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引退騎士の世界紀行譚 〜勇者になれなかった加護なしは、少女が救った『平和』を巡る〜  作者: 稗田


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第5話 君の名を呼ぶ

 昼をまわりしばらく経った頃、最初の目的地であるスライという村についた。

 広大な草原の中にあり、農業と酪農を主とする牧歌的なこの村は、草原の守り人の故郷であった。

 草原が近いため魔獣や魔物の襲撃も多々あり、高い木の柵と村の四方に小高い櫓が設置されている。


「お疲れさん、今日はゆっくり休んで明日もよろしく頼むよ!」


 そう言って女商人は4人を馬車から降ろし、村に唯一ある酒場兼宿屋に向かっていった。

 ジンクもそれに続こうとした時、ギルから声をかけられた。


「ジンクさん、今日はうちに泊まってください。いつもお世話になっているお礼も兼ねて!」


 本当にいいのかとウルの方に目を向けると、コクコクと首を縦に振ってくれている。


「ありがとう、じゃあお言葉に甘えるとするかな?」


「じゃあ僕はせっかくなので家族と過ごしますね」


 まだ明日、と軽く頭を下げてレイは自宅がある方へ歩いて行った。


「それじゃあジンクさん、少し歩きますのでついて来てください!」


 意気揚々と案内をする様子を微笑ましく思いながらジンクはギルとウルについて行った。

 ふと、昔の光景を思い出す、自分を兄のように慕ってくれた、自分より強い女の子を。


ーーー


 風が吹くたび土や草の匂いが感じられるのどかな道のりを、3人は話しながら進んでいく。

 太陽が沈みはじめ、陽射しがオレンジの光に変わった頃、ジンクは2人の家に到着した。


「父さん、母さん、ただいま!」


 急な子供の来訪に両親は驚きながらも、にっこりと笑い、暖かく迎え入れた。


「あらあら久しぶりに顔を見せてくれたね、怪我はなかったかい?」


「うん、お母さん、私もお兄ちゃんも元気にしてたよ!」


 ウルは久々の再会を噛みしめるように、母親へ抱きつく。

 

「ほら2人とも、感動の再会もいいけどそちらの方を紹介してくれないか?」


 ウルは、ばっと飛びのき恥ずかしそうに俯き、頬を染めていた。


「こちらはジンクさん、王国の騎士団で隊長をしていたんだよ! いつもお世話になってるから今日は一緒に夕飯をと思って招待したんだ!」


 息子の言葉に両親は驚きを隠せない。

 王国の騎士団の中で隊長職は貴族が多く、おいそれと言葉を交わせるものではないからだ。

 それを察してジンクは2人の両親に話しかける。


「はじめまして、ジンクといいます。騎士団といってももう退職しましたし、貴族でもないので、気軽に接していただけると助かります」


 ジンクの言葉に両親は目に見えて安堵した様子で、額に浮かんだ汗を拭っている。


「そうでしたか、田舎料理で口に合うかわかりませんが、どうぞ食べて行ってください」


 こちらで少々お待ちくださいね、と案内された居間にはすでにチーズやシチューといったミルクの香りが満ちていた。


「そうだ、こちらよろしければ、今日の夕食にでも出してください」


 ジンクが右手を出すと、手の上に黒褐色のパンが一塊現れた。

 焼き上げられた外見から、食べた時のサクッとした食感を想像させられる。


「ありがとうございます、チーズやスープと一緒にお出ししますね」


 調理場へ向かうギルとウルの母親を見送り、ジンクは2人と話に花を咲かせた。

 

ーーー


「さあさあ、ご飯ができましたよ!」

 

