鏡の向こう側
この物語は、普通の少女、結衣が突然異世界に飛ばされ、竜の力を持つ姫として成長していく物語です。
不思議な世界、強大な敵、そして仲間たちとの出会いが、彼女の運命を形作っていきます。
読者の皆さんも、結衣と一緒にこの冒険の旅に出かけましょう。
ユイは、はっと目を覚ました。
周囲の景色はまだ歪んでいる。
まるで夢の中に閉じ込められたかのようだ。
そこは広大な草原。
片側には山々、もう片側には深い森が広がっている。
空には色とりどりの竜が飛び交い、その翼で地面に影を落とす。
羽ばたきの轟音が空気を震わせる。
ユイは自分の手を見つめた。
震えている。
――本当に異世界に来てしまったのだろうか。
つい先ほどまで、自分は部屋にいた。
机の上には教科書やノートが散らばっていた。
それなのに、今は……。
周囲には数人の人物が立っている。
期待と敬意のこもった視線を向けている。
そして――銀髪の男。
彼は金の竜紋で飾られた輝く鎧をまとい、一歩前に出て深く頭を下げた。
「ユイ姫」
低く、しかし優しい声。
「私の名はザレオン。竜の王国の参謀にして、あなたの父、ドラグヴァル王に仕えてきた忠実な臣下です」
その言葉は空気に溶け、ユイの胸に重くのしかかった。
姫?
竜王の娘?
信じられない。
ただの女子高生で、母子家庭で育った自分が――竜王の娘だなんて。
――なにかの間違いに違いない。
ユイは小さくつぶやいた。
「わ、私は普通の女の子です。母と暮らしていて……父のことなんて知らない」
ザレオンは頷いた。
「わかっています。母君は長い間、君を守るために我らの世界から遠ざけてきました。だが、君は紛れもなく竜王の娘です」
彼は一瞬、言葉を区切り、優しいが揺るぎない眼差しで言った。
「君の父、ドラグヴァルは、この王国を魔族から守るために命をかけました。その戦いが命を奪う可能性を承知で、平和のために立ち向かったのです。そして今、君はその遺志を継ぎ、運命を果たすために呼ばれたのです」
ユイの胸は激しく高鳴った。
怒り、悲しみ、信じられない気持ち――
そして会ったこともない父の喪失感が、胸を締めつける。
「どうして今なの……?」
自分に問いかけるように呟いた。
「どうして私がここに呼ばれたの? 私が何者かも知らないのに……」
ザレオンは胸に手を当て、敬意を示す。
「王位を継ぐ者が覚醒したとき、呼び声は訪れる。君の中に眠る力が目覚め、それが君をここへ導いたのです。我らの習慣や伝統を知らなくとも――」
「父の血が君の中に流れている。時が経ち、適切な訓練を積めば、全てがはっきりと理解できるようになる」
ユイは涙があふれそうになったが、こらえて唇をかみしめた。
必死に平静を保とうとする。
「でも……もし私が……望まなかったら?」
小さな声でつぶやく。
ザレオンは忍耐強く、彼女を見つめた。
「誰にでも選択はある、姫。しかし、君なしでは竜の王国は無防備だ。魔族は再編を進め、近隣の村々を襲っている。ドラグヴァルの力を受け継ぐ者だけが、この脅威を止められる」
ユイは目を閉じ、言葉を胸に刻もうとした。
拒否したくても、胸の奥で何かが熱く脈打っている。
まるで体内に炎が灯るかのようだった。
夢を思い出す。
雲の上を飛ぶ夢。
竜の影に包まれた夢。
ただの奇妙な夢だと思っていたが、今は――前兆のように思えた。
その時、一人の女性がゆっくりと近づいてきた。
威厳に満ちた姿。
黄金の瞳は知恵と神秘を宿している。
高身長で、深い青のマントをまとい、片手には杖を持つ。
顔には穏やかで温かい表情が浮かんでいた。
「私はマエリン。竜の王国の古の教えを守る者です。姫、あなたを導けることを光栄に思います」
その声は柔らかく、それでいて揺るぎない威厳を帯びていた。
「君の力は今、目覚め始めた。その力とともに、この世界の運命も動き出す」
ユイは胸の重さをさらに感じた。
何を期待されているのか、全く分からない。
だが、なぜか離れられない。
おそらく――その黄金の瞳のせいだ。
ザレオンの穏やかさや、マエリンの温かい微笑み。
だが、それだけではない。
ユイの中で、ここにとどまりたい――自分が何者なのか知りたい、という気持ちが芽生えていた。
深く息を吸い、ゆっくりと頷く。
「わ、私……受け入れます。でも、お願いします。何をすればいいのか全く分からないのです」
ザレオンとマエリンは互いに視線を交わす。
ザレオンは微笑んだ。それは、この場で初めて見せる、心からの友好的な表情だった。
「よろしい、ユイ姫。
明日の夜明けから、君の訓練を始めよう。
そして、その中で君の力の本当の大きさを知ることになるだろう」
ついに第一巻をお読みいただき、ありがとうございます。
この物語の世界観やキャラクターたちを楽しんでいただければ幸いです。
次の巻では、結衣の成長と新たな試練が待っていますので、ぜひご期待ください。
今後とも応援よろしくお願いいたします。