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華蘭の咲く処  作者: 夜見風 そなた
第二章 花抱く皇子
14/30

2-(4) 皇子を巡って

今回は、主人公は一切登場しません。期待していた方々には申し訳ありませんが、今後重要になってくる話ですのでご了承ください(泣)

「ほぅ、景月皇子に護衛? しかも、新米の"光ノ使者"とは……」

 ここは、天弓京中心部にある松条清之邸。敷地はそれほど広くはないが、その代わり、屋敷の至る所に高価な家具や宝が飾られ、壁は宝玉によって飾り立てられている。

 清之は、紅玉(ルビー)が散りばめられた自室で、椅子に深く腰掛けていた。

「そうか……景月皇子も、ご自身の身の危険を察したのか」

「おそらく」

 清之と同じように、高級な着物に身を包んだ男が答える。

「それに、景月皇子にとっての脅威は"魔ノ世"の生き物だけではない」

「そうだな。皇太子というのは、常にその命を狙われる立場にある。特に、現在の皇太子――景月皇子は」

 喉の奥で笑い声をたてる清之。男もくすっと笑うと、少し真顔になった。

「それにしても、例の"光ノ使者"の槍さばきには目を見張るものがあった。今は亡き空光殿を上回っているかもしれませんぞ」

「おや、常頼(つねより)殿。彼らが襲われるところを見ていたのか?」

 清之が不思議そうな顔をしたので、男――常頼は縦に首を振った。

「"華天宮"の二階から偶然見かけましてね――何事かと、急いで階下へ降りたという訳だ」

「偶然、か。好奇心旺盛な桐谷(きりたに)家にはよくあることだな」

「旺盛すぎて、皇太子殿に叱られてしまったよ」

「全く、そなたらしいな」

 清之は苦笑すると、常頼に近くに寄るように合図した。

 常頼が側に寄ると、清之は耳打ちした。

「その"光ノ使者"も、要注意人物として用心しておくに越したことはない。常頼殿、それとなく探っておいてくれ」

「言われなくともやっております」

 常頼は立ち上がって一礼すると、紅玉の間を退出した。


「お呼びですか、父上」

「あぁ。少し話があってな」

 常頼が去った後、清之はまた別の人物を呼び出していた。

 清之は自分の目の前でひざまずく少年に顔を上げるように指示すると、景月皇子に護衛がついたこと、その護衛は新米の"光ノ使者"であることを話した。

「そうですか……」

 清之の話を聞いた後、少年はそのまま黙りこくった。

「ここで私が聞きたいのは、それでもお前は今の仕事を続けるのか、ということなのだが」

 清之のその言葉に、少年はうつむき気味だった顔を勢いよく上げた。

「何を今さら。もちろん、この身がここにある限り、景鳥皇子の護衛に尽力させていただきます」

「相変わらず忠実だな。その返事を期待していたのだよ」

 少年の返事を聞いてほっと息を吐くと、近くにあった紅玉を手慰みにいじり始めた。

「ところで、と言ってはなんだが……最近、景鳥皇子の様子はどうだ?」

「相変わらず元気です。ここ数日、自分は空を飛んだのだと、何度も嬉しそうに自慢しております」

 景鳥の話をしながら、少年の表情が少し緩む。

「彼はもう十歳ですが、まだ幼い部分もあるようで……弟みたいです」

「――そうか」

 窓から差す光に紅玉を照らしながら、清之は満足げに微笑んだ。

「我が息子、清継(きよつぐ)よ。今後の松条家の発展のためにも、松条清之の長男として務めを果たすように」

「はい」

 少年――清継は、一瞬緩んだ顔を引き締め、小さく頭を下げた。

 清継が立ち去ると、清之は手に持っていた紅玉を小机に置いた。

「清継は、景鳥に何か特別な何かを感じているようだな……」

 清之は怒るような悲しむような、複雑な表情を浮かべる。

「今後の計画に、影響が出なければ良いが」


* * *


 清継は松条清之邸を出て皇居に入り、そのまま景鳥の部屋へ向かった。

「景鳥皇子。清継です」

 名乗ってからその扉を開けると、景鳥が「清継! 待ってたよ!」と言いながら、机に読物を広げたまま駆け寄ってきた。

「皇子のほうから駆け寄ってくるとは珍しい……どうしたのですか?」

「見て見て! "影ノ使者"の葉影(はかげ)殿に、お古の本を貰ったんだ!」

 景鳥は清継の手を引きながら机の前に座る。

「ほら、これ」

「――これは、月の満ち欠けについての本ですか?」

「そう。あと、月の位置のことも書かれているんだよ」