 食卓に用意されたのは、色とりどりな野菜と燻製肉がミルクで煮込まれたスープ、ジンクが持ってきた黒褐色のパンに、とろりと溶かされたチーズがのっていた。


 ずっしりと質量のあるパンをひと齧りする。

 なかはしっとり、外はカリカリとしたパンは、齧ったときにサクッとした小気味良い音が響く。

 上に乗せられた熱々のチーズはよく伸び、それを口におさめると、パンの甘みとチーズの塩味の調和を感じられ手が止まらなくなる。

 そのままスープを一口飲むと、パンはじゅわりと溶けるようにほどけていき、まるで一つの料理のようだった。

 燻製肉の出汁が出たミルクスープは、野菜の甘みとミルクのこくがトゲトゲとした塩味を消し、むしろホッとする風味となっていた。

 どれもこれも新鮮なものを使える原産地でしか味わえない料理であった。


「こんなものしかだせませんが……お口に合いますでしょうか?」


「美味しいです! 王都でも似たメニューは食べましたが、ここまでミルクや野菜の素材の味が出たものはありませんでした!」


 ジンクは目を輝かせ、料理を口に運ぶ。

 騎士としての重圧から解放されたこともあってか、暖かく優しいご飯に涙を流しそうになる。

 その様子にギルとウルもにこにこと喜んでいる。


「ジンクさん、うちのミルクと野菜美味しいですよね! 自慢なんです!」


 ウルは身体を乗り出しジンクに話しかける。

 あまり褒められる機会もないのか、両親は喜びながらもむず痒そうにしていた。


 一家の団欒は夜まで続き、ジンクは温もりの余韻に包まれたまま、眠りにつくことができた。


ーーー


 みんなが寝静まった夜更け、ジンクは1人飛び起きた。


「『広く・全てを・見通す・眼』広域鑑定!」


 ジンクが騎士のときに愛用した、扱える中で最も広い範囲の探知と鑑定ができる中級魔法。

 ジンクを中心に草原まで探知し、すでにゴブリンに囲まれていることがわかった。


 その後すぐに村の入口から緊急事態を伝える鐘の音が聞こえた。


「ジンクさん!」


 部屋にまず駆け込んできたのはギルだった。

 その後すぐにウルが続き入ってきた。


「ゴブリンに囲まれている、およそだが東に上位種1匹と40匹、北に40匹、南に20匹、西に10匹だ。この村の自衛組織は?」


 探知した結果を2人に話し、解決方法を模索する。


「退役軍人と冒険者目指してる若者が20人くらいね」


 今までこんなことなかったのに……とウルは呟く。


「魔王のスキルで統率されてたゴブリンが、魔王討伐で指揮権が近くの上位種に移り、最も近い餌場を襲いにきたんだ」


 しばらくは各地で起こるぞ。というジンクの言葉に、2人はごくりと喉を鳴らす。


「緊急事態の集合場所があるだろ? まずそこへ行こう」


 自分の故郷を、暖かく迎え入れてくれた村を守るため、それぞれの想いを胸に3人は急ぎ装備を整え中央の集会所へ駆けていった。


ーーー


「B級冒険者のジンクです、責任者はどちらですか?」


「俺だ……っと、ジンクさんじゃねぇか!」


 ぬっと集団から出てきたのは、60歳は超えているであろうが、顔に大きな傷のついた大男だった。


「マーカスか!」


 マーカスと呼ばれた男は騎士団で歩兵隊を率いてた元隊長であった。

 2年ほど前に脚を大怪我し退職したのだった。


「南側20体、ノーマルゴブリンだ、自衛団に任せられるか?」


 請け負った。とマーカスは自衛団の元に戻り指示を飛ばす。

 本隊長の指揮は衰えていないようであった。

 暗闇に松明の火を揺らした20人の集団が南へ向かう。


「ギル、ウル、レイ、3人は西の10匹だ。裏をかいて全滅させたあと北へ向かえ。ただし絶対3人だけで手を出すな?」


「わかりました、しかし北は……?ジンクさんでも両方は厳しいですよね?」


「あてはある、ただ上手くいくかわからないから早めに北に来てくれると助かる」


 わかりました、と3人は暗闇に紛れ西に向かっていった。


「さて……」


 なぜそう思ったかはわからない。

 王都から感じ続けた視線に敵意がなかったからか、その視線が柔らかさを帯びていたからか。

 ずっとそれを求めていたからか。

 一息吸い、ジンクは声を張り上げた。


「王都から俺を見ていたやつ! 戦闘に自信なければ足止めだけで構わないから北側のゴブリンを頼む! 一緒に戦ってくれ!」


 ざあっと一陣の風が吹き抜けた。


 暗闇にほのかに揺らめく松明の光を銀色の髪が反射する。


 すれ違った口元は、あの頃とおなじく笑っていた。


 ああ間違いない、忘れたことのない昔の記憶の女の子。


「セリシール……」


 ジンクの口元も少し緩んでいたことに、ジンク自身は気づかなかった。


 勇者が闇を切り裂いた。


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― 新着の感想 ―
食事シーンの描写がとても素敵で、物語の世界にどっぷり引き込まれます! そしてラストの急展開、まさかの勇者登場!? これは第6話が待ち遠しくて仕方ありません! 更新を楽しみにしています!
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