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元王様は海賊人魚を捕まえる





「喜べ、我が妹よ。

今日から肉壁が一人増えるぞ。」


「やったぜ。」



ここはとある国の辺境の地。

海賊や隣国との衝突など、多くの厄介事が

渦巻く海に面した広大な地であり、

国の守りの要である。


海を見渡せる場所に作られた監視用の砦で

会話をするのは、辺境伯とその妹。

二人とも背が非常に高く、服の間から見える

傷だらけの身体はとても筋肉質。

兄の辺境伯は、白髪交じりの髪と

豊かな髭を蓄えた偉丈夫だ。


砦の監督者であり、“大将”と呼ばれている妹は

潮風で傷んだ黒髪を緩く三つ編みにし、

背に流している。

兄と同じ金色の目は海賊との戦いで

左目を失って以来一つになり、包帯を

乱雑に巻いていた。



「しっかし、ソイツは役に立つのかよ。

隣国のクソからのちょっかいもウゼェし、

海賊共の動きも活発になってんだぞ。

今のオレらに、新入りに回すだけの手はねぇ。」


「あ~……それは大丈夫だ、シレナ。

本人の強い希望で来たんだが、実力は問題ない。

すぐに前線にブチ込んだって構わんよ。」


「本当かぁ~?

足手まといにならねぇだろうな。」



辺境伯の妹……シレナは胡乱な目を兄に向ける。

都の貴族達から「どちらが海賊か分からない」と

嗤われている彼女は (本人は気にしていない)

十代の頃からこの砦で過ごし、海の脅威と

戦ってきた現実主義者だ。


海という恐ろしい戦場で、恐ろしい相手と

最前線で戦い続けてきたシレナは

多くの人の死を見てきた。

生半可な実力や、覚悟で来ていい場所ではない。



「まぁまぁ、実際に会ってもらった方が

手っ取り早かろう。」


「そりゃそうだな。

ソイツがオレの目に叶わなかったら、

サメのエサにしてやらぁ。」


「大丈夫だとおもうがなぁ……。

さぁ、入ってくれ。」



辺境伯が部屋の扉に向かって声をかけると、

廊下で待機していたらしい人物が

部屋の中に入ってきた。


乱雑に整えられた、剣のような銀色の髪と

血のような赤黒い瞳。

ただでさえ大柄な辺境伯とシレナ……よりも

更に大きいその人物は、ゆっくりと

こちらに歩みを進めてくる。



「紹介するぞ、新入りのゼロ君だ。」


「……。」


「国王じゃねえか。」



この国の国王“だった”男。

ゼロが何故か辺境最前線の砦へと、

新入りとしてやって来たのだった。

彼は、自身を見て呆れたように

顔をしかめるシレナを無表情で見つめていた。
























ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




辺境伯とシレナの母親は昔から

王妃と仲が良く、兄妹を連れて都にいる時は

よく茶会をしていた。

それ故に、母に連れられてシレナも

王城に行く事がままあったのだ。

その為、当時はまだ王子だったゼロとも

顔見知りであったし、歳も同じでよく遊んでいた。

性別は女として生まれたが、同い年の

女子と比べると頑丈で身体も大きかったシレナ。


生まれつき力が強く、意図せず乳母や教師を

傷付けてしまったせいで塞ぎ込んでいた

ゼロの遊び相手に選ばれたのだ。


そんな二人の関係は十四歳になる時まで

続いていたが、ある時シレナはパッタリと

都へ行くのを止めた。

それ以来、ゼロと再会するのは

実に約十八年ぶりになる。



「何でいんだよテメェ。

遊びじゃねえんだ、都会で綺麗な姉ちゃんでも

侍らして遊んどけや。」


「王の座は弟に譲った。

離宮で穀潰しになるより

国の役に立つ方を選んだだけだ。」


「おーおー、そうかよ。

それなら他の前線(とこ)に行け。」


「この地は特に手が足りないと聞いたが?」



元とはいえ、王に対する言葉遣いとは

思えないシレナだがゼロは何とも

思っていないらしい。

仏頂面のまま、喧嘩腰の彼女に淡々と対峙する。


シレナは盛大に舌打ちをすると、

自身の兄である辺境伯に向き直った。

殺気すら含んでいそうな鋭い視線を受けても、

一族の長は凪いでいる。



「こんな場所に王族連れてくんじゃねぇよ。

種馬として取っとけ!」


「本人の希望だから仕方あるまい?


