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華蘭の咲く処  作者: 夜見風 そなた
第二章 花抱く皇子
11/30

2-(1) 任命ノ儀


―薄紅色をした異界ノ花

 時に現シ世に咲きけり

 稀に人ノ心に咲きけり―


(『華蘭幻想魔術書』より)


* * *


景月(かげつき)皇子、そろそろお時間でございます」

「ありがとう。今行く」

 扉の向こうから、世話係の高い声が聞こえてくる。景月皇子と呼ばれた少年は、世話係の手も借りずに一人で身支度を整える。

 扉を開けると、一人の少年が頭を下げて待機していた。

「おはようございます。今日一日、景月皇子の世話係を担当致します、」

柏羅(はくら)だね? もう覚えたから自己紹介しなくて大丈夫だよ」

「お、恐れ入ります」

 神聖な皇太子の前で、深々と頭を下げる召使の少年。景月は、胸に何か突っ掛かるものを感じながらも笑顔で答えた。

「では、参ろうか」

 景月は、柏羅を連れて長い廊下を歩き出した。


 今、彼らが歩いているのは"風天宮"の廊下。皇居の"三天宮"の一つである"風天宮"では、皇族の女性と子供達が暮らしている(成人男性は、"月天宮"に住む)。

 景月は今年で十八。既に母親から自立しているが、"月天宮"入りは二十歳からと皇族典範で定められているため、未だに"風天宮"で寝起きする毎日だ。

「柏羅。皇居で働き始めて、今日で何日目だ?」

「はい、今日で七日目でございます」

 後をついて歩きながら答える柏羅に、景月は笑いかける。

「もう、皇居には慣れたか?」

「いいえ、田舎育ちの私には広すぎまして、なかなか……。でも、来たばかりの時よりは大分慣れました。景月様に色々とお気遣いいただき、とても感謝しております」

「気遣うと言ったって、柏羅はまだ三回しか私の世話係をしたことがないじゃないか。私は大したことはしていないよ」

「いえ、大いに助けていただいております。いつもありがとうございます」

 満面の作り笑顔で、再び頭を下げる世話係の少年。

 景月は、表情こそ穏やかであるものの、心の中では盛大に溜め息をついていた。

(彼も、他の召使と同じだな。皇太子という肩書きに魅せられて、俺に上手く取り入ろうとしているんだ)

 足元にお気を付けください、という声を背中で聞きながら、景月は"風天宮"を出る。そのまま"華天宮"に入ると、景月とすれ違う全ての人が、立ち止まって深く頭を下げる。

(確かに、俺は皇太子だ。将来、父上の皇位を継承するべき立場にいる。でも、俺が本当に帝になるかどうかなんて分からないし、何より俺はただの人間だ。神ではない。これだから、官僚や若い召使の連中は嫌なんだ……)

