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華蘭の咲く処  作者: 夜見風 そなた
第二章 花抱く皇子
13/30

2-(3) 使者と皇太子

 

帝と別れ、柏羅に"役人ノ館"へ帰るように指示をすると、景月は天光を連れて自室に戻ることにした。

 "華天宮"から"風天宮"に戻るまでの間、一体何を話そうか……と思案していた景月だったが、意外なことに天光の方から話を振ってきた。

「あの……景月皇子は、何歳でいらっしゃいますか?」

「え? ……あぁ、十八だよ」

「そうなんですか。僕は今、十六なんです」

「へぇ。二歳しか違わないのか」

 景月は思わず天光の顔を覗き込んだ。

 十六と十八。数字にしてみればたったの二つしか違わないが、十六歳はまだ子供、十八歳はもうすぐ大人、という印象がある。

「……どうかされましたか?」

「いや……十六の割に大人びているなと」

「そうでしょうか?」

 首を傾げる天光を見上げながら(景月よりも天光のほうが少しだけ背が高い)、景月は心の中で呟く。

(意外だな……初対面で、しかも皇太子である俺に、話し掛けてくるとは。もしかして、田舎出身が故に世間知らずだとか……?)

 "華天宮"を出ると、"風天宮"の前で立ち止まり、景月は再び天光に顔を向ける。

「確か、天光殿は青川平野出身だったよな? また話を聞かせ……」

「危ないっ」

 急に天光が鋭い声を上げ、景月は、反射的に視線を後方に向けた。

 辺りに広がるほのかな"幻花"の香。それとほぼ同時に、黒く大きな塊が景月に向かって、転がるように突進してきた。

(避けられない!)

 逃げたい気持ちとは裏腹に、金縛りに遭ったように手足が動かない。景月は思わず目をつぶる。

 しかし、想像していた痛みや衝撃は来なかった。その代わりに景月の耳に聞こえてきたのは、鋭く短い風の音と唸り声のような低い音。

 景月が恐る恐る目を開けると、天光が景月を庇うように立っていた。その右手には例の"魔槍"が握られていて、足元には穂先に被せてあった革布が落ちている。

「どうして、こんな場所に妖魔が……」

 独り言のように呟く天光。彼の前に横たわる塊を見て、景月は言葉を失った。

 六本の足を持つ、黒い大きな虫――この表現が一番適しているだろう。景月を襲おうとした巨大な虫は、仰向けにひっくり返ったまま微動だにしない。

「何なの、あの生き物!」

「虫みたいだが、あんなに大きい虫は見たことがないぞ……」

 いつの間にか、景月と天光を取り囲むようにして人垣が出来ていた。中には、恐怖のあまり青ざめている者もいる。

 人々をなだめようと景月が口を開きかけた、ちょうどその時。天光の目の前に横たわっていた黒い物体が、跡形も無く霧散した。

「き、消えた?!」

 景月を含め、人々は辺りを見回したり悲鳴を上げたり、混乱状態に陥る。

「皆さん、落ち着いてください。先程の生き物が姿を消したということは、この世から存在を消したと同じことです。景月皇子も無事ですから、安心してください」

 一人だけ冷静な天光が呼び掛けると、"光ノ使者"がそう言うなら……という感じで人々は徐々にその場を去りはじめた。

「君、例の"魔槍"使いの"光ノ使者"か?」

 貴族の身なりをした男が、天光に話し掛けてきた。天光は革袋を穂先に被せながら頷く。

「はい。天光と申します」

「へぇ。数年前まで"光ノ使者"だった男と、同じ名前なんだね」

「……はい。異字同音ですが」

「彼も、同じように"魔槍"を使っていたんだよ。何か関係はあるのかい?」

「いや……、」

 天光が戸惑いの色を見せると、景月は溜め息をつきながら男を睨んだ。

桐谷(きりたに)家の当主が、みっともないことをなさるな。興味があるのは分かるが、彼はまだ新人で皇居(ここ)での生活に慣れていないんだ。余計なことをするのは止めてほしい」

