第7話 暖かい食事
「少し落ち着いたか?」
「うん、大丈夫……」
自分でもここまで泣くと思っていなかったのか、セリシールは頬を赤らめている。
「王都からついてきていたんだろ? 気づけなくてごめんな」
視線には気づいていたんだけどな、というジンクの言葉にセリシールはぶんぶんと首と手を振る。
「いや、その、全力で隠れてたから仕方ないというか、視線だけでもすごいというか……」
そんなにみてたかなぁ……と今度は顔を真っ赤にしている。
魔王の城は北の魔族領にあり、魔物が出なくとも数ヶ月はかかる道のりだ。
それを2週間で戻ってくるのは並大抵のことではない。
文字通り全力で帰ってきたのだろう。
ジンクに会うために。
(旅の中で会えれば、なんて失礼だったな)
今度はこっちから歩み寄る番だ。
「セリシール、旅は辛かったか?」
「ちょっとだけね? 早く魔王を倒さないといけなかったし、魔物とずっと戦ってたから……あ、でも、人助けできたし、助けてくれた人もいっぱいいたから大丈夫だったよ!」
セリシールは笑顔で答える。
その笑顔に影があることは、ジンク以外誰も気付けないだろう。
「イオル草原って知っているか?」
「うん、すごい数のゴブリンがいたよ! まだ戦うのに慣れてなくて大変だった……」
「カウルーシ雪山は?」
「村にアイスドラゴンが攻めてきたの! 寒かったなぁ」
「……天泣の丘は?」
「すごい雨が降る時期に行っちゃって、びしゃびしゃになっちゃったよ……」
いつの間にかジンクの頬は涙で濡れていた。
胸が締め付けられるようで呼吸が苦しくなる。
「なあセリシール、俺と一緒に旅をしないか?」
涙を隠し、ジンクはセリシールを旅に誘う。
勇者が救った世界は美しいんだと、もっと素晴らしいものがあるんだとセリシールに知ってもらいたかった。
「……いいの?」
「ああ、もちろん、綺麗な景色を見にいこう」
「美味しいものも食べたいな」
「世界の名産を食べにいこう」
「……私、自由なんだね」
風が吹き、セリシールの前髪がふわりと上がる。
先ほどとは違い、影のない純真な笑顔がそこにあった。
その表情に、ジンクも笑顔が浮かぶ。
「さて、その前にゴブリン退治の報告だな」
村へ向かい歩きだすジンクの横に、セリシールが続く。
1人で巡ると思っていた旅に一つ足音が増えた。
このことに違和感を覚えることは一切なかった。
「あ、ジンクさん、一つお願いがあるんだけど……」
ーーー
「ジンクさん、お疲れ様でした! そちらの方は?」
ギルがジンクの姿にいち早く気づき、駆け寄ってくる。
事前に鑑定しわかっていたが、誰1人怪我はなさそうだった。
「彼女はセリシール、俺の仲間で、北のゴブリンをやってくれたのが彼女だ」
おおー!と、ゴブリンと戦った仲間から歓声があがる。
それほどまでにセリシールの魔法は凄まじかった。
「銀髪の、セリシール?」
騎士団員だったマーカスは何かに気づいたようだったが、ジンクが鼻に人差し指を当て、その先の言葉を止める。
村へ向かう道中で、なるべく勇者の肩書きは出さずにいこうと2人で決めていた。
「お姉さん、すごい魔法でしたね! 上級ですか?冒険者ですか? ランクはなんですか!」
ウルの質問攻めにセリシールはたじたじになり、一歩下がる。
「まてまて、セリシーが困ってるから少し落ち着いてくれ」
ジンクが間に割って入ると、ウルは不思議そうに首を傾げる。
「セリシー?」
「昔からの呼び方なんだ。子供の時の呼び方だからどうかとも思ったんだが、そうして欲しいと言われたからな」
ウルがちらりとセリシールを見ると、少し照れたようにもじもじと身体が揺れていた。
「とりあえず明日、セリシーを護衛に加えてもらえるよう頼んでみるから質問はその時にな?」
ウルがニヤニヤと猫のように笑いながら、はーいと良い返事をする。
その後、死体の処理など全ての作業が終わる頃には空はすでに明るくなっていた。
家からは白い煙が立ち上り、朝食のいい香りが風に乗ってくる。
