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怪異症候群 ―異界の軸がズレた世界で―  作者: 前桵 風鈴


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第肆話 優しさを装う

 ――夜中に、誰かの声がしても、応じるな。


 母の言葉が、頭の奥で何度も反響している。

 それなのに、僕は今、確かに「会話」をしていた。


「どうして、そんな顔してるんだよ」


 蘭は困ったように眉を下げ、いつもの調子で笑った。

 赤い着物。

 長い髪。

 昼間と何も変わらない姿。


 だからこそ、余計に分からなくなる。


「そんなに怯えなくてもいいだろ。ほら、俺だぞ?」


 その言い方が、あまりにも自然で、

 心の奥の警戒心を少しずつ溶かしていく。


 ――違う。

 ――信用するな。


 分かっている。

 でも、怖い夜に、知っている声を拒絶するのは、思っている以上に難しい。


「……本当に、蘭?」


 また聞いてしまった。


 その瞬間、

 胸の奥で何かが“ズルッ”と滑る感覚があった。


「しつこいなぁ」


 蘭は肩をすくめる。


「そんなに疑われると、ちょっと傷つくぞ?」


 冗談めかした声。

 責めるでもなく、怒るでもなく。


 それが、いけなかった。


「……ごめん」


 謝ってしまう。


 ――違う。

 謝る必要なんて、ないはずなのに。


「いいって」


 蘭は畳に腰を下ろした。

 音もなく、するりと。


「正直さ」


 視線を逸らしながら、ぽつりと言う。


「俺が一番心配してたのは、お前が一人になることだった」


 胸が、きゅっと締め付けられる。


「母さんもさ、気丈に振る舞ってたけど……相当、怖がってたぞ」


「……」


「お前、気づいてなかっただろ」


 気づいていた。

 でも、見ないふりをしていた。


 僕が弱いから。

 僕が魅入られたから。


「だからさ」


 蘭は、やけに優しい声で続ける。


「今くらい、誰かと話してもいいんじゃないか?」


 その言葉が、

 胸の奥の一番脆いところを叩いた。


 ――ダメだ。


 そう思ったのに、

 口は否定しなかった。


「……少し、だけなら」


 言ってしまった。


 それが、完全なルール違反だと理解した瞬間、

 背中を冷たいものが走る。


 でも、蘭は何も言わない。

 ただ、微笑んでいる。


「そうだろ」


 その笑顔に、安心してしまう自分が、情けなかった。


「風雅さ」


 呼び方が変わる。


「ずっと、自分を責めてるよな」


 何も言えない。


「怖がる自分が嫌いで、逃げたい自分が嫌いで……」


 一歩、こちらに近づく。


「でもな、それ全部、普通だ」


 普通。

 その言葉が、救いみたいに響く。


「誰だって、死ぬかもしれない状況で平気な顔は出来ない」


 さらに一歩。


「お前は、間違ってない」


 距離が、近い。


 近すぎる。


 その時、

 畳に落ちた影に違和感を覚えた。


 ――長い。


 ありえないほど。


「……蘭」


 声が、震える。


「どうした?」


 顔は同じ。

 声も同じ。


 でも、目が合わない。


 視線が、微妙にズレている。


「蘭、その……背……」


「ああ?」


 首を傾げる。


 その角度が、

 人間の可動域を少しだけ超えていた。


 ぽぽぽ……ぽ……


 音が、混ざる。


 最初は遠く。

 次第に、すぐ近く。


 耳の奥。

 頭の中。


「……おかしい」


 呟いた瞬間、

 “蘭”の表情が、ぴたりと止まった。


「何が?」


 声が、低くなる。


「……僕」


 唇が、うまく動かない。


「僕、今……夜中に……」


 思い出す。


 母の声。

 対抗策。

 やってはいけないこと。


「……誰かと、話してる」


 空気が、凍りつく。


「それって……」


 声が、重なる。


 蘭の声。

 女の声。

 笑い声。


「気づいちゃった?」


 “それ”は、背を伸ばした。


 天井に、頭が届きそうになる。


 赤い着物の隙間から、

 白い布が滲み出す。


 影が、八尺の高さになる。


「だーめだよ」


 声は、完全に女のものだった。


「返事、しちゃ」


 首が、異様な角度で傾く。


 顔が、縦に引き延ばされる。


「……しまった」


 今さら、遅い。


 でも。


 僕は、理解した。


 自分が何をしていたのか。

 どのルールを破ったのか。


 だからこそ、

 恐怖は、より鮮明になった。


「風雅」


 “本当の呼び声”。


 耳を塞ぐ。

 目を閉じる。


 声を、拒む。


 ――まだ、終わらせない。


 その感情だけが、

 暗闇の中で、かろうじて僕を繋ぎ止めていた。

作者です。

読んでくださり、ありがとうございます!

毎回話が短くてすみません!

じゃあね!

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