「……申し訳ありません」

 男は、深く頭を下げるとそそくさと"華天宮"へと入っていった。

 見知らぬ男から質問攻めに遭っても疲れた素振りを見せずに、天光は景月の方に振り向いた。

「ご無事ですか?」

「私は大丈夫。ありがとう。天光殿こそ、怪我は?」

「僕は平気です。とりあえず、早く"風天宮"に入りましょう」

「そうだな」

 景月は頷くと、天光と共にその場を離れた。


* * *


 景月は自室に入ると、南向きの窓を開けて顔を外に出した。風が吹き込み、景月の長い髪が後ろに流れる。眼下に、天弓京を行き来する人々の姿。景月はそれを眺めながら、ほうっと長く息を吐いた。

 景月は、高ぶった気持ちを落ち着かせたい時はいつも、こうして天弓京の大通りを見下ろす。人々がせわしなく動き回る姿を見ていると、自分が華蘭皇国の皇太子であることを改めて自覚でき、皇太子としての冷静さを取り戻せる気がするのだ。

 もう一度息を吐くと、景月は静かに窓を閉めた。後ろを振り返ると、天光が物珍しそうに部屋中を見回していた。

「そんなに、私の部屋が面白いか?」

「は、はい。何せ田舎者ですので。……迷惑でしたか?」

「まさか」

 天光が少し慌てる様子を見て、景月は思わずくすっと笑った。

「まぁ、とりあえずそこに座ってくれ。ゆっくり話でもしようじゃないか」

 景月は、天光の近くに敷いてある座布団を指差す。使者であるという意識からか、天光はなかなか座ろうとしなかったが、景月が座るのを見届けるとようやく腰を下ろした。

 景月は傍らの木箱を両手で持ち上げ、自分と天光の間に置いた。

「突然だが、君は囲碁は出来るかい?」

「はい。決して強くはありませんが」

 そう答えながら、天光は意外そうに目を丸くする。それもそのはず、華蘭における囲碁は庶民の遊びとされており、皇族や上流階級の者は囲碁を好まないのだ。

 しかし景月は、そんなことも気にせず嬉しそうに碁石を出し始めた。

「じゃぁ、今から少し付き合っておくれよ。最近、囲碁の相手がいなくて寂しかったんだ」

 先攻後攻を決めると、先攻になった景月は黒の碁石を盤に置く。天光は"魔槍"を傍らに置き、白い石を置いた。

 黒い碁石と白の碁石が、それぞれ五個ずつ並べられた時、天光は口を開いた。

「先程、景月皇子を襲った妖魔ですが……なぜ、"三天宮"の敷地内にいたのでしょう?」

 碁石を置くと、景月は神妙な面持ちで顔を上げた。

「おそらく、私に引き寄せられたんだ。"幻花"を持つ、この私に」

「"幻花"? 何ですか、それは」

 初めて聞く言葉に、天光は首を傾げる。

 景月は碁を打ちながら、"魔ノ世"の存在、数ヶ月前に高熱でうなされたこと、夢の中でマヨノカミに会ったこと等、"幻花"について知っていることを話した。天光は"魔槍"の使い手でありながらも景月の話すこと全てが初耳らしく、身を乗り出すようにして景月の話に耳を傾ける。

「では、なぜ、"幻花"を持つことが景月皇子の命の危険に繋がるのですか?」

「理由はよく分からないが……"魔ノ世"の生き物は"幻花"の匂いが好きで、自然と"幻花"の匂いに寄って来るらしい」

 砂影に説明されたことを思い出しながら、景月は腕組みをする。

「"幻花"の香りは、いわゆる酒のような効果を持っているらしい。特に今は、"魔ノ世"に異変が起きている時だ。生き物達が興奮していて、攻撃的になっているとか……」

「なるほど。だからさっき、虫が突進してきたんですね」

 納得しました、と天光は頷く。

「あの時、景月皇子の近くで感じた甘い匂いも、"幻花"の匂いだったということですか……」

「天光殿、"幻花"の匂いが分かったのか?」

 驚く景月に、天光は「はい、」と頷く。

「近くに花なんて咲いてなかったので、不思議に思ってはいたんです。……まぁ、昔から、普通の人には見えないモノが見えたり聴こえたりしていたので、そこまで気にはなりませんでしたが」