それに、ゼロ君がここに訪れた

名目上は“バカンス”。

王族が来ても問題ないだろう。」


「サメと海賊がウロウロしている海で

バカンスたぁ笑えるなぁ!」



もう、シレナが何を言っても無駄である。

王を辞めたゼロは“バカンス”とは名ばかり、

兵士としてここにやって来た。

そして兵士という事は、シレナの部下になる。


それで良いのかよオメェ……と

ゼロを見たが、彼の表情は変わらない。

とうとう砦の大将は全てを諦めて、

気だるそうに、新入りに向かって指示を下す。



「これからはオレの指示に従ってもらう。

元王だろうが一番下からだ。

辞めたくなったら、いつでも死んで良いぞ。」


「辞めるつもりも死ぬつもりもない。」


「ハッ、どうせ三日も持たねぇよ。

オウジサマ。」



そうは言ったが、ゼロはかなり優秀だった。

一番下として掃除や清掃をやらされても

文句も言わず、むしろ他の兵よりもちゃんと

仕事をこなしている。


しかも、一番の懸念だった戦闘面での

活躍が目覚ましい。

元々鍛えていたのか、本番前の実戦形式の

訓練では教官すら倒してしまった。


いざ船に乗せて海賊や隣国の兵達と

戦わせてみたところ、あっという間に

死体の山と船の残骸を築きあげた。

もちろんシレナも前線に出ていたが、

倒した敵兵の数で負けたのだ。


これには砦の味方兵達も驚きである。

何しろ、シレナは戦闘において

誰にも負けた事が無かったからだ。

めちゃくちゃに悔しそうなシレナと

相変わらず無感情なゼロ。

(だが、二人の息は誰よりも合っていた。)


良くも悪くも実力主義な辺境の地で

元王の一般兵はのしあがり、たった数ヵ月で

右腕として側に控えるようになった。

(「これでようやく引退出来る」と笑顔で

先代右腕の老兵は去っていったが。)