「セリシー、お腹空いてないか?」
「あ、うん、昨日ちゃんと食べたから大丈夫かな?」
なんの疑問もない答えにジンクはまた胸が締めつけられる。
食事を取らなくてはどんな人でも動けなくなる。
それこそジンクの両親でさえ。
勇者の加護は、ここまで人を歪めることができるのか。
苦々しい顔が出てしまったのか、セリシールが少し困ったような顔をしている。
「セリシー、これから一緒にご飯を食べよう」
ジンクはギルに朝食がいらないことを伝え、セリシールを連れ出した。
青々とした草を掻き分け到着したのは、広大な草原のなかで最も巨大な1本の木の側だった。
その木には小さなオレンジ色の花が咲き乱れており、ところどころに濃紺の実がついている。
「わっ、大きい木だね!」
「村の人から聞いたんだ、村を守る守り神みたいな木で、よくここでみんなご飯を食べるんだってさ」
風に揺れる枝葉はザワザワと葉擦れの音を響かせ、その下に日陰を作り出している。
ジンクは厚手の敷物を取り出し、日陰に敷いていた。
ジンクとセリシールは隣り合い、敷物に腰をおろした。
1人用の敷物に2人で座っているため距離が自然と近くなる。
肩が触れ合うような距離感にジンクは昔を思い出し胸が暖かくなる。
「セリシー、どうぞ」
ジンクはパンを取り出し渡す。細長いパンの上半分に切り込みが入っており、そこには瑞々しい野菜と薄い肉、そしてチーズが挟まっていた。
「わぁ、美味しそう!」
目を輝かせセリシールはサンドイッチを受け取る。
緑と赤の野菜がパンに彩りを与え、茶色く焼かれたパンや白いチーズと合わさり、一つの芸術品のように見える。
鼻先に持ってくると、パンの香ばしい匂いに燻製肉やチーズの芳醇な匂いを感じ、セリシールは口内に湧き出たものをごくりと飲み下す。
「簡単なものだけどね、さあ食べよう」
ジンクも同じものを取り出し口に運ぶ。
一口かじる。小麦と薄切り燻製肉の香ばしい匂いが口いっぱいに広がり、その後からチーズのまろやかな塩気が追いかけてくる。
それをシャキシャキとした葉と水分を多く含んだ赤い果実がさらりと口を洗い流し、さっぱりとした後味にする。
セリシールは一口食べ、しばし動きを止めた。
ジンクはそれを横目で見ながら食べ進める。
「ご飯って……あったかいんだねぇ」
セリシールはまたパンを食べ始める。
今まで勇者として豪華な食事を食べることは多かったが、このパンは今まで食べたなかで1番美味しかった。
「これからもっと美味しいを見つけていこうな」
「うん……」
ゆっくり一口づつ噛み締め、食事の時間はゆっくりと過ぎていった。
ーーー
朝食の時間から少し時間が経った後、セリシールの同行を許可してもらうため、ジンクは女商人と話しをした。
「ああ、荷物もないし大丈夫だよ! 安全が増えるなら大歓迎だ! ランクは高いのかい?」
昨日の戦闘を見ていない女商人は可愛らしく華奢なセリシールを見て、どれほど戦えるのか疑問だった。
「訳あって冒険者登録はしていませんが、私よりも強いため道中の安全はお約束いたします」
ニコリと答えるジンクに女商人の顔は引き攣る。
Bランクを超えるとなるとAランクか、はたまたSか。
もし雇うとしたら途方もない金額がかかるだろう。
「銀髪でそんな強いなんて、勇者様みたいだねぇ……」
本当ですね、とジンクは違和感なく相槌を打ち会話を進める。
銀髪の勇者の名は世界に広がっているが、やはり細かい容姿は伝わっていないようだ。
その事実に一安心し女商人と会話をしていると、すぐ後に草原の守り人の3人が合流した。
「よし、それじゃあ出発だね! 今日の夕方には目的地に着くからよろしく頼むよ!」
女商人の声と共に5人を乗せた馬車は動き出す。
昨日と変わらず空からは暖かな陽射しが差し込み、草花がゆらゆらと風に揺れている。
昨日と違うのはジンクの隣に、ぐーっと伸びをしている彼女がいること。
旅の目的は一つ叶った、そのことが、これからの旅をもっと楽しみにさせた。