「……何だか、魔術師や呪術師みたいだな」

「まぁ、そう言えなくもありませんが……僕はそんなに偉大ではありません」

 恥ずかしそうな笑みを浮かべる天光。その笑顔には、十六の少年に相応しい幼さが残っていた。

(何だ、子供っぽい顔も持ってるんじゃないか)

 なぜだか、景月はホッとした。

(俺より年下なのに、俺より大人っぽいっていうのもやりづらいからな……)

 天光が白石を置くのを見届けると、景月は黒石を打とうと身を乗り出した。しかし、腕を宙に浮かせたまま動きを止めてしまう。

「対戦終了です」

 天光の冷静な声が、景月を唖然とさせる。今まで一度も負けたことのない景月が天光に負けてしまったのだ。

「――君みたいな奴は初めてだな。皇族が相手でも手加減しないんだな?」

 思わず、景月はくすっと笑った。

「……失礼でしたか?」

 景月の言葉に、天光は一瞬申し訳なさそうな表情を見せた。

「まさか。逆に嬉しいよ」

 碁石を片しながら、景月は首を横に振る。

「私に仕える奴らは、どいつもこいつも私の機嫌を取ろうと必死なんだよ。双六でも何でも、私に勝たせようとする」

 碁盤を元の位地に戻すと、景月は肩を竦めた。

「特に召使達は、私のことを割れ物のように扱う。少し転んだだけでは死なないのにな」

 景月の脳裏に、景月に気に入られようと努力する、柏羅を始めとする召使達の顔を思い浮かべた。

()は偶然、『皇太子』の肩書きを持っているだけの華蘭人だ。ただの人間なんだ。その肩書きだけで特別扱いを受けるのは嫌いだ」

「景月皇子……」

 語気を荒げる景月に少し戸惑いながら、天光は景月の名を呼ぶ。

「何だ? 何か言いたいことでも?」

「いえ、あの……今、ご自分のことを『俺』とおっしゃっていたので……」

「え、本当か」

 景月は思わず口を塞ぐ。

「驚きました。皇族の方でも、ご自分のことを『俺』と呼ぶんですね」

「あ、いや……」

 景月はしまったと思った。高貴な皇族が『俺』という一人称を使うことは禁忌とされているのだ。

「今のは、忘れてくれ。つい、素が出て……」

「大丈夫です、誰にも言いません。それに、一人称として『俺』を使っても良いじゃないですか。僕は、景月皇子に『私』は合わない気がします」

 真顔でそう言う天光。景月は苦笑する。

「それって、俺が皇太子らしくないってことか?」

「まさか。それに、皇太子に『らしさ』なんて無いでしょう」

「それもそうか……」

 淡々と答える天光に、景月は再び苦笑した。景月につられてその顔に笑みを浮かべる天光を見ながら、景月は自問する。

(天光は、俺のことを一人の人間として見ているのか……?)

 その答えは、考えなくても出ていた。

(きっと、そうだろう。天光が俺の年齢を聞いてきた時からそうだった)

 景月は天光から視線を外し、窓に切り取られた青空を見上げる。

(天光は、今の俺に必要な人なのかもしれない。護衛の意味でも、家臣の意味でも)

 景月にとって心から信頼できる人物は、父親や叔父の知貴、茂光や砂影を始めとする熟練使者のみで、同年代にはいなかった。

「よろしく頼むよ、天光」

 外を眺めながら、景月は呟く。

 急に話し掛けられて戸惑いながらも、天光ははっきりと頷いた。



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