1-(0) 喪服の使者
十歳の少年には、重過ぎる沈黙だった。
家をそっと抜け出し、少年はいつもの丘に来ていた。
丘の頂上から自分の家を見下ろすと、喪服に見を包んだ大人達が次々と入って行くのが見えた。
少年には、自分の家だけが異世界にあるように見えた。
それは、あまりにも突然だった。
それだけに、少年が受けた衝撃は大きかった。
速達の文を開くと同時にその場に崩れ落ち、夫の名を叫ぶ母親の姿は、今なお鮮明に覚えている。
文の内容は、あまりにも簡潔だった。
――ソラピカ ハ コロサレタ――
その翌日、電報の内容を補足する手紙が届いたが、少年はその文を読まなかった。
少年には、父親が死んだという事実だけで十分だった。
どれくらい経っただろうか。
少年は丘の上で静かに腰を下ろし、空を見上げた。
雲一つ無い青空。遥か上空で大きく旋回している一羽の鳶。
少年の頬に、涙が伝う。
「お父さん……。僕、いい子じゃ無かった? お父さん、僕がいい子にしてたら……また帰ってくるって、言ってたよね……?」
いつの間にか、鳶が虚空の彼方に姿を消していた。
虚しさに胸が圧迫され、少年の頬がさらに濡れる。
「お父さん、もう会えないの? やだよぅ……」
萩の香りのする風が、少年の顔を撫でていく。
少年は、ただひたすら涙を流した。
「坊や、こんなところにいたのか」
背後から、知らない男の声がした。
少年は、涙を拭くことも忘れて振り返った。
そこには、見覚えのある着物の上に喪服を羽織った男が立っていた。
「泣いていたのか。――いや、安心したよ。坊やから感情が抜けたんじゃないかって心配していたんだ」
男は少年の横に腰を下ろした。
「おじさん、誰?」
涙を拭いながら、少年は首を傾げる。
「俺は、茂光。坊やの父さんと同じ"光ノ使者"だ」
「茂光さん? "光ノ使者"隊長の?」
知っているのか、と男が驚いた表情を見せると、お父さんがよく話していたから……と呟き、少年は少し微笑んだ。
「そうか……。
それじゃあ、坊やは、"光ノ使者"が何をする組織か、知っているかい?」
「えっと……確か、帝に直接仕えてて、帝を守ったり、帝の家族を守ったり、帝に頼まれて色んな仕事をするんだよね?」
「その通り。
――坊や。一つ聞きたいんだが……」
意味ありげに、男は言葉を切る。
「坊やは、"光ノ使者"になりたいと思ったことはあるか?」
すると、少年は大きく頷き、勢いよく立ち上がった。
「うん、いつも思ってるよ! いつか、お父さんみたいな"光ノ使者"になりたいって!」
「そうか、それは良いな。
では、坊やにこれを渡そう」
男も腰を上げると、手に持っていた槍を差し出す。槍は薄汚れた布にくるまれていて、先端の刃は革に包まれていた。
「これは、坊やの父親――空光の魔槍だ。
って、おい、"魔布"ごと持たないと……」
「持ち上がらないって言うんでしょ?」
少年は汚れた"魔布"を剥がし、軽々と持ち上げてみせた。
「僕、"魔布"が無くても"魔槍"を持てるんだよ」
でもやっぱり重いなあ、と苦笑いする少年。その様子を見て、茂光は「まさか……」と呟く。
「かの有名な"魔槍使い"の息子とはいえ、これは驚いたな」
"魔槍"は、その名の通り、膨大な魔力や霊力を含む特別な槍で、普通の人間は、例えどんなに力のある者でも、"魔布"無しで持ち上げることは不可能である。
しかし、己の体に魔力を蓄えている一部の人間には可能で、少年や彼の父親も、数少ない一部の人間だったのだ。
「じゃあ、あとは槍の修業をするのみだな」
男は満足そうに頷く。
「今から五年後、坊やが十五になったら、天弓京に上ってこい。もし、そこで使者の素質を認められたら、お前を"光ノ使者"として迎えることにしよう」
「本当? おじさん、ありがとう! 頑張って修業するよ!」
"魔槍"を握りしめ、満面の笑みを見せる少年。
男は、少年の頭を強く撫でた。
「期待しているよ、坊や。
じゃあ、これで俺は帰るから……お母さんによろしくな」
「うん!」
少年は、丘を下っていく男に手を振る。男は、"魔布"を持っていないほうの手でそれに応える。
こうして、少年の運命は大きく変わりはじめた。
タイトルとあらすじを書くのは苦手です(泣)
また後日、変更するかもしれません…