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華蘭の咲く処  作者: 夜見風 そなた
第二章 花抱く皇子
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2−(7) 灯夜山の一夜




「皇子、あそこをご覧ください。明かりが見えます」

「そのようだな。あれは山小屋の明かりか?」

「おそらく。今夜はあそこに泊まることにしましょう」

 灯夜山を歩き続けて丸三日。謎の赤目の猪に襲われるという事故はあったものの、二人はあと少しでルピナリーン国に辿り着こうとしていた。

 「野兎のようだ」と天光に褒められた景月だが、今、小石があちこちに転がる山道を進んでいくその足は左右にふらつき、まるで水を求めて夜道を彷徨う亡霊に見えなくも無い。

 そんな景月を気遣い、天光は何度か彼の荷物を引き受けようとしたが、護衛してもらっている上に荷物持ちまで天光に任せることはさすがにためらわれた。


 山小屋での宿泊の手続きを終え、景月と天光は一夜を過ごす部屋に入った。

「天光」

 窓の外に広がる夜空を眺めながら、景月は天光を呼ぶ。天光は乾米の残量を確認しながら返事をした。

「天光。こんなことを聞くのはとても情けないのだが……」

「あとどれくらいでルピナリーン国に着くか、ですか?」

 乾米をしまいながら景月を見るその目は、口は真横に結んでいても、心なしか笑っているように見える。

「あと一日――明日の日没までには着くと思います」

「本当か!」

 疲労で微かに震えている足を揉みながら、景月は思わず笑顔を見せる。 

「あ、だからといってあまり喜ばないでください。ルピナリーン国を横切ったら、もう一つ山を越えなければいけませんから」

 表情一つ変えず、冷静に言い放つ天光。「本当か……」と言いながら、景月は既に敷かれている寝具の上に倒れ込んだ。

「そんなにがっかりしないでください、皇子。大丈夫です、ルピナリーン国とフォーヤン帝国をまたぐ山は、灯夜山よりはなだらかで低いですから」

 荷物の整理を終え、天光は窓際に佇む景月の元に近付く。景月は窓の外を眺めながらつぶやく。

「見てごらんよ、天光。真っ暗闇に浮かぶ星が、まるで宝石のようだ」

「そうですね。天弓京にいても夜空は見えますが、ここまで綺麗には見えないですね」

 窓に映った二人の姿が美しい夜空に重なる。景月は自分の目の中も星々によって埋め尽くされているのを半ば夢心地で眺めた。

「――天光は、青川平野の出身だったな。青川平野の夜空はどうだ?」

「もちろん美しいです。僕の実家の近くには丘があって、そこに寝転ぶと満天の夜空を独り占めしたかのような気持ちになります」

「そうか。いつか行ってみたいものだな……」

 景月は見知らぬ土地に思いを馳せ、そっと瞼を閉じる。その隣で、天光は天光で故郷の風景を思い浮かべた。


「そういえば」

 疲れ切った体を布団に横たえながら、景月は何の気なしに問うた。

「なぜ、天光はこんなにも早くから"光ノ使者"になりたかったのか……教えてはくれまいか?」

「どうしたんですか、唐突に」

 扉の前に座り、"魔槍"の手入れをしていた天光は顔を上げた。

「いや、前から聞きたいとは思っていたのだが、今まで切り出せずにいた」

「はぁ、そうですか……」

 曖昧に返事をしたまま、言葉を発さずに"魔槍"を磨く天光。景月は首を傾げた。

「どうした、言いづらいのか?」

「えぇ、まぁ……そんなところです」

 天光のその反応で、景月の中にある確信が生まれた。

「天光。俺の思い違いだったら申し訳ないのだが……天光の父親も"光ノ使者"ではなかったか?」

「…………」

「そして、"魔槍"の使い手ではなかったか?」

「……ご存じでしたか」

「いや、ただの推測だよ。ただ、名前が異字同音だから」

 天光が"魔槍"を磨く手を止めたのを見て、彼の気を害したと思った景月は慌てて弁解する。

「俺が生まれた時にはすでに空光殿は"光ノ使者"だったから、よく知っているんだ。だから、その……、彼が急逝した時は本当に悲しかった」

「……そうでしたか。僕も悲しく、悔しかったです」

 静かな天光の声。その目は極寒の深海のように黒く、彼の心の中が透けるくらい深い。

(まさか、天光は父親の復讐を討とうとしているのでは……?)

 景月ははっと息を呑む。

(そんなことをしたら、"光ノ使者"の資格を剥奪されてしまう。それに、根本的な解決には至らないではないか)

 布団を握りしめる景月の手の平に、自然と汗が滲んでくる。

「……違いますよ、皇子。僕が"光ノ使者"になったのは復讐のためではありません」

 景月の表情を見て察したのか、天光は苦笑する。

「僕は、父の葬式で茂光さんと約束したんです。父のような"光ノ使者"になる、と」

 綺麗になった穂先に袋を掛けながら、天光は当時のいきさつを簡単に話した。父親の空光の話をする天光の顔には、十六の少年らしい幼い微笑みが浮かんでいた。景月もつられて静かな笑みをこぼす。

「天光。俺は、天光のその気持ちを応援する」

「ありがとうございます」

「だから、絶対に、復讐なんて考えては駄目だからな」

「分かっていますよ、大丈夫です」

 はっきりと頷く天光。景月が天光の顔を再度覗き込むと、復讐の恐ろしさを知っているかのように、彼はすっかり使者の顔に戻っていた。


* * *


「ほぅ、灯夜山に"幻花"の気配?」

「はい。いつものように猪を使って修行をしていたのですが――」

 薄暗い部屋。敏感な者にとっては耐えられないほど充満する霊気。部屋のいたるところには古代の文字で書かれた文献や見慣れない呪術道具が積み上げられている。

「――なるほど。それで、お前はどう思う?」

「はい。おそらく、近くに"幻花"を抱く者がいたのではないかと。後で調べましたが、魔ノ世に通じる()は見当たりませんでした。穴が無いのにあの強い香り……。そうとしか考えられません」

 灰色の衣に身を包んだ青年は、手帳を素早くめくりながら答える。

「師匠、あなたのお考えは……?」

「私もそう思うよ、」

 師匠と呼ばれた男はゆっくりと顔を上げた。

「ただ、その"幻花"を有していたのが一体誰なのか……。全く見当がつかないな」

「――調べればすぐに分かるでしょうか?」

「"幻花"を有する者の話はほとんど聞いたことがないがな……。調べる余地はあるだろう。紅葉(もみじ)、お前に任せても良いか?」

「はい」

 青年――紅葉は立ち上がると、師匠に向かって深く一礼してその部屋を出た。


「――とはいえ、師匠も話を聞いたことが無い以上、一筋縄ではいきそうもない。どうしたものか」

 使い古した己の手帳を開きながら、紅葉は長い廊下を歩く。

「やはり、噂を流して民衆の情報網を刺激するのが得策かもしれないな。"幻花"を持つ者が天弓京にいるのなら、すぐに新しい情報が入ってくるだろう」

 廊下を左に曲がり、腕組みをしながら屋敷を出る。手帳を袂にしまうと、紅葉は顔を上げた。

「なに、焦ることはない。"幻花"獲得への道は確実に続いている――」





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