中等冒険者学校のアオ
見難い火傷の子180
中等冒険者学校のアオ
――青銅の時代。
深淵ダンジョン第十六エリア、第四紀完新世エリア。
この地では、生物すべてが八倍サイズで存在する。
アオは冒険者中の一年生。初等科を主席で出た有望株だ。
「第十七エリアで遭難。三年生の班、帰還せず」
その一報で、救助探索隊が急遽編成された。
――深淵ダンジョン第十七エリア。
第十六エリアからは侵入さえ許されない領域。
“未来エリア”。
このダンジョンにおいて、
未来に居ること自体が遭難を意味する。
第十六エリアは現代に至る時間軸。
だがその先は――繋がっていない。
バビロンも、ローマも、
本来あるはずの歴史が丸ごと抜け落ちている。
ただ、“次”だけがある。
――断絶した未来。
この報は爆炎のリーダーにも届いていた。
「……これ、次のエリアじゃないな。繋がってない」
そもそも、どうやって遭難報が届いたのか。
行き方すら不明の領域から。
異常は、すでに始まっていた。
調査は三年生の班の痕跡から始まる。
シュメール冒険者学校訓練の森。
立入禁止の一角。
霧が濃く、避けられてきた場所。
――魔法陣が見つかった。
嫌な予感が、現実になる。
報告書が上がる。
三年生は貴族院からの転入組。素行に問題あり。
肝試しで侵入した可能性が高い。
「……駄目だな」
リーダーは短く吐き捨てた。
「士気に関わる。これは伏せる」
痕跡は、魔法陣の手前で途切れていた。
――救助探索隊、突入。
空気が違う。
嫌な気配が、肌にまとわりつく。
そして――見つかった。
三年生の班。
倒れている。
だが、戦った痕跡が無い。
血はある。
傷もある。
なのに――過程が無い。
「……誰とも戦ってない?」
違和感が、遅れて来る。
並の相手なら遅れを取るはずのない面子。
それが、何も出来ずに倒れている。
罠か?
違う。痕跡が無い。
その瞬間。
“敗北”が脳裏をよぎった。
――まだ何もしていないのに。
「来る……!」
これが敵。
予測すら不要。
0.1秒すら存在しない。
結果だけが、先にある。
敗北という結論を見せつけ、
そこへ到達させる――ダンジョンの異常。
本来、対処不能。
戦う前に終わる。
戦闘が成立しない。
――だが。
アオは止まらなかった。
「一つじゃない……」
動きを増やす。
足をずらす。
視線を散らす。
一つの未来に、絞らせない。
石が転がる。
枝が揺れる。
仲間が動く。
可能性をばら撒く。
「木の葉を隠すなら――森の中だ」
未来を、増やす。
単一の結論を拒否する。
結果は分岐し、飽和する。
処理しきれない。
――限界。
敵が、止まった。
成立しなくなる。
“敗北”が、置かれなかった。
「今だ!」
三年生を回収。
即時離脱。
魔法陣へ。
――帰還。
学校に戻ると、爆炎先生が立っていた。
その顔に、珍しく柔らかな笑み。
「やるじゃねえか」
アオの記憶に、
爆炎先生の笑顔が焼き付いた。
――翌朝。医務室。
三年生たちは眠っていた。包帯の下の傷は浅いのに、意識は深いところで迷子になっている。脈はある。呼吸はある。ただ、瞳の奥だけが「負けた瞬間」に留まっていた。そこから先が、無い。
爆炎先生は黙って椅子に腰かけ、指先で小さな火を灯しては消した。いつもの癖だ。火が揺れるたび、先生の横顔に柔らかさと険しさが交互に差す。
「結論を先に置くタイプはな、対価を払ってる」
アオは顔を上げる。
「対価?」
「因果を前借りする。代わりに、こちらが差し出す“過程”を奪う。三年生が奪われたのはそれだ」
ダリアが記録板を手に忍び込んでくる。声を潜める。
「貴族院の転入組、やっぱり肝試しでした。封鎖の杭を抜いて、魔法陣に“名前”を置いてった」
「名前?」
「本名、じゃない。通り名。三年生の間で流行ってた“称号ごっこ”。ダンジョンは名前を好む」
アオの中で何かが繋がる。あの森で撒いた可能性——石、枝、仲間の足音——あれは全部、名前の代わりに置いた“過程”だったのだ。だから“敗北”は飽和して、置き場所を失った。
「……先生」
「なんだ」
「次も、行きます。第十七は、繋がってない。でも、誰かが線を引き直さないと、また誰かが名前を落とす」
爆炎先生は火を握りつぶす。残光が、短い尾を引いた。
「いい目になったな」
立ち上がる。白衣の裾が揺れる。
「救助隊、再編する。目的は捜索じゃねえ——“線を引く”。お前は前衛じゃなく“道標”だ。未来を増やせ。任せる」
医務室の扉が開き、冷たい風が入る。遠くで鐘が鳴る。次の時間割は“実地訓練”——場所は、訓練の森。立入禁止の杭は、もう抜かれている。
アオは小さく息を吐いた。0.1秒の予兆なんていらない。必要なのは――
0.1秒より前を、無数に作ることだ。