仕事の時は、常に側にいるゼロを

迷惑そうにしているシレナ。


敵の襲撃が落ち着いてきた最近は

専ら、砦内の司令室で二人きり。

とても気まずい。



「オメェさぁ、いつ都に帰るんだよ。」


「もう帰るつもりはない。

俺がいても弟の治世には邪魔だろう。」


「ここにいても困るんだよ。」


「役に立っているつもりだが。」



……役に立っているのは事実だ。

ゼロは優秀だし、元王がいるからか

都からの支援も少し強化された、気がする。

敵の数と脅威が減り、それによって民は増えた。

良い事づくめ……だと、思いたいのに。



「そもそも、俺は貴族達から嫌われている。

辺境にいた方が俺にとっても、

奴等にとっても良い。」


「何したんだよ、女でも殴ったか?」


「あぁ。」



思わず、シレナは睨んでいた書類から

目を外してゼロを見た。

なんて事無いように、肯定をした当の本人は

今季の予算が書かれた書類を見つめたままだが。


そう言えば兄か部下からかは忘れたが、

ゼロが“女嫌い”、と言われていたのを聞いた。

娼館に誘っても断るし、近付いて彼の腕に

寄りかかった商売女を振り払って

転ばせたのだとか。

その時の顔はいつもの無表情と違って、

まるで、人を殺しそうな顔だったそうだ。



「王城の寝室に見知らぬ女がいたら

暗殺者だと疑うだろう。

一度や二度、一人や二人ではないなら

多少扱いは雑になる。」


「なるほどなぁ。

妃狙いの貴族の姉ちゃん達を

ぶっ飛ばしたのかよ。」


「宰相の何番目かの娘の顔を壊した後、

誰も来なくなった。」


「壊したって……ギャハハッ、ひでぇ男だな!」



ゼロは自身を、弟が王座に就くまでの

繋ぎとしての王だと認識していた。

故に、誰も妃を取らなかったのだが

周りはそうは行かない。


ハニートラップや媚薬、ありとあらゆる方法で

ゼロを堕とす為の作戦が取られたが、

全て失敗した。


特に、家臣を親に持つ令嬢達が

親の手引きでゼロの寝室に侵入し、

誘惑しようと待ち構えていたのだが。


顔を手酷く“壊された”結果、年頃の女性なのに

見るも無惨な姿にされてしまった。

その親達はもちろん抗議をしたが、王の寝室に

不法侵入したのは娘達だ。

最終的に親達は全員、抱えていた

何かしらの悪事をゼロに暴かれて失脚したが。

そして、そんな過去のせいで現在のゼロは

“女嫌い”と言われるようになったようだ。



「お前ぐらいだ。

俺が殴っても大した怪我をせず、

逆に殴り返して来た女は。


それくらいが良い。」


「オレを結婚相手の基準にすんなよ……。」



シレナはかなり特殊な事例なのだ。

屈強な父から受け継いだ体格は

貴族令嬢のそれではない。

昔から、身を守るために身体を鍛えており、

暴れまわる人食い巨大サメを生身で

狩ってくるような女性に育った。


今でも、ゼロと殴り合いをしても

そうそう負けたりはしないだろう。

おそらくトントンだ。



「オレみたいな奴が、

そうそういるわけねぇだろ。

元王様のくせに未婚のままで終わる気か?」


「構わん。

お前以外と結ばれるつもりはない。」


「は?」


「俺は、お前でなければ嫌だ。

だがお前は望んでいないからな。」


「は????」



何を言っとるんだコイツ。

ゼロは書類を机に置き、呆然とする

シレナに近付く。

そして、この地に来てから傷の絶えない

ガサガサとした大きな手で、同じように

荒れた彼女の手を取って包み込む。



「王の座もアイツに継いだ。

この地で、隣に立てると実力も示した。


十八年かかったがもう逃がさん。

お前は……あの頃から俺だけのモノだ。」 


「あ゛????????????????」



その日から一ヶ月、トップ二人の殴り合いに

巻き込まれて全壊した司令室は、

修理が終わるまで使用禁止になった。

























ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ゼロによる衝撃の宣言を受けて、

司令室を全壊させる殴り合いを繰り広げて以降。

当のゼロはやたらとシレナの腰を抱こうとするし、

しょっちゅう出掛けないかと誘われたりもして

めちゃくちゃ居心地が悪いのだ。


周囲の目も、生暖かい海水のようで気持ちが悪い。

ゼロが手を回したのか、それとなく

兄の辺境伯も結婚を勧めてきている気がする。


そんな中、辺境の地での目覚ましい活躍を

評価した都の中央から声がかかった。

辺境での戦果は、他の地域での士気向上に

役立っているそうで、王直々に

感謝の気持ちを述べたいのだとか。


辺境伯は丁度、急な仕事で出られない。

砦代表としてシレナが都に向かう事になった。

ゼロは留守番である、ざまぁみろ。


十八年ぶりに訪れた都はほとんど変わっていない。

昔よく訪れた、王城も記憶の通りだった。

よくゼロと走り回った廊下を抜け、庭を眺め、

