外苑工事始動
見難い火傷の子653
外苑工事始動
深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層
鉄の時代
この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。
外苑は、帝都の中で最も「忘れられていた場所」だった。
城壁の外側に寄り添うように広がる旧資材場。
戦災で焼け、雨で崩れ、荷の流れが変わったことで価値を失った区画。
地図の上では灰色に塗られ、
市民の記憶では「通らなくても困らない場所」として扱われてきた。
だがその朝、外苑は初めて“都の中心”になった。
仮設坑道の入口から続く細い道を抜けると、
そこにはすでに数十名の工員と兵が集まっていた。
縄柵が張られ、仮設灯が吊られ、
地面には白線で大きな矩形が描かれている。
その中央に、匠ーが立った。
「ここが外苑駅だ」
誰もまだ駅とは呼べない空地を前に、
匠ーは迷いなく言った。
ダンが肩をすくめる。
「駅って言うには、まだ地面しかねえぞ」
「地面があれば十分だ。
駅は建物じゃない。
導線の“結節”だ」
ノクスが図面を広げる。
「外苑駅――仮称。
地下鉄西区線の起点。
保守坑、荷捌き場、避難路の三機能を兼ねる。
地上側は外縁部の再開発と連動。
地下側は西区仮設坑道と接続」
香蘭が記録板を抱えながら言う。
「診療搬送の動線はここで分岐できます。
市場側へ向かう生活導線と、
中央診療所へ向かう医療導線を分けられます」
郭羽は縄柵の向こうを見た。
「土地は広い。
荷車も入る。
兵も走れる。
ここなら、都の外からの流れも受けられるな」
張良は地図の余白へ一行書き込んだ。
外苑=帝都の“外の入口”
その言葉は、外苑の価値を一瞬で変えた。
今まで帝都は、内側だけで回っていた。
高所回廊、塔、橋廊、中央区。
すべてが内へ内へと向かう構造だった。
だが災害で上側が折れた今、
都は外へ“逃がす”骨を必要としていた。
匠ーは縄柵の中へ入り、地面を軽く蹴った。
「ここに骨を通す。
地下鉄は都の中を走るだけじゃない。
都の外と内を繋ぐ。
災害が来たら、外へ逃がす。
物資が詰まったら、外へ流す。
人が溢れたら、外で受ける」
ダンが笑った。
「帝都の外側が、都の心臓になるってか」
「そうだ」
匠ーは迷いなく言った。
「都は広い。
だが広いだけじゃ守れない。
流れが要る。
骨が要る。
その骨を外苑に通す」
その言葉に、工員たちが一斉に動き始めた。
杭が打たれ、縄が張られ、
仮設板が運ばれ、
地面が均され、
測量棒が立ち、
坑道入口へ新しい支柱が運び込まれる。
外苑は、ただの空地ではなくなった。
帝都の新しい骨が通る場所になった。
ノクスが匠ーの横へ来て、静かに言う。
「……始まりましたね」
「ああ」
匠ーは外苑の空を見上げた。
巣材が垂れていた高所回廊は、もう見えない。
代わりに、外苑の空は広く、風が通り、
都の外側へ伸びる道が遠くまで続いている。
「都は、上だけじゃない。
下にも、外にも、道を持てる」
その言葉は、帝都の未来そのものだった。
外苑工事はこの日、正式に始まった。
そして帝都は、
“高所の都”から
“多層の都”へ変わり始めた。




