第三国の記録官
見難い火傷の子141
第三国の記録官
深淵ダンジョン
第十二エリア
白亜紀エリア
恐竜の時代
※深淵ダンジョン第十二エリア。すべてが“8倍”の世界。
信頼性共和国の滅亡は、
周辺諸国にとって「事件」ではなかった。
それは、
「確認事項」であり、
「記録対象」であり、
「前例」だった。
南方に位置するトリケ(トリケラトプス)連邦では、
国境監視塔の記録官が、淡々と報告書を作成していた。
・通信応答なし
・交易路の往来消失
・難民流入、ゼロ
・疫病報告、なし
異常は無い。
それが、最大の異常だった。
通常、国が崩壊すれば、
逃げる者が現れる。
略奪が起きる。
悲鳴が届く。
だが、信頼性共和国からは、
何一つ来なかった。
国境線の向こうには、
都市が存在しているはずだった。
道路も、建造物も、
執行機関の庁舎も。
だが、双眼鏡越しに見えるのは、
動かない街だけだった。
煙は上がらず、
火も無く、
旗も揺れない。
記録官は、報告書の備考欄にこう記した。
「住民活動、未検出」
上官はそれを読んで、
少し考え、
次の指示を書き加えた。
「深入りするな」
トリケ連邦は、
信頼性共和国の理念憲章を知っていた。
美しい言葉で飾られた、
自由と安全の宣言を。
だからこそ、
理解していた。
あの国では、
人が消えるのではない。
「存在」が処理されるのだ。
記録官は最後に、
個人的な覚書を残した。
「敵対も、侵略もしていない国が、
これほど静かに消えた例を、私は他に知らない」
その文書は、
公文書庫に保管され、
誰にも読まれないまま、
封印指定となった。
こうして第三国は、
何もせず、
何も言わず、
正しい判断を下したことになった。
――少なくとも、
自分たちの国が、
次に消えない限りは。




