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見難い火傷の子  作者: 清風
648/658

タイトル未定2026/09/13 15:35

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子648


捜索


深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層

鉄の時代

この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。


捜索は、静かに始まった。


司令室が立ち上がったことで、拠点の熱はむしろ冷えた。

焦りが消えたわけではない。

ただ、焦りの向かう先が定まっただけだ。


ノクスが中央卓の前に立ち、地図と記録板を見渡す。

張良は証言の束を時系列で並べ、香蘭は窓口記録から人数差分と生活痕の不整合を抜き出し、

郭羽は依頼票と宿帳の照合を続けていた。

ソラ副脳の補助出力が、横で淡々と紙を吐き出している。


一人分の欠損。

それだけは、もう疑いようがなかった。


「探索班、出ます」


先頭に立ったのはダンだった。

その横にキールがいる。

さらに後ろへ二組、別班が控える。

全員、単独行動はなし。

二人一組、報告は必ず定時、違和感は解釈せずそのまま持ち帰る。

ノクスが定めたルールは短いが厳格だった。


「拠点内周辺を第一円、訓練場・宿舎裏・物資庫周辺を第二円、

外縁通路を第三円として洗ってください」


ノクスが言う。


「痕跡の確認対象は三つ。

物理痕、生活痕、認識痕です」


ダンが片眉を上げた。


「認識痕ってのは」


「その場に立った時、“誰かがいた気がする”“通った気がする”程度の曖昧な引っかかりです。

今回はそれを切り捨てないでください」


「面倒な相手だな」


「だからこそです」


キールは短く頷き、装備を確かめた。


「見つけた場合は」


「呼びかけを優先。

名が出なくても、所属と位置と関係性を言葉にしてください。

視認しても単独で接触しないこと。

司令室へ即報です」


匠ーは腕を組んだまま、そのやり取りを聞いていた。

出たい。自分で走りたい。

そういう顔をしていたが、今はまだ動かない。

司令室を立てた以上、全員が勝手に飛び出せば意味がないと分かっているからだ。


「行くぞ」


ダンが言うと、探索班が一斉に散った。


最初の報告は、宿舎裏の洗濯場からだった。


「回収物一件。

乾いた布の束に、一組だけ用途不明の補修跡あり。

衣類の大きさから成人一名分。

ただし持ち主の特定不能」


伝令が読み上げ、張良が即座に記録板へ追記する。

香蘭が脇から補足した。


「補修跡の糸色、三日前の整備庫払い出しと一致します」


「三日前か」


郭羽が宿帳をめくる。

その三日前、爆炎の拠点出入り記録には大きな乱れはない。

だが、記録が乱れていないことが、逆に不気味だった。


次の報告は訓練場。


「相対訓練の記録板に消し跡あり。

片方の名だけ削れています。

力の入り方が途中で鈍っており、削った本人も最後まで確信がなかった可能性」


張良の目が細くなる。


「消されたというより、書けなくなったか」


ノクスが頷く。


「その可能性が高いですね。

削除ではなく、認識保持の失敗です」


匠ーが舌打ちしそうな顔で天井を仰いだ。


「気色の悪い」


それでも次々に報告は来る。


食堂では欠けた椀。

整備庫では使いかけの油差し。

医療棚では一人分多い包帯使用。

外縁通路では、足跡の数だけが行きと帰りで合わない区間。


全部が小さい。

一件ずつなら、気のせいで済んだだろう。

だが今は違う。

司令室の壁に並べられることで、それらはすべて同じ一人分の欠損へ収束していく。


「……見つけたかもしれません」


三番目の班からの報告で、室内の空気が変わった。


伝令の声も、わずかに強張っている。


「外縁通路第三層手前、旧搬出路分岐です。

足跡と壁面接触痕が不自然に途切れています。

ただ、班員二名とも“誰かがここに寄りかかった気がする”以上の断定ができません」


「班員の状態は」


「正常。ただし、一名が報告中に対象の説明を二度言い淀みました」


ノクスは地図上の一点に赤ピンを打った。


「そこを仮最終地点とします」


「近いな」


匠ーの声が低くなる。

拠点からそう離れていない。

つまり、遠くへ連れ去られたのではない。

むしろすぐ近くで、認識の隙間に沈められている。


ソラ副脳の出力紙が一枚、音を立てて落ちた。

ノクスが拾い上げ、ざっと目を通す。


「周辺三区画の出入り量と物資消費量を重ねた結果、

一名分の滞留が説明できない地点が一致しました。

