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見難い火傷の子  作者: 清風
723/723

国外から共鳴札・返話が届き始める

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子723


国外から共鳴札・返話が届き始める


深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層

鉄の時代

この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。


玄州鉄道国の恒常放送網が正式運用に入ってから、

初めての“返り”が来たのは三日後の朝だった。


最初に気づいたのは、中央送信塔の受信卓ではなく、玄州中央停車場の伝達箱だった。


まだ朝靄の薄く残る構内で、荷札や旅券や小荷物に混じって、

見慣れぬ封蝋のついた薄板束が三通、係員の手で仕分け机へ置かれた。

ひとつは青と橙の細紐で結ばれ、ひとつは波線の入った灰封、

ひとつはずいぶんと硬い、軍用伝令の匂いがする無地の包みだった。


「……返話、ですね」 若い係員が息を潜めるように言った。


その言葉は、近くで帳面をつけていた年配駅員の手を止めさせるには十分だった。


「共鳴札か」

「はい。おそらく、先日の放送に対するものかと」

「もう来たのか」

「もう来たんです」


その日の昼までに、中央停車場だけで七通。

夕方には中央学区第一学校、工区詰所、放送整理室、南門の旅客受付所にも、

それぞれ別系統の返話が届いた。


放送は、届いていた。


それだけではない。

届いた先で見られ、考えられ、書き返されていた。


玄州の空へ投げた映像と声は、ちゃんと外へ届き、そして世界は黙ってはいなかった。


その報は、夕刻前には爆炎ハウスにも運び込まれた。


前庭兼発着場の端では、荷揚げ台車の音が乾いて響いていた。

《ソラ》は低く影を落としたまま待機し、

ノクス隊が積み替えと記録を淡々と進めている。

風向き旗が一度だけ強く鳴り、魔導灯の吊り金具がかすかに震えた。


その脇を、書類箱を抱えたセレネ・アストラが早足で抜ける。


「中央停車場経由が七、学区経由が三、工区から二、個人宛相当が五。

未開封は分類前提で別置きにします」

「多いな」 ダンが木箱の上に腰をかけたまま言った。

「多いです。まだ“始まり”の数ですけど」

「始まりでそれか」

「正式運用開始後の第一便ですから。むしろ少ない方だと見ます」


言いながらセレネは、作戦会議室の長机へ封を色別に並べていった。

青系、灰系、官製の素っ気ないもの、個人の筆致が残るもの。

紙ではなく薄板や樹皮片に書かれたものまである。

辺境からは紙よりそちらの方が早い。


リョーカがその背後から覗き込み、感心したように目を細めた。

「ほんとに返ってくるのねえ」

「返ってきますよ。投げた以上は」

「歌でも放送でも同じか」

「ええ。届けば、返ります」


匠ーは窓際に立ったまま、まだ一通も手に取らずにいた。

机の上に積まれていく封書の束ではなく、

その向こうにある《ソラ》の影を見ているようだった。


青門の五翼

――バビロン鉄道国特務飛行隊《ブルーシグナル》を題材にした異国部隊紹介放送は、

玄州の中で思った以上に強く残った。

中央停車場では旅客が足を止め、

学校では教師が授業の前にもう一度あの五役の説明をしてくれと言い、

工区では若い工兵が「空にも保守と整備の役があるのか」と聞いてきた。


空を飛ぶ、という一点ではなく、

飛ぶものにも編制があり、規律があり、役割があると知れたことが大きかった。


その“返り”が、今ここへ来ていた。


「まずは開きます」 セレネが言った。

「読み上げる順は?」 とダン。

「官署筋と他国筋を先。

個人書簡は分類後。

教育利用、制度照会、礼状、問い合わせ、感想で分けます」

「もう分類名までできてるのね」 リョーカが笑うと、セレネは顔を上げずに答えた。

「ないと沈みます」


一通目は、中央学区第一学校あてに来た転送分だった。

内容は簡潔だった。

先日の放送内容を教材として再利用したい、

五人編制の役割分担を図解した補助板の有無を確認したい、というものだった。


「学校だ」 ダンが呟く。

「ええ。想定内です」

「早いな」

「子どもは先に食いつきますから」


二通目は、停車場利用者が他地域へ持ち帰った話を経由した照会だった。

あの青い飛行隊は実在編制か、制服色に意味はあるのか、

玄州では同様の部隊を保有しているのか

――最後の一文を読んだところで、部屋が少しだけ静かになった。


玄州では同様の部隊を保有しているのか。


リョーカが口をつぐみ、ダンは腕を組み直し、

セレネは返話板を置く位置をわずかに変えた。

たった一行の問いが、部屋の空気を一段深くする。


「来るわよね、そういうの」 リョーカが小さく言う。

「来ます」 セレネは短く答えた。

「放送した以上は」


三通目は、バビロン鉄道国からのものだった。


封の端に見覚えのある整理癖がある。

余白の取り方、段組みの呼吸、要点を先に置く手つき。

セレネがそれを見た瞬間、ほんの一拍だけ指を止めた。


「……知ってる筆?」 匠ーが初めて机の方を向いた。

「ええ」

「悪い報せか」

「いえ。むしろ逆です」


開封された文面は端正だった。

玄州放送網の正式運用開始と異国部隊紹介放送に対する祝意。

制服の色彩意図と部隊章の説明が過不足なく拾われていたことへの評価。

教育現場での利用可能性への同意。

そして末尾に、短い補足がある。


――貴国において空を制度として扱う日が来るなら、先に羽より地上を整えるべきである。


室内で、その一文だけが静かに残った。


ダンが先に息を吐いた。

「厳しいな」

