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苦手な方はご注意ください。

恋愛小説集【企画ものも含まれます】

奴隷になった亡国の王子とそれを買った女王。

作者: ありま氷炎

「愛と理想、私はこうなったことを後悔していない。本望だ」


 おろかな彼女は血に濡れた手を俺に差し出しながら微笑む。


「愛していたよ。心の底から」


 それは彼女の初めての告白だった。


 ☆


「父上。どうして彼は縄につながれているんだ?」

「彼は敗戦国の民だからね」

「敗戦国って言っても同じ人だろう?差別はよくない」

「アステリア、差別とかよくわからないことを言うね。やつらは邪神を信仰している。人ではない。我らが神は邪神を打ち破り、秩序を取り戻した」


 そんなやり取りが耳に飛び込んできた。

 俺は力を振り絞って、そいつらを睨む。

 俺たちは人だ。

 タンデラスの民だ。

 お前たちが滅亡させた国の民だ。

 何が邪神だ。

 お前たちの信仰するヤシルこそ、邪神ではないか。

 我らが神を裏切り、神の名を語った偽物の神。

 それを信仰するこの国のやつらこそ、人ではない。


「何を睨んでいる?まだそんな力が残っているのか?やはり害虫は皆殺しすべきだったな。顔が良くても煩いのは面倒だ。舌でも抜いて大人しくさせるか?」

「それはいいな。やるか?」

「やめろ!」


 恐怖心で体が竦みあがる。

 舌を抜く?とんでもないことを考える奴らだ。

 奴らこそ、人ではない。

 

「待ちなさい!」

「アステリア!」


 きれいな格好をしたガキが急に俺を抱きついてきた。


「離せ!」

「アステリア!離しなさい!そんな汚れたもの触るんじゃない!」

「お坊ちゃん、やめてください!」


 俺にしがみついたガキをやつらが離そうとする。ガキからはいい香りがして、むかむかした。

 最後に水浴びしたのはいつだったか。


「この子は私が買う!」


 ガキがそう言い、揉めた後、俺はガキの所有物になった。

 屋敷に連れていかれ、まず体を洗われた。

 誰も彼も嫌がり、ガキが自分で俺を洗おうとしたところ、やっと一人の男が手を貸した。

 男の名はカシル。

 顔は若いのに白い髪の男だった。

 服をひん剥かれた後、水を頭の上からかけられ、乱暴に洗われる。

 俺は奴隷だ。

 だから手足は縛られたまま。

 裸を見られることに恥じる気持ちはもうなくなった。

 俺の体は奴らに凌辱された。人の体をした獣に。この国のやつらは人ではない。獣だ。


「カシル。もう入ってもいいか?」


 ガキの声がして、部屋に入ってきた。

 俺の体は拭かれ、新しい服をカシルによって着せられていた。

 カシルは俺の裸を見ても顔色すら変えず、淡々を俺を洗い、拭き、服を着せた。俺とは視線を合わせようとしなかった。

 どういう奴かわからん。

 だが、おかしな目で見てくるやつらに比べれば断然ましだ。


「いいですよ。アステリア様」


 そう言われ、部屋に入ってきたのはガキの女だった。

 ……俺を買ったのは、たしか男のガキだったはず。 

 だが顔は同じ。名も同じアステリアとかだった気がする。


「驚いたか?私は女なのだ。外に行くときは男の恰好をしている。何かと都合がいいからな」


 ガキは何が嬉しいのか、笑いながら言う。


「縄は外したら駄目なのか?」


 その問いに、カシルという男が答える。


「申し訳ありませんが。こいつが暴れる可能性がありますので」

「そうだよな。でもカシルが洗ってくれてよかった。私一人ではちょっとむずかしかっただろうし、この人も恥ずかしいだろうから」

「そうですね。アステリア様一人では難しかったでしょう」


 カシルは淡々として答えていた。

 それに対してガキは気を悪くしていないみたいだ。 

 おかしなガキだ。

 使用人にそんな言い方されたら、怒るのは雇い主だろう?

