第4話 冒険者、草原を駆る
ここから戦闘シーンが入ります。
残酷表現が苦手な方はご注意ください。
旅立ちの日は快晴であった。
太陽の匂いを感じさせるような暖かな陽射しが降り注ぐ。
街はいまだに魔王討伐に沸き、以前よりも活発に石畳を走る馬車の音が聞こえる。
そこかしこから響く勇者を称える声に、ジンクの奥歯がわずかに軋んだ。
「初陣前の新兵かよ……」
朝まで眠れなかった自分に悪態をつきながらジンクは集合場所に歩き出した。
冒険者登録をした後日、西へ向かうついでに商人護衛の依頼を受けていたのだ。
「さて、俺以外にC級のパーティーが護衛につくと言っていたが」
集合場所に近づくと、C級パーティーはすでに集まっていた。
「ジンクさん!」
手を振り駆け付けてきたのは帯同するC級パーティーのリーダー、ギルであった。
C級パーティー『草原の守り人』
剣士であるギルとその妹、魔法使いのウル、狩人レイの3人パーティーだ。
3人が初めて王都に来た時に右往左往しているのを見かねて、ジンクは相談に乗ったり飯をおごったりと何かと世話を焼いていた。
「ようギル、今日はよろしくな」
軽く挨拶を交わしていると、後ろからウルとレイが歩いてきた。
「わー、ジンクさんが冒険者だ!最初から私たちよりランク高い!」
冒険者の先輩として威張りたかったのに!とウルは冗談っぽく笑いかけてくる。
「いや、信用が違い過ぎるでしょ……あ、すみません、よろしくお願いします」
ウルの後ろからレイが歩いてくる。
性格の全く違う3人だが、同郷の幼馴染ということもあるのか連携が良く、5年という短期間でC級まで上がったのだった。
しばらく4人で話をしていると、依頼人が馬車に乗ってやってきた。
「おはよう、今日から頼むよ!」
威勢のいい声とともに、体格のよい女性が馬車から降りてきた。
今回の依頼は西の方向へ馬車で3日程に位置する街へ向かうというものであった。
「いや、まさかB級の冒険者に依頼を受けてもらえるとは思わなかったねぇ! よろしく!」
女商人はジンクの手を握り、ブンブンと握手を交わした。
今回の依頼は比較的安全な道を移動するため、依頼料はC級のなかでも安めの部類に入る。
彼女としてはC級パーティーを2、3チーム雇うつもりだったが良い方向に予想が外れたようだ。
「ジンク・クラッドと申します。ちょうど西のほうへ移動する予定でしたので、私としてもよかったです」
礼儀正しく、笑みを浮かべながらジンクは答えた。
貴族対応が頻繁にあったジンクにとって、礼節に不安はなかった。
「それはちょうどよかった!C級のみんなもたのむよ!」
のったのった!とジンクたち4人を馬車に押し込み、女商人はひらりと御者席に座り、馬車を走らせる。
馬車は石畳でできた床を進み、西門からジンクは故郷を後にした。
騎士時代は何度も出入りした門だがしばらく帰れないと思うと感慨深いものがあった。
「さて……どんな旅になるかね」
ガタガタと揺れる馬車に揺られジンクは小さく呟いた。
小さくなっていく門をジンクは噛み締めるように見つめ続けた。
ーーー
「ジンクさんの部隊って、誰も死ななかったんですよね? そんなにみなさん強かったんですか?」
そういえば、という顔でギルが聞いてくる。
たしかに何度も飯を共にすることはあったが、主にギル達がこなした依頼の話をし、それに対してジンクがアドバイスをするということが大半だった。
「ああ、あんまり話してなかったよな。別に弱いやつがいないわけじゃないよ、新兵もいたし」
ジンクが言葉を続けようとしたが、外から感じた気配にジンクは言葉を止め目をそちらに向けた。
外は草原が広がっており、腰ほどの草が風でザワザワと揺れていた。
「どうしたの?」
ウルの声にジンクは3人を向き、言葉を続けた。
「さて、なぜ誰も死ななかったか教えてやろう。おまえら、武器を構えて外に行くぞ」
ジンクは御者をやっている女商人に馬車を停めるよう声をかけた。
馬車はゆっくりと速度を落とし、やがて車輪を止めた。
「この馬車を狙っている殺気に気づいたものは?」
ジンクの言葉にギルとウルの2人は顔を見合わせ首を振った。
レイは改めて気配を探るため目を閉じ集中し、その後すぐに顔を勢いよく上げた。
「魔獣が6匹、こちらを取り囲んでいます!」
