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引退騎士の世界紀行譚 〜勇者になれなかった加護なしは、少女が救った『平和』を巡る〜  作者: 稗田


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第6話 月明かりの丘で

 ジンクは緩んだ口元を自覚し締め直す。

 セリシールが加わったとしても、ジンクは東側のゴブリンを一掃しなくてはいけないことには変わりない。

 おそらく足止めするだけでも、セリシールはゴブリン程度一瞬でケリをつけて手助けに来てくれるだろう。


「でもそれじゃあだめだよな!」


 かっこ悪いところは見せられないとジンクは東へ駆けていく。

 そして遠方に、立派な長剣を持ったゴブリンを殿とした集団を発見し、ジンクは先制攻撃をかける。

 

「『疾く・切り裂く・風・乱れ吹け』風刃乱舞!」


 ジンクの詠唱とともに、脇差の力で強化された風の刃がゴブリンに降り注ぎ、ゴブリンを両断する。


「中級魔法じゃあこの程度だよなぁ!」


 ジンクの放った魔法は集団の数匹を薙ぎ払うに留まった。

 いきなりの攻撃にゴブリンは右往左往するが、ギャアギャアと上位ゴブリンの指示が飛び、ジンクへ無数の矢が降り注ぐ。


「『身体強化』」


 ジンクの得意とする無詠唱の身体強化で矢の雨を駆け抜け、指輪からバスタードソードを取り出し振りぬく。

 長い刀身にジンクの膂力が加わり、ゴブリンは次々と血だまりへ倒れ伏していった。


「『土くれ・鋭く・広く・突きあがれ』地土槍!」


 地面から土の槍が突きあがり、ゴブリンの集団を仕留めていく。

 ゴブリンは次々と数を減らし、ジンクの前には上位ゴブリンを残すのみとなった。


 北では轟々と唸りを上げる竜巻が3本、地上を蹂躙している。

 土と返り血に汚れ、泥臭く戦う自分とは大違いだとジンクは笑う。

 しかし笑っている暇はない。

 あの様子では間も無くセリシールがこちらへ来るだろう。


「さて、時間がないんだ。さっさと倒されてくれ」

 

 1歩踏み込みバスタードソードを横に振り抜く、それをゴブリンは撫でるような太刀筋で上方に受け流し、くるりと一回転しジンクを切りつけてくる。

 その動きは上位のゴブリンにしても類を見ないものだった。

 ジンクは冷静に受け流された剣を振り下ろし、迫る長剣を弾き返した。


 間合いを取り、ジンクは空虚な目でゴブリンを見つめる。

 

「……『鑑定』」

 

  鑑定結果を見たジンクは、はぁとため息をつく。

 ゴブリンの中には、ジンクが渇望した加護が宿っていた。


 本当に不公平だ。

 手の皮が裂けるほど剣を振ったこともないんだろう?

 吐くほどトレーニングをしたこともないんだろう?

 身体がアザだらけになるほど訓練をしたこともないんだろう?


 しかしお前は選ばれたんだな。


 呪詛を噛み殺し、剣を構え直す。

 基本に忠実な袈裟斬り、受け流される。

 切り返し、弾かれる。

 頭から剣を振り下ろす兜割り、後ろへ避けられる。

 身体の中心を狙い鋭く突く、弾かれるが肩をえぐる。

 

 ジンクの流れるような攻撃に、ゴブリンは徐々に身体を赤く染める。

 肩で呼吸をし、動きの鈍くなったゴブリンの剣を上に大きく弾き上げ、ジンクは体勢を崩したゴブリンの首を切り落とした。

 どさりという音と共に、赤黒い血が草原を汚していく。

 

「……セリシール来なかったな」

 

 ジンクは少し安堵した。

 倒れたゴブリンはもうジンクの意識にない。

 ゴブリンが落とした剣を回収しジンクは北に向かった。


ーーー


「『探知』」


 北の草原に、人を表す点が1つ、頭に浮かぶ。

 もう姿を隠すつもりはないようだ。

 セリシールはジンクを見つけてくれた。

 次はこっちが迎えにいく番だ。


 戦闘のあった場所に行くと、あれだけの魔法を使ったにも関わらず草原は荒れておらず、セリシールが配慮して魔法を使ったことがわかった。


 小高い丘へ登ると、セリシールはそこにいた。

 月明かりに照らされる姿はまるで舞台で1人、誰かを待っているように感じられた。


「セリシール」


 呼びかけると、セリシールはふわりと銀髪を風になびかせ振り返る。

 10年ぶりに会う彼女は大人びた顔立ちをしていたが、昔の面影を残している。

 

 ジンクはゆっくり歩き、セリシールに近づき立ち止まる。

 よくやった、頑張ったな、おめでとう、かける言葉は無数に考えられる。

 しかしそのどれもが違うように感じた。


「おかえり」


 自然と口から出た言葉にジンク自身も驚きながら、笑みを浮かべた。

 旅の途中で会えたらと願っていた少女が目の前にいる。


「ただいまっ!」


 昔見た、それ以上の笑顔でセリシールは笑った。しかしその両目からはボロボロと涙がとめどなく溢れ出ていた。

 震える肩は、世界を救った勇者のものには見えなかった。


 かつてそうしたように、そっと頭に手を乗せる。


 10年前の記憶をなぞるかのように。


 しばらくセリシールはジンクの胸に顔を埋め、泣いていた。



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