 俺は何度も殴られた。

 ああ、それは俺が人ではないと思われていたからか。


「そこのあなた。なんて名前なんだ?」


 ぼんやりしていたら、そんなこと聞かれた。

 名前か。

 ……ちゃんと答えるのは癪だな。


「名前はない。お前がつけたらいい。俺は奴隷だ」

「え?名前はないの?カシル。隣国では名前がない人がいるのか?」

「そんなはずはないのですが。おそらく答えたくないのでしょう。私が聞き出しましょうか?」


 カシルってやつは、いい奴ではないようだ。

 急に俺を睨みつける。


「いや、いい。私は彼の国を壊した側だ。名前なんて教えたくないだろう。名前、私がつけていいなら、キーレン。どうだ?」


 キーレン。

 ガキは俺の国の言葉を知っているのか?

 そうに決まっている。

 嫌な名前だ。

 キーレン、希望という意味の陳腐な名前。

 

「いいだろう」

「よかった。キーレン。これからよろしく。あなたは私の世話係の一人だから」

「は?」


 思わずそう言葉が出てしまい、カシルに睨まれた。

 こいつは無表情なんだが、このガキにかかわることには反応してくる。忠誠心が高いのか、それともガキのことが好きなのか。

 好きだったら気持ち悪いな。

 俺のそんな感情が奴に伝わったのか、俺を睨む目に力がさらに込められた。

 それで気が付いたんだが、奴の目は俺と同じ色だ。茶色。黒に限りなく近い茶色だ。

 白髪に茶色の目。変な組み合わせだ。

 俺の国の大概のやつらが黒髪に黒目だ。たまに俺みたいに茶色の目の人もいるが、かなり黒に近い。


「あと、このカシルも私の世話係の一人だ。キーレンはカシルのことをよく聞いて動いてくれ。縄のことはそのうち外せるようにしてみせる」

「無理でしょ。そんなこと」


 思わず馬鹿にするように言ってしまい、カシルに足を踏まれる。


「いたっ」

 

 素足だったので結構痛かった。


 ー


 俺はカシルの元で使用人の真似事をした。

 カシルはガキのこと以外は俺に無関心だったのだが、他の奴らは違う。

 ねちねちと陰湿なことをしやがった。

 俺の寝床が濡れていたり、俺の食事がなかったり。

 まあ、奴隷生活よりはましかと俺はプライドもなにもなく過ごしていたが、ある日、俺を襲おうとした奴がいた。

 何もしても歯向かわない俺には何でもしてもいいと思ったらしい。

 別に媚びなんて売ったつもりはないんだが。

 さすがの俺もそういう行為は好きじゃないので、拒否した。したら、殴られた。

 殴り返すか、いままのでように好き勝手にさせるか考えていると、騒がしくなった。


 カシルとガキが急に現れたかと思うと、ガキがやつを殴った。

 剣術の訓練とかしてるガキだからか、殴られた男はうまく飛ばされた。


「カシル。捕まえろ!」


 ガキの言葉にうなずき、呆然としていた男をカシルが拘束する。


「キーレン。大丈夫か?ああ、こんなに腫れて。早く手当するぞ」


 ガキが騒いで、屋敷中が騒ぎに包まれた。

 それから、男を尋問して、俺への苛めがガキにばれて、使用人たちはやめさせられた

 新しく入ってきた使用人たちは、皆カシルのような態度を俺に取るようになった。

 屋敷内は随分過ごしやすくなって、俺は随分生暖かい生活をさせてもらった。

 俺が大人しいとわかり、縄も外されるようになった。

 しかし、ガキを少しでも傷つけると処罰すると言われた。

 三食与えられ、清潔な服を、寝床を提供されると、俺の牙はどんどん丸くなっていった。

 ガキ、アステリアのことを、アステリア様と呼び、随分使用人らしくなった。

 そんな俺を寂しそうに見るようになったアステリアは成長していく。

 ガキだったのに、女に近づいていく。

 

「アステリア様に手を出したら殺す」

「わかってるよ。そんなこと」


 カシルが俺の邪な想いに気が付いてか、時折睨みをきかせてくる。

 前からあいつは俺とアステリアを二人にすることはなかったが、彼女が成長するとそれはさらにひどくなった。

 やっぱりあいつはアステリアに惚れてるんだな。

 幼女趣味ってやつか。

 カシルは俺より十くらい上に見える。

 ってことはアステリアより十歳上だ。

 俺とアステリアは同じ歳だからな。


 俺がアステリアに買われて、俺の祖国が滅んで、六年経った。

 王族が王位継承で揉めたり、病気で死に絶えて、アステリアに王位が転がり込んできた。

 アステリアの母親は、王族だった。


「カシルも、キーレンも連れていく」


 カシルはわかるが、俺が?