 景鳥はその部分を開き、本を持ち上げて清継に見せた。図にはたくさんの数字が並んでいるが、清継には意味がさっぱり分からない。

「相変わらず、皇子は難しくて分厚い書物をお読みになるのですね」

「こんなの、難しいのうちに入らないよ」

 照れながら、景鳥は本を閉じる。

「僕は、色んなことをもっと勉強して、優秀な皇族を目指すんだ。……そう、父上のような」

 黒真珠のように目を輝かせる景鳥。清継は、その目の中に潜むもう一つの感情を読み取る。

 ――あんな兄(景月)よりも、ずっと優秀な皇子になりたい。――

 それを、別に清継は嫌とは思わない。清継自身、自分と価値観の違う景月皇子はあまり好きでない。昔から仕えている景鳥が嫌っているとなれば尚更だ。

「皇子。今日は、あなたにお話ししておきたいことがあって来たのです」

「話? なぁに?」

 清継の言葉に、景鳥は首を傾げる。

「景月皇子に新しく護衛がつきました。しかも、新米の"光ノ使者"です」

「……へぇ、そうなの」

 兄の名前が出て来ると同時に、景鳥の顔は不快そうに歪んだ。

「で? 何が言いたいの?」

 突っ掛かるような景鳥の言い方。清継は動じず、むしろ冷静に言った。

「新米とはいえ、"光ノ使者"というものは私なんかより遥かに優秀です。景鳥皇子の護衛は私で良いのか、と聞きたいのです」

 景鳥は、口をぽかんと開けたまま動きを止めた。

「清継、何を言ってるの? 僕は清継が良いんだ。ただの護衛じゃなくて、友達としての清継が良いんだ」

 清継の台詞が衝撃的だったのだろう、景鳥の目がゆらゆらと波打っていた。それを見て、さすがの清継も焦った。

「皇子、どうして泣くんです」

「な、泣いてなんかないよ。ただ、清継が護衛じゃなくなったら……寂しいから」

 景鳥の目から、大きな雫が一つ、二つとこぼれた。

「――安心しました」

 ぽつりと清継は言う。

「私のことが否定されるのではないかと、内心心配しておりました」

「否定するわけないでしょ! 清継と僕は七年前からずっと仲良しだもん」

「景鳥皇子…」

 彼の真っ直ぐな言葉に戸惑う清継に、景鳥は笑いかける。

「これからも、僕の護衛をよろしくね」

「――御意」

 清継は景鳥の前で敬意を示した。


* * *


 茂光が部屋の戸を開けると、そこには既に砂影の姿があった。

「おや、茂光じゃないですか。あなたも帝に呼ばれたのですか?」

「まぁな。砂影もか?」

 砂影は頷くと、体の位置をずらして茂光に座るよう促した。

 茂光は砂影の左隣に座ると、ふぅと息をついた。

「――久しぶりだな、俺達二人が改まって帝の前に揃うっていうのは。皇居内では毎日のように顔を合わせているのだがな」

「そういえば……一年前の緊急会議以来ですね」

 砂影は懐かしそうに目を細める。

「あの時は、"七条ノ殺シ屋"の件で集まったんですよね?」

「皇子殺害の予告状が来たんだよな。――結局、何も起こらなかったけどな」

「公にして、早急に対策をとりましたからね」

 事件がつい先日のことのように感じらた二人は、苦笑しながら溜め息をついた。

「時が経つのは早いな。これだから、年を取るのは嫌なんだ」

「そんなことを言うなんて、茂光らしくないですね」

 不思議そうに首を傾げる砂影に、茂光は眉間にしわを寄せる。

「俺だって人間だ、自分の老いを感じることぐらいある。不死身じゃねぇんだから」

「確かにそうですが……何か、悩みでもあるのですか?」

「まさか。俺達は三十年来の仲なんだ、何も無いことくらい分かるだろう?」

「確かに」

 砂影が頷くと、ちょうどその時、部屋の奥の戸が開いた。

「待たせてしまったかな。呼び出したのは私だというのに、申し訳ない」

 入って来たのは帝だった。茂光と砂影はさっと立ち上がると、頭を下げて敬意を示す。

「我々もつい先程来たばかりです。お気遣いなく」

「そうか。まぁ、座れ」

 帝に促され、二人は腰を下ろした。

「それで、話とは一体……?」

 腰を下ろすとすぐに、茂光は帝に問い掛けた。

「まぁ、話したいことはいくつかあるのだが……まず、茂光。天光の様子はどうだ?」

「天光ですか。そうですね……、」

 もっと深刻な話だろうと身構えていた茂光は、少々意外そうに首を傾げながらも答えた。

「任務初日には"魔ノ世"の魔物を一発で退治したりと、初めてにしては上々な仕事ぶりです。景月皇子とは、かなり打ち解けているようです」

