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華蘭の咲く処  作者: 夜見風 そなた
第二章 花抱く皇子
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2-(2) 幻花の香と使者


 "任命ノ儀"が終わり、"風天宮"の自室で休んでいる景月のもとに、帝の召使が訪れていた。

「帝が、『儀式の直後で申し訳ないが、私のもとへ来てくれ』とおっしゃっております」

「え、父上が?」

 帝からの伝言を聞いた景月は、思わず聞き返した。

「はい。今すぐ、とのことです。詳しくは聞いておりませんが、おそらく"幻花(げんか)"の話ではないかと」

 声をひそめる召使に、景月は「分かった」と言って立ち上がった。


 柏羅を呼ぶと、景月は再び"華天宮"の中へ入った。

「景月皇子。帝は、"幻花"のことでお呼びになったのでしょうか?」

 柏羅は、近くに人がいないのを確認してから言った。ちょうど会議の時間帯だからか、朝に比べ、"華天宮"内の人影はめっきり少なくなっていた。

「よく分からないけど、おそらくそうだと思う」

「どうしたのでしょう。……私では不満なのでしょうか。"幻花"が微かに感じ取れるだけの私では……」

「そうではないだろうが……」

 しゅんとする世話係を適当に慰めながら、景月はここ数ヶ月のことを思い返していた。


 *


 今から約三ヶ月前。長期間に渡る雨の季節も明け、蒸し暑さが本格化し始めた頃の、ある夜。

 自室で眠っていると、景月は自分の体の異変に気付いた。

 ――体が、熱い。

 その時は気のせいかもしれない、と思ったが、翌朝目を覚ますと、体の熱さはさらに増していた。世話係はすぐさま皇族専属の医術師を呼び、景月に診察を受けさせたが、熱の原因は腕利きの医術師にも分からなかった。とりあえず解熱剤を処方し、様子を見ることになった。

 しかし、用法通りに解熱剤を飲んでも、景月の体温は下がらない。見たことのない症状を目の当たりにした医術師は、直感的にある可能性を疑い、"影ノ使者"を呼んだ。

「景月皇子。私の声が聞こえますか?」

「聞こえます……砂影(さかげ)殿、ですよね?」

 熱にうなされる景月の枕元にやって来たのは、"影ノ使者"隊長、砂影だった。砂影は華蘭皇国でも屈指の魔術師で、(あやかし)のような得体の知れないモノを扱う『妖魔術』を専門としている。

「良かった。意識はまだ、こちらの世界にあるようですね」

「……こちらの……世界?」

「魔術の専門用語で言いますと、こちらの世界は"地ノ世(ちのよ)"と言うのですが……。世界には、私達人間がいる"地ノ世"と、妖や魔物が住む"魔ノ(まのよ)"が存在するのです」

「何だか……難しいですね」

 熱で意識が朦朧としている皇子を目の前にしながらも、そうですねと、砂影は落ち着いた柔らかい笑みを浮かべる。

「でも、あなたには知っておいて欲しい――いえ、知らなければいけません。"地ノ世"と"魔ノ世"の二つの存在を」

 意味深な砂影の言葉に、景月は首を傾げる仕草をする。

 良いですか、と砂影は語気を少し強くする。

「私の予想ですと、今日か明日、あなたは夢を見ます」

「……夢?」

「そうです。その夢には、おそらく『マヨノカミ』を名乗るモノが出てきます。残念ながらその先は、何が起こるか分かりませんが……」

 一旦言葉を切ると、砂影は言った。

「その夢から覚めれば、あなたは熱から解放されます」

「……そう…なのですか…分かりました……」

 いよいよ辛そうに答えると、景月は深い寝息をたて始めた。


《…つ…き…、…かげ……、景月……、》

 地響きのような、掠れた声が聞こえてきて、景月は闇の中で目を覚ました。

 辺りは真っ暗闇だが、所々に、紫色のモヤがぼうっと光っている。目を凝らすと、前方に一際大きな紫色の塊があった。夢の中では遠近感が感じられず、その塊がどのくらい大きいのかはいまいち分からない。

《我は、"魔ノ世"を統治するマヨノカミと申すモノ……そなたがカゲツキか?》

「――はい」

 熱でうまく頭が回らない景月は、辛うじて返事をした。

(これが、砂影殿が言っていた夢なのか……?)

