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騎士団の退職

「本当にいいんだな?」


 魔王討伐の知らせを受けた翌日の始業前、騎士団詰所の団長室で、ジンクは椅子に座った父親、アレス・クラッドと向き合っていた。

 眉をひそめこちらを見る目つきは筋骨隆々な体格と相まって凄まじい威圧感を放ち、少し怯んでしまいそうになる。


「はい、魔王が倒された今、騎士団を辞め世界をめぐり知見を広げたいと思いまして」

 

 それを聞いたアレスはフッと小さく笑い、背中を椅子の背もたれに預けた。

アレスの体重を支えた背もたれは静かな部屋にぎしっと大きな音を響かせる。


「そんなに堅苦しくしなくていい。そうか、わかった、引継ぎがあるから2週間は働いてもらうがいいな?」


 あっけらかんとした態度にジンクは少し拍子抜けした。


「もちろんすぐ辞めるつもりはなかったけど…… そんな短くていいのか?」


 ジンクは25歳という年齢でありながら、勤勉で実直な勤務態度や戦闘技能、指揮能力の高さから500人からなる大隊の一つを任されていた。

 そのため、さっと引継ぎをして終わりというわけにはいかないはずだったのだが……


「ああ、魔王が討伐される直前にあった魔物の大侵攻で軍にかなりの死傷者が出たからな、部隊を再編するんだ。こういっちゃなんだが辞めるにはいいタイミングだよ」


 はぁ、とうつむき小さく吐き出された溜息は騎士団長という責任による疲れなのか、息子が騎士団を辞めることに対してなのか。

 先ほどよりも一回りほど体が小さくなったようにも見える。


「そうだジンク、今日の夜空いているよな。これから俺もお前も忙しくなりそうだから1杯付き合わないか?」


 ぱっと顔をあげこちらを見る目はキラキラと効果音が付きそうなほど期待に満ち溢れていた。

 厳ついのに時折見せる人懐っこい笑顔がやけに似合っているのが不思議だ。


「もちろんいいけど珍しいね?」

 

 アレスは顔をクシャリと崩し、声を出して笑った。


「息子の旅立ちなんだ! そりゃ良い酒の1本や2本開けたくなるさ!」


アレスにつられ、ジンクも笑みがこぼれた。


「俺も楽しみにしてる、それじゃあ夜にそっちに行くから母さんによろしくね」


 ジンクは軽く手を挙げ部屋を後にした。

 廊下をしばらく歩いていると、行きと比べ足取りが軽いことに気づいた。

 自分の上司でもある父親に辞める報告をすることは、今まで仕事一筋であったジンクにとっては予想以上に気が重いことであったようだ。

 


ーーー


 第一遊撃大隊総勢500名、これがジンクのまとめあげる部隊だ。

 この部隊には騎馬を駆る騎士を中心に、歩兵、魔導士、弓兵、回復術師などがバランスよく配置されており、強襲や味方の援護など即応性が高い部隊である。

 この部隊の大きな特徴として、編成されて5年、負傷者は出ているものの死者が出ておらず、ジンクの指揮能力の高さや部隊の精強さが感じられる。

 今日は魔王討伐後、初の集会があり、各兵科の隊長とジンクを隊長とする騎士団50名がすでに集まっていた。



「集合! 先日の戦闘はご苦労だった。我々の部隊から負傷者はでたものの死者はなく、素晴らしい戦果であった!」


 始業の第一声、隊員から「うおおおぉぉ!」と空気を揺らす歓声が上がる。その声が収まるタイミングでジンクは言葉を続けた。


「さて、ここで一つ報告だ。まあ魔王討伐と比べるとたいしたことではないが……

2週間後、部隊の再編があるタイミングで俺は騎士団を脱退する。」


 そう伝えると、部隊はしんと静まり返った。一番驚いてるのは横に立っていた副官だ。いつも凛とした立ち姿の彼だが、今は目を見開いて口をぽかんと開けている。

 一呼吸おいてざわざわと部隊から声が上がる。今回は先ほどの歓声と違い静まりそうになかった。


「いきなりのことで驚くのはわかるが一度落ち着け。部隊再編まで2週間あるが、その間も魔物の出現は考えられる。各自準備はしておくように。以上!」


 いまだ静まらない部隊を尻目に、ジンクはすたすたと執務室へ戻ろうとする。


「いやまて、おい!」


 声をかけてきたのは横にいた副官であり、5歳からの友人であるテイカーだ。

代々騎士の家系である彼は、剣の腕はもちろん高い教養が身についており、第一遊撃大隊の一翼を担っていた。


「よう、さっきぶり」

「そういうのはいいから……騎士団を辞めるのは本気なのか?」


 眉をひそめ困惑した顔でテイカーは聞いてくる。


「ああ、少し世界を旅してみたくてな。もう30近いんだぜ?任務や依頼じゃない自由気ままな旅をしてみたいんだ。」

「仕事一筋だったおまえからそんな言葉が出るとはな……」


 にかっとジンクが笑って答えると、テイカーは気が抜けたかのように溜息をついた。


「まあ話は分かった、どこに行くのか決めているのか?」


「ああ、いろいろあるぞ?たとえばイオル草原に吹く風は妖精の鱗粉が混ざり、キラキラと輝いて見えるらしくて、それを見てみたかったり……あと、カウルーシ雪山の頂上には、氷でできた花畑があって、1輪だけクリスタルの華があるらしいんだ。あとそうだ、忘れちゃいけないのが天泣の丘だな!特定の時期にだけ起こるんだが、光が降り注ぐ丘に降り注ぐ雨がそれはまた美しいみたいなんだ!他には……」


 ジンクは瞳を輝かせ、せきを切ったかのように自分が見たいものを伝えていった。

20年の付き合いのあるテイカーもこんなジンクを見るのは初めてだったため、苦笑いを浮かべるしかできなかった。


「ストップ!わかったわかった、一回落ち着け?」


テイカーの制止を受け、ジンクはバツが悪そうに頬をかいた。


「あーっとすまん、ついいろいろ話したくなっちまってな」


「初めて聞いたぞ、おまえがそんな早口でしゃべるの。 まだ2週間あるんだろ、ゆっくり計画を聞かせてくれよ、親友」


「ああ、うんざりするほど聞かせて、帰ってきてからもお土産を大量に持ってきてやるよ」


 2人は歩きながら会話を重ねていった。テイカーの顔にはもう困惑の色はなく、親友の冒険をただただ楽しみにしている笑顔があるだけだった。



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