「そうか。では、今後も護衛を続けさせるか?」

「そのつもりです」

 茂光の答えに、帝は「うむ」と頷いた。

「では、次は砂影に聞きたいことがある。最近、"魔ノ世"に接触したか?」

「はい。一昨日、例のマヨノカミと会話しました」

 砂影はその顔に柔らかい笑みを浮かべる。

「何か、情報は入ったか?」

「えぇ。一時的ではありますが、"魔ノ世"が平静を取り戻しつつあるそうです」

「――よし。そうとなれば話は早い」

 帝は、茂光と砂影の顔を交互に見た。

「"光ノ使者"隊長と"影ノ使者"隊長の二人に、私から提案があるのだが……」

「何でしょうか?」

 真剣な表情で次の言葉を待つ二人に、帝は静かに言った。

「景月を、チェンの元に行かせたいのだ」

「チェンって……フォーヤン帝国のチェン・イェンですか?」

 真っ先に声を上げたのは砂影だった。彼にしては珍しく、いつもは笑顔を浮かべているその顔に驚愕の色をにじませている。

「砂影は妖魔術専門だったな。彼のことはよく知っているだろう?」

「もちろん、よく存じております。チェン・イェンは、強力な決界を張ることで超有名な魔術師ですからね。私も一度だけ、彼に会ったことがあります」

「そんなに有名なのか。俺はあまり聞いたことがないな」

「魔術師界での話ですからね。武術専門のあなたには初耳かもしれませんね」

 首を傾げる茂光にそう言うと、砂影は帝に向き直った。

「帝。チェン・イェンは非常に腕の立つ魔術師です。景月皇子が彼を訪ねることには賛成します。しかし、問題は景月皇子の"幻花"です」

「……というと?」

 帝が首を傾げると、砂影は自分の胸の辺りに手を当てる。

「"幻花"には、"魔ノ世"の生き物を引き寄せる特別な匂いがあります。景月皇子の"幻花"の場合、その匂いが強すぎて、寄ってきた生き物は興奮状態に陥ってしまうのです。特に今は、一時的に収まっているとはいえ、"魔ノ世"が乱れている状況にあります」

「……なるほど。景月の身が危ないということか」

 帝は納得したように頷くと、茂光に顔を向けた。

「お前はどう思う?」

 帝に問い掛けられ、茂光は視線を床に落としたまま言った。

「俺は、帝の提案に賛成します。砂影が提示した問題も、心配いらないでしょう」

「心配いらない? 何を根拠にそうおっしゃるのです、茂光」

「もちろん、理由はちゃんとある」

 茂光は砂影に向かってにやりと笑うと、すぐに真顔に戻って帝に顔を向けた。

「景月皇子の護衛を務める天光がいます。"魔槍"を含む"魔具"は、魔物を退治できる唯一の武具です。それを自在に操る彼なら、景月皇子を危険から守り抜けるでしょう」

「でも、天光はまだ見習いの"魔槍"使いでしょう? 茂光も"魔刀"が使えるのだから、茂光が付いていくほうが安全なのでは?」

 砂影が首を傾げると、茂光は反論しようと身を乗り出してきた。

「砂影、お前は天光のことを」

「別に、天光が無能だと言っているのではありませんよ?」

 砂影は片手で茂光を制す。

「ただ、私は心配なのです。今まで色々な"幻花"を見てきましたが、景月皇子に宿った"幻花"ほど強い匂いを発する"幻花"は初めて見たのです。まるで、景月皇子の中にいることを誰かに教えているように強烈で……」

「そうか」

 怒鳴りそうになったことを誤魔かすように咳ばらいをすると、茂光は砂影の方を向いた。

「しかし、彼はおそらく、今は亡き空光を超える"魔槍"使いになると思う」

「空光を超える……?」

 砂影は首を傾げる。帝も不思議そうな表情を浮かべながら二人のやり取りを聞いている。

「もちろん、あいつはまだまだ未熟だ。だが、あの冷静さといい、"認証ノ試験"で見せたも能力といい、天光には計り知れない何かがある。三十年近く"光ノ使者"をやってきた俺の目に狂いは無い」

 茂光の目が強く光る。砂影はその瞳に、茂光の確信が揺るぎないものだということを悟った。それは、帝も同じだった。

「それでは、景月には天光を護衛につけてフォーヤン帝国に向かわせることにしよう。二人とも、異議はあるか?」

「いいえ」

 帝に交互に見つめられ、茂光と砂影は首を横に振った。

「景月には、私のほうから説明しておこう。二人は、天光に詳しい話をしてやってくれ」

「御意」

 帝に向かって深く頭を下げると、二人は揃って立ち上がり、部屋を後にした。



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