 どうも、目の前でゆらゆらと揺れる紫色の影が、"魔ノ世"の頂点に立つモノ――マヨノカミらしい。

《我は、そなたに頼みがあるのだ……》

「頼み?」

 景月が聞き返すと、マヨノカミは語りだした。

《我々が住む"魔ノ世"に、そなたらの"地ノ世"から何らかの力が加わり、"魔ノ世"の空間が歪んでしまった。空は厚い雲に覆われ、植物は枯れ……もはや、"魔ノ世"は原形を留めていないのだ》

 マヨノカミのわずかな声色の変化で、"魔ノ世"が前代未聞の危機に曝されていることが感じ取れる。

《そこで……カゲツキよ、我が"魔ノ世"の花を預かってはくれまいか?》

「……花?」

《そう。"幻花(げんか)"を……、預かってはくれまいか?》

「……ちょっと待ってくれよ、話が急すぎて意味が分からない」

 景月は、困惑しながら目の前の紫の物体を見つめる。

《……我らには、時間が無いのだ》

 モヤが、少しずつ押し寄せてくる。

《預かっては……くれまいか……?》

 モヤが、ついに景月の首にまで達し、まとまりつく。

「――っ」

 首が何かに締め付けられ、景月は右手を首元まで持ち上げようとした。しかし、金縛りに会ったかのように体が動かない。

《……預かっては……くれまいか?》

 景月は、息苦しさをこらえながら微かに頷いた。


 頷いたところで、景月ははっと目を覚ました。

「お目覚めになりましたか。良かった、熱も下がったようですね」

「砂影殿」

 景月は体を起こし、辺りを見回す。ここは自室。南向きの窓から朝日が差し込んでいる。

「砂影殿……私が起きる前から、ここに?」

「そうです。夢の中でマヨノカミに会いました。目が覚めたらすぐ、景月皇子の元へ行くように言われたのです」

 砂影が優しく微笑む。

「景月皇子。夢で、マヨノカミに会いましたね?」

「はい。花を預かってくれと言われました。確か、"幻花"とか何とか……」

「やはり、そうでしたか。あなたから、"幻花"の匂いがします」

「えっ、匂い?」

「はい。私のような妖魔術師は、"魔ノ世"にあるモノの匂いや気配も感じ取ることができるのです。――もっとも、"地ノ世"で"幻花"の匂いを嗅ぐのは、これが初めてですが」

 そう言うと砂影は目をつぶり、景月の肩に手を乗せる。

「――景月皇子の()に、"幻花"が咲いています。目をつぶってみてください」

 言われるがままに、景月は目をつぶる。

 景月は、思わず驚きの声を上げた。鳩尾(みぞおち)の辺りに、両手の平に収まる大きさの塊があったのだ。それは確かに淡い桃色をしているが、全体がぼやけ、花とは掛け離れた姿をしていた。

「二、三日も経てば、はっきり見えるようになりますよ」

 景月の心を察したのか、砂影は優しく言った。

「何となく存在が分かるだけでも、すごいことです。……しかし、ここで一つ問題があります」

 砂影の顔から笑みが消え、眉間にシワが寄る。

「景月皇子。あなたの身が危険にさらされるかもしれません――」


 *


「……皇子。景月皇子」

 柏羅の声で、景月ははっと我に返る。

「やはり、お疲れのようですね……顔色が冴えませんよ?」

「えっ、あ、あぁ、じっとしているのは好きでないからな」

 そんなに悪いかな、と景月は自分の頬を触った。

 ふと前方に目を向ける。景月と柏羅は急に歩みを止めた。

「帝」

「父上」

 二人はほぼ同時に声を上げた。

 帝は、後ろに誰かを従えながらこちらに向かってきていた。

「景月、急に呼び出して申し訳ない」

「いいえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。あの、私にどのようなご用件が……?」

 景月が尋ねると、帝は頷いて体を少しずらす。帝の後ろには、見覚えのある少年が立っていた。

「あっ、あなたは……」

「改めて紹介しておこう。彼は、"光ノ使者"の天光殿だ」

 帝に紹介され、天光は景月に向かって頭を下げた。

「聞いているかもしれないが、天光殿は華蘭で唯一の"魔槍"使いだ。そこで、今日から天光殿は景月の護衛を務めることになった」

「護衛?」

 景月はじっと天光を眺める。どうやら、右手に握られている長い武具が"魔槍"らしい。

「たった今、彼に景月の護衛の話をしたばかりだ。理由はまだ説明していないが、お前なら分かるな?」

「えぇ、何となく」

 景月が頷くと、帝は静かに笑った。

「後で砂影殿にも説明はさせるが、今回のことを一番よく知っているのは景月だ。任務を全うしてもらうためにも、出来るだけ詳しく話をしてあげなさい」

「はい」

 景月は父親に向かって頭を下げた。帝は頷くと、後ろを向いて天光に言った。

「天光殿、景月皇子を――我が息子を、よろしく頼む」

「御意」

 "華天宮"の廊下に、天光の凛とした声が響いた。


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