聞くが、お前は何者だ?」

「それは……」

 天光はどう答えようか思案したが、その様子は男達をさらに不審がらせた。

「今から、そこの荷物を検査させてもらう。貴女とお前が華蘭皇国から遣わされた者だと判明したら、直ちに署まで同行してもらうからな」




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