旧搬出路分岐から、閉鎖済み保守通路にかけてです」


「閉鎖通路?」


郭羽が顔を上げる。


「あそこは今、使っていないはずだ」


「使っていないからこそです」と張良が言った。

「人の出入りが薄く、記録にも残りにくい」


香蘭の指先が、管理局研修資料の一文を押さえた。


「“日常の織目へ沈む”」


誰かが小さく息を呑む。

まさにそれだった。

隠れるのではない。

最初から見落とされる場所へ沈むのだ。


「救出班を出す」


匠ーが即断した。

その一言で、室内の空気がまた変わる。

今までは捜索だった。

だがこの瞬間から、明確に救出へ切り替わった。


ノクスも異を唱えない。


「編成します。

前衛二、支援二、記録保持一、伝令一。

司令室との通信線を維持。

侵入後も定時報告。

反応が揺れた場合、名前ではなく関係語で呼びかけを続けてください」


「俺が行く」


匠ーが言う。

今度は誰も止めなかった。

行くべき段階まで来たからだ。


「張良、お前も来い。

言葉が要る」


「承知しました」


ダンとキールもすでに戻っていた。

泥と埃を払う暇もなく、そのまま救出班に加わる。

二人とも、さっきまでの探索時より表情が硬い。

痕跡が“ある”と分かった以上、ここから先は本当に手が届く距離なのだ。


香蘭が机上から一枚の記録札を差し出した。


「これを持って行ってください。

今拾えている特徴を全部書き出しました。

名前が抜けても、輪郭を呼び戻す助けにはなるはずです」


匠ーが受け取る。

札には、曖昧なまま集められた断片が並んでいた。


主力級。

単独行動可。

拠点内の誰もが顔を見れば知っている。

最近見ない。

寝具一組。

食器一つ。

整備油使用。

訓練記録に消し跡。


それは人物紹介にはほど遠い。

だが今は、その不完全さこそが命綱だった。


旧搬出路への扉が開かれる。


長く使われていなかった通路は、湿った冷気を吐き出した。

石壁には古い搬送痕が残り、床には薄く埃が積もっている。

なのに、その一部だけ、妙に乱れていた。


「……いるな」


ダンが低く言う。


誰が、とはまだ言えない。

言えないのに、いる気配だけがある。


キールが足元へ視線を落とす。


「踏み跡がある。

あるが、数が合わない」


「数えるな」


張良が即座に言った。

「今は“揺れる”方へ意識を引かれる。

前だけ見ろ。差分は後ろが拾う」


匠ーは先頭で、無言のまま進む。

怒っていた。

誰にともなく、ひどく静かに怒っていた。


通路を曲がった先で、風が止まる。

その一角だけ、空気が水底みたいによどんでいた。


そして、壁際。


そこに、誰かがいた。


座り込むように、半ば崩れた姿勢で、壁へもたれている。

傷があるのか、服の一部が裂けている。

武器もすぐそばに落ちていた。

なのにその姿は、目に入った瞬間また輪郭を滑り落ちかけた。


「おい!」


匠ーが声を飛ばす。

返事はない。


ただ、確かに生きている。

呼吸は浅いがある。

それだけは分かった。


「所属を言え!」


張良が鋭く言う。

「関係を固定しろ!」


「爆炎だ!」


匠ーが一歩踏み込む。

「お前は爆炎の仲間だ!

勝手に消えてんじゃねえ!」


その言葉が、空気に杭を打つみたいに響いた。


ダンも続く。


「訓練場でいつも顔を合わせてる!」


キールが低く重ねる。


「拠点の人間だ。こっち側だ」


名前はまだ戻らない。

だが関係が、所属が、生活の線が、その存在へ次々に打ち込まれていく。


壁にもたれていた影の肩が、わずかに動いた。


「……あ」


かすれた声だった。

だがその一音だけで、全員の空気が変わる。


生きている。

届いている。


匠ーはさらに近づき、膝をついた。


「いいから戻れ。

細けえ話は後だ。

全員で探してた」


その瞬間、相手の目がほんの少しだけ焦点を結んだ。

完全ではない。

まだ揺れている。

それでも、“こちらを知っている目”になった。


張良が後ろへ手を上げる。


「固定できています。搬送を」


ダンとキールがすぐ動いた。

片方が周囲警戒、片方が負傷確認。

記録札が手元で震える。

その不完全な断片の束が、今ようやく一人の人間へ繋がり始めていた。


拠点では、司令室がまだ動き続けている。

香蘭が記録を押さえ、郭羽が導線を整理し、ノクスが全班の位置を管理し、

ソラ副脳が揺れの収束を追っている。

総出で始まった捜索は、今や救出として輪郭を持った。


匠ーは負傷した仲間の肩を支えながら、低く言った。


「帰るぞ」


今度は、その言葉が誰に向けられたものか、もう誰にも曖昧ではなかった。

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