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怪異症候群 ―異界の軸がズレた世界で―  作者: 前桵 風鈴


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第陸話 それでも、飛べ



 障子が、音を立てて開いた。


「風雅!!」


 その声を聞いた瞬間、胸の奥に張り詰めていた何かが、ふっと緩んだ。


 ——蘭だ。


 本物の蘭。


 そう思った途端、足から力が抜けそうになる。


 ……でも。


 次の瞬間、別の考えが頭をよぎった。


(……本当に?)


 夜中に声を聞いてはいけない。

 返事をしてはいけない。

 信じてはいけない。


 ——これも、八尺様の仕業じゃないのか?


「風雅、動くな!」


 蘭の声は、はっきりしていた。

 でも、それすらも疑ってしまう。


 信じたい。

 けど、信じたら終わるかもしれない。


 その一瞬の迷いが、致命的だった。


 ——掴まれた。


「っ……!!」


 視界が、一気に持ち上がる。


 長すぎる腕。

 冷たい感触。


 八尺様が、風雅の身体を掴み、軽々と持ち上げていた。


「ぽ……ぽ……ぽぽ……」


 濁った笑い声が、すぐ耳元で響く。


「風雅!!」


 蘭が叫ぶ。


 だが、八尺様は止まらない。


 障子を破り、廊下を抜け、

 そのまま外へ——


 夜風が、全身を打った。


「……っ、は……」


 気づけば、家の外だった。


 月明かりの下、

 八尺様の姿は、さらに異様さを増していく。


 背が、伸びる。

 白いワンピースが、引き裂かれそうなほどに張り付く。


 ——大きく、なっている。


 異界の軸がズレている。

 蘭が言っていた言葉が、脳裏をよぎる。


「風雅!!」


 蘭が庭先へ飛び出してきた。


 だが、すぐに足を止める。


 ——近づけない。


 下手に動けば、

 攻撃は風雅に当たる。


「……っ」


 歯を食いしばる蘭を見て、

 胸が、きゅっと締め付けられた。


「蘭……!」


 助けを求める声が、勝手に零れる。


 でも、蘭はすぐには動かなかった。


 ——動けなかった。


 八尺様の身体が、さらに膨れ上がる。


 影が、家を覆うほどに広がっていく。


 その瞬間、蘭は決断した。


「……っ、チッ」


 地面に手をつく。


「やるしかねぇ……!」


 空気が、震えた。


 見えない膜が、八尺様を包み込む。


 ——結界。


 巨大な、円形の結界。


 八尺様の巨大化が、ぴたりと止まる。


 だが、それでも——

 風雅は、まだ八尺様の腕の中だった。


「……くそ……!」


 蘭が叫ぶ。


「風雅!聞こえるか!」


 声は、確かだった。

 幻じゃない。


「おい、風雅!!」


 蘭は、結界の内側で、

 大きく腕を広げた。


「八尺様を振り払って——俺に向かって飛び降りてこい!!」


 心臓が、嫌な音を立てる。


 ——飛べ?


 ——ここから?


「安心しろ!」


 蘭の声が、夜に響く。


「俺が、受け止めてやる!!」


 無理だ。


 そんなの、出来るわけがない。


 高い。

 怖い。

 落ちたら、死ぬ。


「……む、無理だ……!」


 声が、震える。


「怖い……!死ぬ……!」


 八尺様の腕が、ぎゅっと締まる。


「……俺、出来ない……」


 情けない言葉が、口から溢れる。


 でも。


「お前——」


 蘭が、叫ぶ。


「さっき言ったよな!!」


 胸に、刺さる。


「怖いけど、逃げたくないって!!」


 ——言った。


 確かに、言った。


「大丈夫だ!!」


 蘭は、一歩も引かずに叫び続ける。


「それが言えたなら、お前ならいける!!」


 腕を、さらに大きく広げる。


「俺を信じろ!!」


 視界が、滲む。


 今までのことが、頭をよぎる。


 逃げてばかりだった。

 怖がってばかりだった。


 でも。


 ——今は。


 逃げたくない。


「……っ」


 八尺様の力が、強すぎて、振り払えない。


 どうする。

 どうすればいい。


 その時だった。


 手のひらが、熱い。


「……?」


 見ると、

 白い光が、じわりと滲み出していた。


 恐怖じゃない。

 怒りでもない。


 ——生きたい。


 その感情に、反応するように。


 光が、弾けた。


 ——パァン。


 白い閃光が、八尺様の腕を打つ。


「……ぽ……っ」


 八尺様の指が、緩む。


「今だ!!」


 蘭の叫び。


 風雅は、考えるより先に——

 身体を、投げ出していた。


 落ちる。


風を切る。


 怖い。

 それでも。


 ——信じる。


「——っ!」


 次の瞬間、

 強い腕に、抱きしめられた。


 衝撃。

 温度。


 確かな、存在。


 蘭だった。


 ぎゅっと、逃がさないように抱きしめてくる。


「……」


 風雅の身体が、震えている。


 蘭は、静かに言った。


「……上出来だ。風雅」


 その言葉を聞いた瞬間、

 風雅の意識は、闇に溶けていった。


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