 "華天宮"の最上階を目指しながら、景月はそんなことを考える。

「景月皇子。おはようございます」

 前方から、聞き覚えのある中年男性の声が聞こえ、景月ははっと我に返る。

 声を掛けてきたのは、背後に私設秘書を従えた左大臣の貴族だった。

「おはようございます、松条(まつじょう)清之(きよゆき)殿。こんなに朝早くから出勤とは珍しい。どうなさいましたか?」

 景月が尋ねると、男性――松条清之は、少々大袈裟に驚く仕草をする。

「どうと言われましても。今日は、朝から"任命ノ儀"ではありませんか」

「――清之殿も、"任命ノ儀"に出席されるのですか」

 もちろんですとも、と清之は満足げな笑みを浮かべる。

「私も、我が皇国の第二皇子の伯父ですからね」

 清之が『第二皇子』を強調するように言うと、景月は少し嫌そうな顔をしてみせる。

「皇太子の親戚ならまだしも、第二皇子の親戚も儀式に参列するとは……一体、どういうことです」

「普段は皇族典範を守らない皇太子殿も、こういうことに限っては気になるのですねぇ。時代は変わってきているのですよ。慣習も、権力も」

 立派な髭をたくわえたその顔に含み笑いを浮かべながら、清之は体の向きを変えた。

「今日の"任命ノ儀"、楽しみですな。また後でお会いしましょう」

 その場から清之が立ち去ると、景月は柏羅と周囲の人々に聞こえないように「くそ」とつぶやいた。

「早く行こう。父上が待っておられる」


 "任命ノ儀"が行われる大広間のすぐ隣に、帝専用の控室がある。景月が着いた時には、そこでは既にもう一人の男性が帝と雑談していた。

「おはようございます」

 世話係を外に出させ、景月は帝と男性に挨拶した。

「遅かったな、景月。どうかしたのか?」

 帝は不思議そうに尋ねた。

「来る途中、左大臣の松条清之殿に会いました」

「清之殿に?」

 驚きの声を上げたのは、帝ではなく、隣の男だった。

「どうしてです? 皇太子の親戚でもないのに……」

「そんな顔で私の顔を見ないでくれ、知貴(ともたか)殿」

 景月に座るよう指示しながら、帝は困ったように言う。

「彼にも言われたのだが、皇太子と第二皇子の扱いの差がありすぎると思ってね。皇太子を特別扱いし過ぎるのは止めようと思ったのだ」

「……そうですよね」

 帝のはっきりとした台詞に、少し弱々しく賛同する男――知貴。

 そんな自分の叔父の姿を見て、景月は思わず言った。

「叔父上。何が不満があるのなら、この場でおっしゃれば良いのに」

「か、景月皇子……」

 知貴は、帝の前で何をおっしゃるか、と目で訴える。景月はそれに気付いたが、あえて無視した。

「このような、比較的私的な場においても意見が言えないようであれば、清之殿率いる松条家勢力に勝てませんよ?」

 景月は、体を真っ直ぐ叔父に向ける。

「正直、私は権力闘争とやらに興味はありません。しかし、叔父上の竹藤家が没落するのはもっと嫌なのです」

「景月皇子……」

 甥の強い姿勢に気圧されそうになりながら、知貴は弱々しく笑ってみせる。

「あなたのおっしゃることはごもっともですが、不満がある訳では無いですよ」

「……本当に?」

 疑いの目を向ける景月。本当ですよ、と知貴は言う。

「清之殿とは違って、私は嘘をつくのは大嫌いです。地位の為につく嘘ときたら、以っての外。言いたいことがあれば、ちゃんとお話しますからご安心を」

 知貴は一旦言葉を切ると、どこか心配そうな色を浮かべながら、真剣な顔で景月に聞いた。

「己の地位、我が竹藤家の為に、嘘一つも付けない。こんな弱い叔父を持って、景月皇子は不満ですか?」

「いいえ。私は、叔父上が正しいと思っております」

 これは、景月の本心だった。

(どうして、清之殿のような奴が台頭しているんだろう……。権力の欲にまみれたような奴が、政権を握って良いはずが無いのに)

 清之の自信に満ちた笑みを思い出し、景月はくっと唇を噛む。

 左大臣、清之が率いる松条家。最初は無名の一族だったが、ここ数十年の間で急激に勢力を伸ばしてきている。清之が第二皇子の伯父となってから、その勢いは甚だしい。

 対して、景月の叔父――知貴が当主を務める竹藤家は、最も古くから帝に仕える由緒正しき一族。帝からの信頼が厚いのは今も昔も変わらないが、最近は、松条家勢力に押され気味だ。

 景月は元々、地位に対して深いこだわりは持っていないのだが、献身的に帝に仕える知貴を差し置いて『欲にまみれた』清之が台頭してくるのには黙って見ていられないたち(・・)なのだ。

「景月皇子。そのような怖い顔をして……どうしました?」

 知貴が景月の顔を覗き込む。景月は、知貴があまりにも心配そうにしていたために、思わず頬に手を当てた。

「そんなに……怖い顔でしたか?」

「えぇ。誰かを恨んでいるような目つきでしたよ」

 何となく察しますが、と知貴は苦笑する。さすがは、赤ん坊の頃から景月をよく知る人だけある。景月は、叔父に心の隅まで見透かされている気がした。

「誰かを恨むのは勝手ですが、この後の"任命ノ儀"でそんな顔をするのはお控えくださいね」

 分かりましたか? と念を押され、景月は返事をしながら頷いた。


 儀式の準備が出来たということで、知貴は下級役人に呼ばれて部屋を出て行った(皇族は一番最後に会場に入る)。

 それと入れ替わるようにして、第二皇子が控室に入ってきた。

「おはようございます、父上。――兄上」

「おはよう、景鳥(かげとり)