 俺はどこから見ても亡国の民だとわかる風貌をしている。

 正気の沙汰ではない。

 アステリアが譲らず、俺は髪を染めて王宮に上がることになった。

 色彩は変えても、噂は広まるものだ。

 アステリアの評判は俺のせいで最悪だった。

 しかし最後の王族であるアステリアを排除できるものはいなかった。

 そうなれば、早く跡取りを儲けさせて、退位させようと動きもあり、アステリアに縁談が迷い込んだ。

 だが彼女はどの縁談にも頷かなかった。

 その上、彼女は平等を掲げた。

 奴隷解放を謳い、俺たちのような亡国の民のための特例地区を作った。補助金付きで。

 それまで人と思うな、という風潮であったのだから、亡国の民を大切にするアステリアの政策は国民には喜ばれなかった。

 俺たちのような亡国の民は奴隷ではなくなったが、生活の苦しさは続く。特例地区から出ると酷い扱いを受ける。だから特例地区だけで生活をするものが多くなる。だが、物資は外から購入しないといけない。

 アステリアの政策は、誰にも喜ばれなかった。



「カシル。キーレン。なぜだろうな」


 アステリアは深い悲しみの中にあった。


「陛下。御心のまま、動いてください。神は我らを見てくれています」


 神とは、どの神だ?

 カシルがおかしくなってきたのは、いつからだったのか?

 始めからおかしかったのか?

 カシルが裏切った。

 特例区で暴動が起きた。それを押さえようとしたがどうにもならず、アステリアの反対を押し切って軍が動いた。特例区の亡国の民はほとんどが殺された。

 多くの国民が喜んでいたと思う。

 暴動を扇動していたのはカシル。

 何度も縁談を断っていたアステリアはカシルと俺を愛人にしていると噂されていた。

 そのため、カシルが扇動者で、亡国の民だと明らかになり、アステリアは多くの国民に責められることになる。

 

「……カシルのしたことは責められない。私は彼がお前と同じタンデラスの民だと知っていた。髪の色を変え、我が家に戦争前から仕えていた。彼は祖国のことを私に語ることはなかった。多分、彼は知らなかっただろう。私が気が付いていることなど。なぜ、差別は起きる?戦いは起きる?私たちは同じ人なのに。信じる神が異なり、色彩が異なるだけで、同じ人だ」


 アステリアは顔を両手で覆う。


ーーキーレン。私はアステリア様を殺したくない。私の暴動が失敗すればアステリア様の立場は辛くなるだろう。彼女は我らが祖国の敵だ。しかし彼女はとても純粋で、その理想はとても美しい。彼女を殺したくない。どうか、彼女を守ってくれ。


 カシルが俺に託した手紙にはそう書かれていた。

 文字は祖国の文字だった。

 

 彼女を殺したくないというのであれば、暴動など起こさなければよかったのではないか?カシルの行動が彼女を危険な立場に追い込んだ。 

 カシルはあの戦争の前からアステリアの屋敷に潜り込んでいた。

 おそらくスパイとして。

 そして彼が動く前に祖国が滅ぼされた。

 彼はその時、死ぬべきだった。

 だが生き抜いた。

 