「優しい方です」 セレネが言う。

「これは、だいぶ」


匠ーはその文を受け取り、二度読んだ。

三度目は読まず、窓の外へ視線を戻す。


羽より地上を整えるべき。


言われるまでもない、とも思う。

だが、言われたからこそ重くなる。


《ソラ》はある。

発着場もある。

ノクス隊がいて、ワイバーン群がいて、オートメガネウラ隊がいる。

空を使うこと自体は、もう夢ではない。

とっくに実務だ。

遠征でも、回収でも、監視でも、連絡でも使っている。


だがそれは、《爆炎》の空だ。


国の空ではない。


「……地上、か」 匠ーが言った。


誰に向けたわけでもない独り言に、しかしレイラが反応した。


彼女は会議室の出入口近くで、届いた封の山を眺めたまま黙っていた。

隣にはカナタがいる。

二人とも、あえて前には出ていないような立ち位置だった。


「そうです」 レイラが静かに言う。

「飛ぶ方は、目に入りますから」

「降りる方は見えない、か」 ダンが受ける。

「見えないところで事故になります」


カナタが壁に寄りかかったまま鼻で笑った。

「飛ぶのはだいたい何とかなる」

「そういう言い方をするから危ないんです」

「実際そうだろ」

「降りる場所も合図も整備もなくて“何とかなる”で済んだ試しが?」

「ない」

「なら黙ってください」

「善処する」


リョーカが吹き出し、部屋の緊張が少しだけほどけた。


だが、匠ーは笑わなかった。


《ソラ》の甲板。

風よけ結界の縁。

前庭兼発着場の広さ。

送信塔の高さ。

中央停車場の人の流れ。

ロープウェイの支柱。

山肌の切通し。

海底都市アプスーで使った小型単座魔導メガネウラの感触。

カナタ機の青白い灯。

レイラ機の通信束。

靴底が床を打つより早く機体から身を離す、あの降車の癖。


全部、頭の中で接続しかけていた。


「他は」 と匠ーが言う。


セレネは頷き、次の束を開いた。

教育利用照会、見学希望、停車場への複写掲示依頼、

工兵隊からの設営質問、旅商人からの感想。

中には、子どもの筆で書かれた拙い共鳴札もある。


――げんしゅうにも そらのたいは ありますか

――ぼくは せいびのひとが すきです

――あおいふくは つよそうでした


ダンがその板を見て、思わず顔をしかめた。

「これはずるいな」

「ずるいですね」 セレネも珍しく、少しだけ笑った。

「まっすぐ来ます」


別の一通には、停車場の荷役係からの言葉があった。


――飛ぶ者にも、降ろす者が要るのだと知った。

うちにも空ができるなら、荷を扱う手も変わるのだろうか。


また別の一通には、工区の若い工兵から。


――塔と合図と発着場があれば、空も工事できるのか。


読まれるたび、机の上の紙片はただの感想ではなくなっていく。

それはすでに、問いだった。

玄州は空をどう扱うのか。

持たぬのか、持てるのか、持っているなら何と呼ぶのか。


リョーカが腕を組んで、ぽつりと言った。

「みんな、もう“空があるかないか”で聞いてないのね」

「ええ」 セレネが答える。

「“あるなら、どうするのか”です」


その言葉に、カナタが目を細めた。

レイラは何も言わない。

ただ、返話の束のうち、バビロンからの文だけを少し離して置く。

扱いを変えるためではなく、あとで再読するための置き方だった。


匠ーはようやく机へ歩いてきて、一番上にあった無地の板片を手に取った。

軍用伝令じみた包みの中身は、ごく短い一文だった。


――進む前に、確かめよ。だが、確かめ終えた空は進ませよ。


署名はない。 だが、どこの流儀かは何となく分かった。


「……うるさいな」 匠ーが言った。

「どこもかしこも、よく見てる」


「見てますよ」 セレネが即答する。

「こちらも見せたので」

「返す言葉がない」

「返話はありますけど」

「そういう意味じゃない」


また、部屋に小さな笑いが落ちた。


外では、《ソラ》の下をノクス隊の搬送台車が静かに横切っていく。

高所待機していたオートメガネウラの影が一機、夕暮れ前の空を細く流れた。

速い。

音より先に視界から消える。


リョーカがそれを窓越しに見つける。

「ああいうの、見てるとさ」

「何です」

「空って、もうあるのよね」 誰もすぐには返さなかった。


ある。 ただ、それをまだ国の言葉で呼んでいないだけだ。


匠ーは返話の束の上に手を置いたまま、低く言う。


「……今日は整理だけにしろ」

「はい」

「分類を終えたら、明日もう一度読む」

「はい」

「学校向けの返しは先に作れ。

停車場掲示は要約を切る。

工区の質問はダン、お前も見ろ」

「分かった」

「バビロンからの文は別置き」

「承知しました」

「あと――」


そこで一度、匠ーは言葉を切った。


窓の外、《ソラ》の影。

発着場。

送信塔。

夕方の風。

返ってきた声。

青門の五翼。

そして、まだ名を与えていない玄州の空。


「……カナタ、レイラ」

「はい」

「何でしょう」

「明日、時間を空けろ」 カナタが口の端を上げる。

「善処する」

「空けろと言った」

「じゃあ空ける」 レイラは小さく息を吐いた。

「突っ込みすぎないでくださいね」

「まだ突っ込んでない」

「その言い方をする時点で危ないんです」

「善処――」

「もういいです」


セレネは何も言わず、ただ返話の束を整え直していた。

だがその指先は、ほんの少しだけ速い。


国外から共鳴札と返話が届き始めた。


それは称賛でも、好奇でも、挨拶でもあった。

だが同時に、それらは玄州へ返された問いでもあった。


お前たちは、見せた空をどうするのか。


返事はまだ出ていない。


だが、その問いはもう、届いてしまった。

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