 景鳥は、景月とは視線を交わさずに帝の隣に座り、楽しそうに昨日の出来事を話し始めた。

 景鳥は華蘭皇国の第二皇子。景月の弟だが、兄弟は兄弟でも異母兄弟である(第三皇子の景汐は、景月と同じ母親を持っている)。

「新しい"光ノ使者"のお話、昨日、景鳥もお聞きしました。空を跳ぶそうですね?」

「その通りだ。その話、誰に聞いたのだ?」

「景汐から聞きました。景汐は、その"光ノ使者"の背中に乗って空を跳んだのだと言っておりました」

 景鳥の話を聞いて、帝は面白そうに笑った。

「あれは見事であったよ。本当に、空を跳んでいるようだった」

 天井を見上げながら目を細める帝。その横顔を見つめながら、いいなぁ、とつぶやく景鳥。

「"認証ノ試験"に景汐が立ち会ったのは、やはり、皇太子の――兄上の実の弟だからですか?」

 景鳥が恨めしそうに景月を振り返ると、それを見た帝は苦笑いした。

「何を言っている、景鳥。景汐が一番幼いから、試験に立ち会わせたのだ」

 帝の説明に、景鳥は不満そうに唇をとがらせる。

「僕が既に大人かと思ったら、大間違いです。僕だって、空と跳びたいと思うことはたくさんあるんです」

「景鳥。自分の思うとおりにいかないからって、我がままを言うものではないぞ」

 若干呆れながら、景月は景鳥をたしなめる。しかし、景鳥はますます顔をしかめ、

「紅光殿と森光殿の試験に立ち会ったことのある兄上に、言われたくなどありません。"認証ノ試験"に立ち会ったことのない者の気持ちなど、兄上には分からないでしょう」

と言ってそっぽを向いてしまった。景月は帝と見合わせ、一緒に肩を竦めた。景鳥が何かと景月につっかかり、ふてくされるのはいつものことだ。

(まぁ、仕方のないことだ。彼の伯父上は、例の松条清之なんだから)

 弟と仲良く接することが出来ないのは寂しいが、これにはもう慣れてしまった。景月は、この関係はどうしようもないものとして諦めている。

「帝、景月皇子、景鳥皇子。"任命ノ儀"が始まりました。どうぞお入り下さい」

 係の者に呼ばれた三人は、複雑なそれぞれの心境を控室に残し、合図と共に会場へ入っていった。


 大広間の一番前には帝の玉座があり、その右隣に皇太子の景月が、左隣に第二皇子の景鳥が座る席が用意されていた。既に、皇族の子供達や女性達は、玉座よりも一段低い位置に用意された席に座っていた。

 景鳥、景月、帝の順に着席すると、帝は目の前にひざまづいている"光ノ使者"五人に向かって言った。

天光(そらぴか)よ、前へ」

 ぴんと張り詰めた空気の中、一人の少年が立ち上がった。

「はい」

 静かな少年の声が、会場内に更なる緊張感を与えた。

(彼が、噂の天光か。若いとは聞いていたが、まさかこんなに若いとは。俺と同い年くらいか?)

 少年の顔を眺めながら、景月はひそかに思いを巡らす。

(真面目そうな奴だな……。俺と反りが合うだろうか)

 少年は帝の前まで進み出ると、正座して両手を床に付け、頭を下げた。

「先日の"認証ノ試験"は見事であった」

「ありがとうございます」

 少年は、更に深く頭を下げる。

 帝は、少年に頭を上げるように指示すると、はっきりとした、響きのある声で告げた。

「そなたを、"光ノ使者"天光に任命する。"光ノ使者"の新たな羽として、華蘭皇国の更なる発展に尽力せよ」

「御意」

 少年は、右膝を立てて左手を床に付ける"光ノ使者"特有の礼儀作法にならい、帝に敬意を示した。


 その後も、粛々と儀式は進み、何事もなく無事に終わった。

(天光……そらぴか、か)

 景月は、数年前まで"光ノ使者"にいた"魔槍"使いの男を思い浮かべた。

(彼も、その名を空光(そらぴか)と言ったな。空光殿も真面目だったが、何だか情熱的な男だったな)

 それに比べて……、と景月は天光の姿を思い出す。

(彼はどうなんだろう。空光殿と名前が同じだが、何か理由でもあるのだろうか……。まぁ、彼はまだ"光ノ使者"になったばかり。俺と直接話することになるのは、まだ先の話だろうな)


 しかし、景月と天光が対面する時は、意外と早く訪れることになった。


いよいよ、第二章の開幕です☆


"任命ノ儀"というタイトルにしては、儀式の内容が少なすぎですね……(苦笑)


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