レイの答えにジンクは満足そうに笑い、馬車を降りた。
「正解だ、狼型の魔獣、パックウルフだな」
スルリと腰に付けた脇差を抜く。
漆黒の鞘から抜かれた刀身が陽光を弾き、白く閃いた。
ジンクの自然な動作、美しい脇差に目を奪われた3人もようやく慌てて動き出し、それぞれ自分の武器を取り出した。
3人の動きが止まり、それに呼応するかのように風も周囲の草のざわめきも止まった。
「さて、それじゃあ俺の部隊が生き残った実演といこうか」
『探知』『鑑定』と二言、ジンクは言葉を呟いた。
その瞬間ジンクから魔力の波が発され、半径50メートルほどの円に広がった。
円に触れた魔獣の位置と強さの格がジンクの脳内に浮かび上がる。
「パックウルフ、正面右に2体、左側面に2体、後方に1体、そしてーー」
正面左の草むらからガサリと揺れ、一回り大きな狼が姿を現した。
そのオオカミは白い体毛をしているが、背中に赤い体毛が逆立っている。
「レッドウルフか……ランクC、こいつは俺が相手する。ギルは右正面の2体を、ウルは左側面の2体を、レイは後方の1体をやってギルの援護に回ってくれ」
矢継ぎ早に出されるジンクの指示に3人は即座に従う。
「ジンクさん、さすがに狼型2体を一気に魔法ではきついんですけど!」
「問題ない、信じろ!」
「ウォーーゥ!」とレッドウルフが咆哮を上げると同時に、一斉にパックウルフが跳びかかってきた。
「さて、俺はこっちだな」
身体を縮め、後ろ足に力を込めるレッドウルフを見据え、ジンクは脇差を構える。
「その前に、『疾く・切り裂く・風』風刃!」
ジンクの詠唱に呼応し、風の刃が左側面にいた2匹の足を切り裂いた。
足を赤く染め動きを止めた2匹へ間髪いれずウルが放った氷の刃が突き刺さり、一撃で絶命させる。
それと同時に地面を蹴ったレッドウルフの爪が土を弾き、ジンクへ跳びかかった。
C級の冒険者でも目で追うのが難しい致死の爪が風を切り裂きジンクに迫る。
木をなぎ倒す横薙ぎの攻撃を1歩前に出て、体勢を低くし避ける。
頭部をかすめる剛腕を潜り抜け、眼前に迫ったレッドウルフのあご下から脳天に向けて脇差を突き刺した。
ぐるりと眼球が上転し、レッドウルフは二度と目を開けることはなかった。
「よし、他も問題ないな?」
脇差に付いた血を一振り払いながら、ジンクが周囲を見渡すと、後方の1体はすでに頭を弓で貫かれており、ギルとレイが右正面の2体を切り倒している。
ウルは最初の氷魔法で左側面の2匹を倒したあと、周囲を警戒しているようであった。
草原の一部は血で染まり、先ほどまで感じていた草の香りは今や鉄さびのような臭いで塗りつぶされていた。
「レッドウルフが出てくるのは想定外だったが、みんな問題ないな?」
ジンクが3人を見ると、各々次に向けて武器の血のりを拭ったりと装備を整えていた。
「すごいスムーズでしたね、さすがジンクさんの指示です!」
ギルの言葉にレイは頷く。
「私は少しドキドキしましたけどね……!」
ウルはジト目でジンクを睨む。
C級とはいえ、魔法職1人で素早い動きの狼型の魔獣2体は心臓に悪いようであった。
「ごめんな、ウル。でも信じてくれてありがとう」
ジンクがウルの頭にぽんと手をやると、ウルは恥ずかしそうに髪を手で梳かした。
「もう出しても大丈夫ですよ」
ジンクは魔獣を全てマジックリングに収納し、声をかけた。
魔獣に囲まれることに慣れているのか、B級が護衛ついているからか、女商人は襲われたことを気に留めていないようであった。
「あいよ、じゃあ出発するよ!」
掛け声とともに馬車はガタガタと揺れながら、ゆっくりと動き出していった。
「『広く・見通す・眼』探知」
ふと視線を感じ、ジンクは今度は詠唱し周囲を探知する。
100メートル、150メートル、戦闘のあったこの周囲には小動物の影すら見られない。
視線も気配も、血の匂いに寄るはずの獣の気配も不自然に消えていた。
俺の探知じゃ見えないか……と、誰にも聞こえないような声で呟き後頭部を軽く掻く。
「……さて、じゃあ今の戦闘の反省をしていこうか?」
視線の主がいるにしても、時間がたてば見張るのを辞めるか、もしくは接触してくるだろうと頭を切り替えた。
もう数刻も走らせれば最初の村が見えてくるだろう。
暖かな陽射しが差し込んでくる。
胸の奥の違和感は消えないままだった。




