第14話 裏で糸を引く者の可能性
「流石に正式に抗議せざるを得ないわ。デニス侯爵令息はまだ私の婚約者なのよ? それなのに……直接お会いになったのかしら、それとも手紙? 私には手紙の返事もして下されない方だったのに、貴女とは親密にやり取りをしているのかしら?」
「そ、そんな私はナルク様に呼ばれて……」
「婚約者がいる男性の呼び出され、自ら向かったのね。ご両親はなんと?」
「い、行っておいでって……」
「まあ! ご両親公認なのね。知っていらして貴女を一人で行かせたのね?」
「ど、どうしたのよ、アネモネ。いつものあなたらしくないわ、こんな大勢の前で大きな声で。あなたはもっとお淑やかで慎ましい……」
「大切なことははっきりしなくてはいけませんもの。それにマリクス子爵令嬢だって耳にしていらっしゃるんでしょう? 私が置かれている状況を。それなのにそんな話をしてくるなんて……私にも考えがありますわ」
「ア、アネモネ……な、なにをするつもりなの」
生徒達の声で廊下はざわざわと揺れている。どちらに非があるか一目瞭然の上にダリアは両親公認で不貞を働いてもおかしくない状況を作り出していると自ら宣言した。それはマリクス子爵が私の家のウィンフィールド公爵家に喧嘩を売った、ということにもつながってくる。普通は娘を止めるか、断れないのならマリクス子爵も同行するべきなのにそれをしなかった。多分、ダリアが……いや、マリクス子爵親子を陰で唆しているトッドリア侯爵の口車に乗っているんだろうけれど、それを私が考慮してやる義理は一切ない。
トッドリア侯爵……過去、ナルクとの仲は順調で、ダリアが一番の親友だと信じて疑っていなかった時は気にかけた事もない方だった。しかも私はダリアと一緒にいる為に高位貴族のお茶会や夜会にあまり顔を出していなかったのもトッドリア侯爵の噂を耳に出来なかった一つの要因だった。彼が我が家を目の敵にしているだなんて、隙あらば蹴落とそう目論んでいるなど情けないことに気が付きもしなかったのだ。
ダリアはトッドリア侯爵の支援と指示を受けて、ナルクと私の間に割り込んできた。そしてナルクと逢瀬を重ね……多分、もう彼の子供を妊娠している。まだお腹は目立っていないし、本人に自覚もないかもしれないけれど過去のダリアとナルクの子供の歳を考えればこの辺りになるはず。
私は教室には入らず、教授達が詰めている職員室を目指すためにダリアに背を向けた。すると視界に心配そうに声をかけてくれるご令嬢が一人飛び込んでくる。ああ、彼女は真っ当なご令嬢だ……ありがたい。
「ウ、ウィンフィールド公爵令嬢……お顔色が悪いですわ」
「メイソン侯爵令嬢。私、本日は体調が優れないのでお暇させていただきます。至急屋敷に帰らねばならない用件も発生致しましたので」
婚約者の浮気の犯人が堂々と犯行を語ったのを聞かされたんだ、体調が悪くなって当たり前だろう。近くにいて心配そうにしてくれていたメイソン侯爵令嬢は「そうですね」と小さく呟き、野次馬たちに道を開けるよう目配せした。様子を伺っていた野次馬たちも小さく頷き、道を開けてくれる……貴族らしい、いえ、これが学園に通う貴族の子女として正しい姿だ。
「お気を確かに。ウィンフィールド公爵令嬢は何も悪くありませんわ。ここにいる皆、全員分かっていましてよ……あとでお見舞いの品を贈らせてくださいませ」
「お気遣いありがとうございます。メイソン侯爵令嬢……」
「ウィスタリアとお呼びください、ウィンフィールド公爵令嬢」
「では私の事もアネモネと」
「……ええ、わかりましたわ。アネモネ様」
「ありがとうござます、ウィスタリア様」
令嬢同士の形式的な挨拶を交わし、私はまた一人心強い味方を手に入れた。ダリアは廊下の真ん中で狼狽えていたけれど、そんな彼女に手を差し伸べる者は誰一人としていない。どう考えても今の彼女は公爵令嬢の婚約者と不埒な関係の沈む泥船なんだから。