「何をしたかったんだ。カシルは」

「キーレン」

「アステリア様。俺と逃げよう。この王宮はもう安全ではない」


 アステリア以外に王族の血を引いている者を王宮の誰かが探し当てたという噂を聞いた。

 そいつを彼女の代わりに王にするという話も。


「キーレン。私はできない。私のせいであなたたちの同胞が殺された。特例区の政策は間違っていたのだ。その責任は取るべきだ」

「何を言っているんだ。それはカシルが馬鹿なことをしたせいだろう。特例区で大人しく暮らしていれば殺されることはなかったはずだ」

「そうだろうな。だがカシルは、カシルたちはそれが嫌だったのだろう。平等ではないからな。まるで家畜のようだ」

「家畜。たしかに住む場所が決められ、生活に制限あるのは嫌だろう。だが、仕方ないだろう。俺たちは負けたのだから」


 そう俺たちは負けた。

 俺たちの神は助けてくれなかった。

 暴動の時も、誰も、

 惨たらしく殺されたと聞いた。

 俺もいつか殺されるのだろう。カシルのように、腸を取り出され。

 俺はそんな死に方は嫌だ。

 何のために我慢して生き残ったんだ。

 あんな目にあってまで、俺は自決を選ばなかった。

 兄や弟、姉、妹はみんな自決の身を選んだ。 

 しかし、俺は死にたくなかった。

 だから、体を弄ばれても、死を選ばなかった。


「アステリア。俺は死にたくない。カシルもお前を殺したくないと言っていた。だから、俺と逃げてくれ。今ならまだ逃げられるかもしれない」

「すまない。だが、あなたは逃げるといい。キーレン。いや、ナディル王子」「なんで、その名を!」

「最初は知らなかった。だが、あざが気になって調べた。一人だけ生き残ったタンデラスの王族がいた。彼は耳の後ろに花のようなあざがあった」


 俺は反射的に耳の下に手をやる。普段では髪で隠している場所だ。


「重ねて詫びる。我らの軍があなたに酷いことをしたと聞いている。だから、最後のあなただけでも生き残ってほしい」

「馬鹿なことを言わないでくれ。一人だけ生き残って何が王族だ。俺が王族なら、特例区を扇動すべきだったのは、カシルではなく、俺だ」

「……カシルは恐らくあなたのためにしたのだろう」

「カシルも気づいていたのというのか?」

「当然だろう。彼はスパイだったのだから」


 気が付いていてあの態度か。

 カシルの奴。

 なんだか、そんな場合じゃないのに、すこしだけむかっとした。


「ふふ。面白いな。キーレン。いやナディル王子」

「キーレンでいい。ナディルなんて、もう十年以上呼ばれてないし。それで、アステリア。俺と逃げるよな。お互い最後の王族同士だ。仲良くやろうぜ」

「私は最期ではないぞ」

「最後だよ。あれはきっと偽物だ」

「言うな。だが、私は逃げるつもりはない」

「償いのためか。馬鹿らしい。俺が生き残れば、お前の償いは果たされたようなものだ」


 どうにかアステリアを説得して、俺たちは視察の合間に抜け出すことにした。

 だが、王宮の奴らも馬鹿ではなかった。

 国境を越える直前で王宮からの追手に捕まった。

 どう見ても王を迎えに来るものではなかった。


「これはこれは、汚い犬と愛の逃避行ですか?随分汚らしい」


 見覚えもある兵だった。

 ああ、アステリアの護衛だった男だ。

 俺たちへの態度が最低だったので、アステリアが職を解任していたが、誰かに飼われていたのか。


「国境内で死んでもらいます。越えてもらうと色々面倒なので」


 そいつは後ろの二人に指示をする。

 俺はアステリアをかばおうとしたが、アステリアのほうが前にでた。


「ちょっと待て!」

「私の方が強い!」

「確かにそうだが」


 俺は本当にお世話係で、剣の練習などしたことがなかった。まあ、その機会もなかったんだが。

 アステリアは王宮に上がってからも時折軍の訓練所に通っていたからな。

 それは俺よりも強いだろう。


「くっ」


 しかし相手は正規の軍。しかも殺し馴れている。

 アステリアの綺麗な剣ではすぐに押され始めた。


「アステリア!」


 彼女の肩が切られた。

 俺は彼女を庇う。


「互いに庇い合う。まさに相思相愛。しかし下賤な者なもののそれは醜いだけです」


 もう終わりだと安心したのか傍観していた男が馬を降りてやってきた。


「愛と理想、私はこうなったことを後悔していない。本望だ」


 おろかな彼女は血に濡れた手を俺に差し出しながら微笑む。


「愛していたよ。心の底から」


 それは彼女の初めての告白だった。


「おっかしいですね。本当」


 男が嗤う。


「くそ野郎が!」


 彼女の手を握り、男を睨みつける。

 俺は死ぬだろう。彼女と一緒に。

 

