第3話 騎士の証を捨てて
「キングミノタウロスって知ってる?」
「ああ、ミノタウロスのなかで一番つええやつだろ?何匹か狩ったぜ」
「金色の体毛のミノタウロスね、私も返り討ちにしたわ」
当たり前のように倒している2人を見て、はぁ……とジンクは小さくため息をついた。
「今食べてもらったのは、キングミノタウロスの肉だよ」
エルマは口に手を当て驚いている。
「魔物の肉だったのね!初めて食べたわ……」
「北側の国では魔物を食うって聞いたが、この美味さならたしかに頷けるな!」
アレスは次の肉を口に放り込んだ。
ひと噛みするごとに乾燥した肉とは思えないほどの旨味が口一杯に広がり、溶け出した脂は塩辛さよりも肉の甘味を伝えてくる。
そこに一口赤ワインを流し込むと、脂の甘みに負けないほどのフルーティーで多少渋みのある味わいが最高にマッチする。
魔物を食べるのはマルストヴィラの北側では一般的だが、ジンクのいる南側では馴染みのない文化であった。
「世界を旅して、いろんな飯や景色を観たくてね」
「……でもそのほかにも目的はあるんでしょう?」
エルマの一言に一瞬空気が凍りついた。
何を言っても納得して送り出してくれるだろうとジンクは感じた。
しかし家族には真実を伝えたかった。
「軌跡を辿るんだ。俺が負うべきだった責任を押し付けた女の子のね」
アレスもエルマもジンクに責任があるとは言わなかった。
ジンクの言葉にアレスは拳を握り込み、エルマは何も言わずに深く俯いた。
空気を切り替えるかのように、パン!という音が家に響いた。
アレスが手を打ち鳴らしたのだった。
「さて、旅立つ息子に俺もエルマもプレゼントを用意してある」
アレスのその言葉に、エルマは指輪を差し出した。
「マジックバックの代わりよ、旅は色々入用だし、あなたのバックじゃ足りないだろうしね?」
銀色の指輪に植物の蔦のような模様が入っており、貴族の集まりに装飾品としても違和感がなく、外見もこだわりたいというエルマの思いが感じられる。
「ありがとう、荷物が結構多くなりそうだから正直助かる」
そう言ってジンクは右手の人差し指に指輪をはめた。
サイズは不思議とぴったりだった、指のサイズを知っていたのか、魔法でサイズがあったのか、エルマの顔を見るも表情からは判別できない。
「俺から渡すものはこれだ」
アレスは立ち上がると、部屋の奥から細長い包みを持って戻ってきた。
「ほら、これだ。お前にやる」
包みを解くと、そこにあったのは鍔のない、余計な装飾を一切削ぎ落とした黒一色の脇差だった。
だが、よく目を凝らすと、鞘には淡く光る華の意匠が描かれており、その光は月明かりを思わせた。
「……綺麗だな」
「だろう?暁と呼ばれる東の国の武器だ。そこにエルマが魔法で意匠を施した。」
ジンクが柄を握り直すと、自分の中の魔力が高まるのを確かに感じた。
「魔力を流せば、脇差そのものが媒体になる。
斬るためだけの剣じゃねぇ、お前のための剣だ。」
「本当は20歳のお祝いに渡したかったらしいわよ?それなのにここまでズルズルと……」
「言うなよ……」
2人のやり取りにジンクは思わず笑ってしまった。
脇差に目を落とした瞬間、もう騎士ではなくなることを強く実感した。
少し目頭が熱くなったが、こっそりと指でぬぐった。
「2人ともありがとう、大切にするよ」
「ああ、存分に使ってくれや。ほらまだまだ酒も肉もあるぞ!」
こうして3人の夜は更けて行った。
ーーー
それから2週間、ジンクは仕事の引き継ぎ、旅の準備に同僚との飲みと忙しく過ごしていった。
今日は鍛冶屋で武器を調達し、冒険者ギルドで冒険者登録をする予定だ。
騎士団を退職したジンクは、冒険者ギルドでの身分証がなければ国を超えて活動することができないからだ。
「おーい、おやっさんいるかい?」
ジンクは鍛冶屋の店主に声をかけた。
「ジンクか。……もう騎士の剣じゃないんだな。」
ジンクが腰に下げた脇差を見て鍛冶屋は言った。
「ああ、もう騎士じゃなくなるからな」
ジンクがかつて腰に下げていたのは白を基調とした、騎士団の紋章を刻んだ剣だった。
しかし今はもうその姿はない。
「ほんとはあれより長めの剣が良かったんだけどね」
そう言ってキョロキョロとジンクは商品を見渡す。
そのなかで一際目立たないところにあった剣を発見した。
持ち上げてみると騎士団で使っていた剣より長く重かったが、片手で扱うのに支障はなかった。
「バスタードソードか。質は良いんだが、普通のやつが使うには重いし、大剣を使うやつには軽いってことで人気がないんだ。」
ふーん、と声をあげ、ジンクは軽く剣を振った。
ずっしりとした重さは、加護のないジンクが魔物を叩き切るのにちょうど良かった。
「これ買うよ、いくら?」
「金貨50枚」
あまりの金額にジンクは剣を握ったまま固まった。
その姿を見て鍛冶屋はにやりと笑みを浮かべた。
「冗談だ、今の反応に免じて安く売ってやるよ」
「相変わらずだな…」
その後も少し会話をし、金貨を鍛冶屋に渡して店を後にした。
鍛冶屋からしばらく歩き、ジンクは街の中心部にある冒険者ギルドへ到着した。
ドアを開けると、中は活気に満ちていた。
掲示板には討伐や採取、調査の依頼一覧が並び、冒険者たちが行き交っている。
「いらっしゃい、ジンクさん」
ジンクが受付に近づくと、受付嬢がジンクに声をかけてきた。
「こんにちは、今日は冒険者登録をお願いするよ」
そうジンクが言うと、受付嬢はクスクスと笑い出した。
「いつも騎士としての姿しか見てないので、なんだか違和感がありますね。ではこちらに必要事項を記載してください」
ジンクは渡された紙に、名前や歳、経歴、得意な武器や使用できる魔法などを記載していった。
「それでは最後に、この水晶に手をかざしてください」
ジンクが手をかざすと水晶玉は淡く白い光を放った。
しかしその光はどことなく不安定にも見えた。
「……はい、問題ありませんね、ありがとうございます。では最後にランクについて説明させていただきます。ジンクさんの騎士団での役職を考慮し、仮B級で登録致します。戦闘経験も充分ですので、ジンクさんでしたらすぐB級になると思います」
そう言って受付嬢は名前と星が書かれたドックタグを差し出した。
「こちらは身分証になりますので、首から下げてくださいね」
「ありがとう、助かったよ」
「いえいえ、お困りの時はご相談ください」
受付嬢は綺麗なお辞儀でジンクを送り出した。
ーーー
旅立ちの前夜、ジンクはベッドでさまざまな思いを巡らせていた。
ジンクはマジックリングから一冊の本を取り出しパラパラとめくる。
それはジンクが旅に出るきっかけの一つとなったものであった。
しかし何も頭に入ってこない。
身体をベッドに投げ出し、天井を見つめる。
「あわよくば会える……なんて都合が良いよなぁ。いっそ神にでも頼んでみるか?」
はじめからない選択肢を呟いてしまい、ジンクは自嘲気味に鼻で笑う。
「神なんかクソ喰らえだ」
吐き捨てるようにジンクは目を閉じた。
今夜はまだ眠れそうにない。
それでも夜は更けていった。




