第2話 家族と呑む、青龍火酒
マルストヴィラ、そう呼ばれるこの世界の南端に、ジンクの故郷ソリーデ王国の首都マルカシアはあった。
北と東に広い森林に囲まれたマルカシアは、魔王が生まれてから頻繁に魔物の攻撃を受けていた。
ジンクの父や母を筆頭に精強な騎士団が国を守っていたため市街地への被害は免れていたが、それでも住民は不安な顔を隠せないでいた。
勤務終了後、ジンクは寮のシャワーで汗を流し、街に繰り出した。
街は魔王討伐に湧き、住民も活気を取り戻していた。
「さて、いい酒を開けてくれるって話だったな。なら持っていくべきはいい肉か?」
ジンクはブツブツ呟きながら道を歩き考えをまとめていた。
「あらジンクさん、買い物ですか?」
「おうジンク、最近魔物を見てないぞ、ありがとうな!」
すこし街を歩くと住民がジンクに話しかけてくる。
王国騎士として信頼を得るため、ジンクは普段からよく街に出て、多くの人とコミュニケーションをとっていた。
「ああ、騎士を辞めてしばらく旅に出るんだ。だから家族といい肉を食べようかなと思ってな」
そう言うと、近くにいた肉屋の店員が話しかけてきた。
「ジンクさん、騎士団辞めちゃうんですか!? それじゃあお代はいらないからこれ持って行ってくださいよ!」
差し出されたのは綺麗なサシが入った一塊の牛肉だった。
「おいおい、いいのか? みるからに高そうな肉だぞ?」
「いいですよ、いつもジンクさんいろいろ買っていってくれるんで、そのお礼もかねてです!」
それを皮切りに他の店主もジンクに商品を差し出し始め、あっという間にジンクの周りには野菜や果物が両腕に抱えられないほど集まった。
「ありがとう、まだ2週間は仕事していくから、もう少しだけよろしくな」
ジンクが手を上げ軽く振ると、店主たちも手を振り店に戻っていった。
「さて、これくらいならなんとか入るな」
ジンクは腰につけたポーチの中に貰った肉や野菜、果物を詰めていく。
ジンクが腰につけたポーチは、外見以上の量を保存することができるマジックアイテムだ。
王都防衛の功績を認められ、褒賞として与えられた品だった。
「結構遅くなっちまったな、急ぐか」
ジンクは軽い駆け足で実家に向かっていった。
ーーー
王城に近い一等地にある庭付きの一戸建て、そこにジンクの両親は住んでいた。
「ただいま、ごめん、ちょっと遅くなった」
ジンクが家に入ると、家の奥からぱたぱたと小走りで駆けてくる足音が聞こえる。
「お帰りなさい、ちょうどご飯出来たところだから大丈夫よ?」
にっこりと笑顔で迎え入れてくれたのは、ジンクの母、エルマ・クラッドであった。
エルマは51歳になるが、30代と言っても通る容姿をしていた。
「ありがとう、あ、このお肉差し入れね」
エルマに牛肉を渡しジンクは家の中に進んでいく。
テーブルにはすでにサラダやスープ、ステーキなど様々な料理が並んでおり、ジンクの父、アレスがすでに席に着いていた。
「お疲れさん、約束通りいい酒を用意したぜ!」
アレスが持っているのは青龍火酒と呼ばれる北にある国で飲まれる高級酒だ。
水属性の青龍が火を噴くと言われるほど高い酒精だが、その澄み切った透明な液体はスッキリとした飲み口で、いくらでも飲んでしまいそうになる。
ソリーデ王国から遠く、輸送費もかさみ、金貨80枚相当の値段がつく。
これは一般騎士の1年の年収を超える金額だ。
ちなみにジンクが貰った牛肉は金貨1枚くらいである。
「この酒は序の口だからな。食後を楽しみにしておけよ?」
金貨80枚を超える酒が出るのか……とジンクは少し怖気付きそうになる。
「ほら、みんな揃ったんだし、もう食べましょ?」
エルマが席につき、3人は乾杯の声とともに夕飯を食べ始めた。
「うわ、なんだこの酒……薬草の香りが爽やかでめちゃくちゃ飲みやすい」
「北の雪山のわずかな場所でしか取れない貴重な薬草を使っているんだ、年に100本も作れない貴重な酒だぞ?」
アレスはニヤリと笑い答える。
日常のたわいない話をしながら、3人で一本の青龍火酒を空ける頃には夕飯ももう残っていなかった。
「あらあら、ご飯がなくなったから何かおつまみを持ってこようかしら。次のお酒はなぁに?」
「次はこのワインだ、その名もヴァンパイア・ブラッド!」
「ちょっとまて、それは良い酒のレベルではない!」
思わずジンクは立ち上がった。
それもそのはず、このワインは真祖の吸血鬼が住んでいた城で発見されたワインであり、世界に100本もない希少なものであった。
鑑定では1000年以上前に作られたものだが、その色は真紅を保っており、熟成した香り、そして濃密なフルーティーな味わいとなっている。
値段は白金貨10枚、金貨にすれば1000枚に届く代物だ。
もはやジンクが持ってきた高級牛肉は1/1000の価値となってしまった。
「よし、ならこっちもとっておきを出すよ」
そう言ってジンクはマジックバックから20本ほどの細長く乾燥した肉を取り出した。
「あら、乾燥肉? ワインに合うのよね」
そう言ってエルマは指を一振りした。
ふっと風が巻き上がったかと思うと、乾燥肉は一口大に切られていた。
「母さんありがとう、ちょっと食べてみてよ」
エルマはひとつまみ乾燥肉を口に運び、そのまま目を見開いた。
「なにこれ、今まで食べたことがないくらい美味しいわ……!」
その様子にアレスは驚き、急いで乾燥肉を口に運んだ。
「まじかよ、こんなん俺の実家でも食ったことねぇぞ!」
アレスは元々豪商一族の四男で、エルマは侯爵家の三女、どちらも高級な肉は食べ慣れているはずだった。
それでもこれほど旨味が熟成された乾燥肉を食べたことはなかった。
「これも俺の旅の目的の一つなんだ」
ジンクは2人の様子に満足し、世界を周るこれからの旅について話し始めるのだった。