「何者!」


 しかし、怒涛のごとく突進してきた騎馬がいて、男を踏み潰す。

 すっかり油断していた男は馬から降りて、背後の気配を全く無視していたようだ。そういう俺もそんなことにまったく気が付かなかったけど。

 その傍にいた兵もやってきた騎馬兵によって取り押さえられた。


「これはどういうことだ!」

「君たちの仕事はこれまで。お仕事、ご苦労さん。この人みたいに死にたくなかったら、黙っていてね」


 新しくやってきた騎馬から男が降りてきた。


「アステリア様、ナディル王子。初めまして。僕が噂の最後の王族です」

「は?」


 余りにも軽すぎて、俺とアステリアは声をはもらせてしまった。


「君たちをここで死んだことにして、受け渡すことになってます。この国のことは僕におまかせを。アステリア様。あなたの理想は好きだったけど、あまりにも浅はかだった。でも、僕はちゃんと受けついでいくつもりだよ」


 何を言っているんだ。

 こいつは?


「わけわかんないよね。それは、あっちから来た人に説明してもらってください。僕の役目はここまで」


 そう言われ、視線を国境に向けると、十人くらいの騎兵がいた。騎兵といっていいのか。馬に乗った人たちと言っていいのか。

 鎧も身に着けてない人や、粗末ななりをした人たちが馬にのって国境に立っていた。

 そのうち一騎がやってきて、俺たちの前で乗り手が降りた。

 

「カ、カシル?!」


 短い黒髪の精悍な男がそこにいた。

 だけど顔立ちはカシルと同じで。


「お久しぶりです。アステリア様、キーレン」

「本当にカシルだ!」

「カシルか!」


 アステリアが立ち上がろうとして、痛みでよろけた。俺はそれを支えて一緒に立ち上がる。


「さあ、引き取ってください。ぐずぐずしていたら、間に合いませんよ」

「分かってます」


 カシルが口笛を吹くと、もう一騎が駆けてきた。

 俺はその馬に乗せられ、アステリアはカシルの馬へ。

 なんだか、いらっとするな。

 

 よくわからないが、俺たちは危機を脱出し、予定通り国境を越え、国を出た。


 特例区で起きた暴動は陽動で、かなりの犠牲を出しながら半数の亡国の民が生き残り脱出した。

 脱出した先で、新しい国を建国。

 滅ぼされた国の民が集まって作った国だ。

 人数はまだ百人に満たない。

 しかし、諸外国の理解は得ており、国として認められた場所に彼らは住んでいる。

 カシルは最初からその予定で動いていて、彼の代わりに殺されたのは、顔立ちが似た白髪の男だった。

 

 アステリアが王だったことを皆が知っており、かなりの反発を食らうと思っていたが、奴隷解放したのも彼女だったため、敵意を持つものは少なかった。

 俺の出自は邪魔にしかならないから、ただのキーレンのままだ。

 カシルは知ってるはずなんだけど、何も聞いてこない。

 まあ、別に不便ではないから、いいが。 

 ただもやもやする。


 アステリアの理想は、彼女自身が為したことではなかったが、小さな形で実現されている。

 俺たちの国には身分がない。

 みんな平等だ。

 指導者は多数決によって決められる。

 今はまだ人数が少ないが、増えるとまた大変だろう。

 だけど、平等な世界をこれからも維持できたらとアステリアは言っていて、俺は彼女を助けるつもりだ。

 道は困難で生活も楽じゃない。アステリアの手なんて傷だらけだ。元から剣だこなんかがあったから、劇的な変化ではないけど、今は労働者の手をしている。でもアステリアは嬉しそうだ。

 俺は彼女の笑顔を見るのが楽しい。


 随分最初の印象と違う。

 そうだろう。

 俺はもう彼女の奴隷じゃないし、俺たちは平等だ。

 彼女は俺の妻になった。

 カシルの妻じゃないぞ。

 俺の妻だ。


 カシルの奴も結婚したら何も言わなくなった。

 その前は酷くうるさかったが。

 ちなみに彼の髪はもとから黒色で、ずっと脱色していたらしい。

 なんだか恋人は前からいたみたいで、むかつく。

 まあ、ライバルにならなくてよかったが。

 

 こんな感じで、アステリアに買われた俺は今生活は苦しいが、楽しい日々を過ごしている。

 そのうち子供ができたらいいなあ。

 と、俺は思っている。



(完)

 

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