ハンムラビの苦悩
見難い火傷の子185
ハンムラビの苦悩
――青銅の時代。
深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世エリア。
この地では、生物すべてが八倍サイズで存在する。
メソポタミアのラルサ、マリ、アッシリアなどを征服し、
分裂していたメソポタミアを再統一してバビロニア帝国を築いた第六代の王ハンムラビ。
ハンムラビ法典は282条からなる全集を楔形文字で巨大な石碑に刻み、
復讐法(同害復讐)の原理や、身分制度に基づいた法秩序を整備。
内政とインフラにおいて灌漑用水路の建設、
駅伝制(郵便制度)の整備、商工業の保護を行い、帝国を安定させ。
「正義」の強調し「弱者が強者に虐げられないようにする」という目的を掲げ、
法による支配(法治)の原型を作りあげた。
しかし、彼には誰にも語られたことの無い深い悩みがあった。
誰にも信じてもらえそうに無いその悩みに連夜悶々としていた。
そこへかの地から冒険者学校に教師が赴任してくると言う報が届いた。
ハンムラビはなぜか毎夜さいなむ悩みを打ち明ける相手が現れたような気がしたのだ。
冒険者学校に「謁見を許す」の通知を出した。
謁見日となった翌日はハンムラビは朝からそわそわ、落ち着かない様子だった。
玉座に座り扉が開く、どきどきそわそわ、まるで恋する乙女。
王なのに…
そして一言「ちっこいな」
偉大な教師との評判の相手は五歳児だった。やや落胆しつつも見ると、
意に反してその五歳児は形の良いお辞儀をした。
その所作は歴戦の戦士ぜんとしていた。今度は感心が重なった。
少し声を潜めて話し出す。
「その方は聞くところによると軍事にも内政にも業績を上げていると聞く。
我が国でもその腕を振るってほしいぞ。個人的には懇意にしたいものだ。」
リーダー「そういうことなら、喜んでお引き受け致します。」
別室で王とリーダーは逢っていた。今度は畏まらない形で。
奈落珈琲が出てくる。王室御用達の例の商人か。
ハンムラビ「実は…余は転生者なのだ。」
リーダー「そうか」
ハンムラビ「なんだ驚かぬのか?そして信じるのか?勇気出してやっと言ったのに…」
リーダー「で、転生前は日本人だったのか?」
ハンムラビ「いや、日本人が何の事か判らないが、転生前もバビロン人だ。」
リーダー「バビロ人からバビロン人?もしかして時間を超えたのか?」
ハンムラビ「お!察しが良いな。そうだ。転生前は未来の王、そして最後の王。
アッカド語でナブー・ナイド。ナボニドゥスだった。」
リーダー「それはいたわしい」
ハンムラビ「そして滅ぼした相手がアケメネス朝ペルシアのキュロス2世。
その手際は見事に尽きる。戦わずして負けた。」
ハンムラビ「その未来を変えたい。どうすれば良い?」
リーダーは兵站、ランチェスターの法則、孫子、特に用間。
個人で軍隊相手に戦える精鋭部隊の設立。等を話した。
時間が過ぎて遅くなり城に泊まった。トイレは水洗式、浴室もあった。
今度来たとき、シャワートイレを提供しようと思った。
一夜明けてお礼を言い城を後に…冒険者学校に戻った。
巨大な石碑に刻んだ法典は、民を守るためではない。
未来のペルシア軍という「嵐」に耐えうる、
盤石な国家という名の「防波堤」を築くための、
彼なりの必死の抗いだったのだ。
――翌朝。冒険者学校の黒板の前に立つのは、爆炎パーティの匠一。
匠一「昨日の話、要点は三つ」
黒板にチョークで刻む。
1兵站(水と食と運ぶ人)
2情報(用間=間者を“使う”制度)
3精鋭(個人で軍隊に刺さる小隊)
ニール「水は“配給が終わった”問題を潰す。台帳の追記、現場に回します」
タリア「王令第十二条(追記):氏名は自己申告により仮登録可。押印は例の曲がった印で」
ヨイショ「威厳がない方が、押しやすい。ほら、次」
アオが路地裏で集めた名――リフ、ウル、ジン、他十数名――を読み上げ、仮登録の列を作る。
配給所がそのまま“教室”になる。
そこへ王の使いが青銅の小箱を届ける。中には磨き上げた円筒印章。添え書きは短い。
「正義は碑に刻むだけでは足りぬ。人の手で押せ」
匠一、印を手に取り、仮登録の欄に一押し。少し曲がった跡が、王の印と並ぶ。
「防波堤は石だけじゃできない。人の列で作る」
ハンムラビの苦悩は消えない。でも、法典の横に“人の列”というもう一本の線が引かれた朝だった。