王が待つ謁見の間に向かう。



「わざわざ都まで御足労いただき、申し訳ない。」


「自覚があるようでよろしゅうございます。」


「お、王に対して無礼な……!」


「構わない、そもそも彼女は英雄だ。」



ゼロの年の離れた弟王は、若い頃の彼に

よく似た顔と体つきをしている。

顔の造形の違いといえば、幼少期に

病で無くしたとされる左目に

眼帯を着けているくらいか。


ただ、仏頂面で冷たい印象のゼロと違い、

堂々としながらもどこか優しそうな雰囲気の

青年だった。


シレナの失礼な態度に怒る家臣を

やんわりと宥め、今回の褒美や辺境の地への

お褒めの言葉を砦の管理者に贈った。


それが終わると、周囲にいた貴族達は

そそくさと捌けていく。

この場所での仕事は済んだとばかりに

自身も、さっさと帰ろうとしたシレナに

新しい王は声をかけた。



「少し、待ってもらえるだろうか。」


「……なんです?」


「個人的に貴女と話がしたい。」



先程とは違い、偉大で穏やかな声ではなく、

何かに困ったような、苦しんでいるような声。

いかにも面倒臭そうな顔をしたシレナは、

足を止めて振り返る。


人払いされた部屋にいるのは、

王とシレナの二人だけだ。



「物心ついてからお会いするのは

初めて、ですよね。

お元気そうで何よりです……母上。」


「……。」


「全て、祖父母から聞いています。

……私は、この場だけでも貴女を

母と呼ばせてほしい。」


「オレにガキなんざいねぇ。

だが呼びたけりゃ好きに呼べ。


オレに、ガキは、いねぇがな。」


「……ありがとうございます。

その、父上は、お元気でしょうか。」


「キモいくらいに元気だよ。

最近は調子に乗ってベタベタしてきやがる。

早く死んでくれねぇかなとは思ってんだけどよ。」



シレナが都へ来なくなった理由。

それは、ゼロとの子供を妊娠して

産んだからだった。


王族の権威や求心力が落ちていた十八年前の

王城にて、娘を王妃にしようと企んだ

家臣の誰かに媚薬を盛られたゼロ。

友が媚薬を盛られたとは知らず、

近付いたシレナは一方的に襲いかかられ……なかった。


近付けまいと、何も言わずに抵抗する

ゼロに喧嘩を売られたと判断したシレナは

飛びかかり、殴り合い、蹴り飛ばし、噛み付き。

……何故か! 結ばれてしまったのだ。

(事が終わって正気に戻った後、二人して

頭にハテナを浮かべていたが。)


そのまま、お手付きになったシレナが

ゼロの婚約者に……とはいかないのが

今回、ここまで話が拗れた原因。


あまり頭の良い方ではないと自覚をしていた

シレナは、王妃教育に到底ついていけないし

縛り付けられるのもゴメンである。

王妃ならば周辺の国の言葉を

覚えなければならないが、辺境の地では

隣国の言葉をたった一言覚えておくだけでいい。

中指おっ立てながら「くたばりやがれ。」で

十分なのだ。


だからシレナは“何もなかった”事にして、

さっさと辺境の地に戻り、ゼロの事を

忘れる事にした。

何通かゼロから手紙が送られてきたが、

その全てを読まずに捨てた。


……そして数ヵ月後、まさかの妊娠が発覚。

ゼロ以外に子供がいなかった国王夫婦との

取引により、生まれた子の色により

どちらで引き取るかが決まる。

王妃は妊娠をしたフリをし、

シレナは子供が生まれるまで都に戻って

ひっそりと過ごしていた。


もちろん、ゼロとは一切会わずに。


そして生まれた子供には、左目が

金色な事を除けば王家の色を受け継いでいた。

ゼロの弟として王家に引き取られ、

現在の王となったのだ。


産んだ後、すぐ辺境へ帰ったので

息子がどう成長したのか知らなかったが、

随分、ゼロそっくりの容姿に育ったらしい。



「父上は、妃も迎えず……

私に安定した王の座を継がせる為、

動いて下さっていました。


そのせいで、反王政派から暗殺者を

差し向けられる事も多かったですが。」



ゼロが王になったばかりの時は、反王政派や

貴族の汚職、脱税などの問題が山積みだった。

このままでは弟という名の息子が

王座についた時、苦労するのが目に見えている。

故に、自ら恨まれ役を買って出た。


息子へ父と名乗る事は今も無いが、

それは確かに子への愛である。


ある時、視察に向かった先で

賊に囲まれたゼロは、むしろ逆に賊を

全員叩き潰し、無傷で帰ってきたその足で

暗殺を計画した貴族を処罰したり。

頻繁に起こる命の危機を全てはね除けて、

国政を安定させて王冠を脱ぎ、辺境へ向かったのだ。



「……口には出しませんでしたが、父上は

ずっと母上の事を想っていらしたようですよ。

母上のいる南部の辺境領の状況を、

よく確認していました。」


「粘着質な男って気持ち悪ぃな。」



ズバズバと、ここにいない元王を

ぶった斬る辺境の守り手である母に

思わず苦笑いを浮かべた息子の脳裏に蘇るのは、

女も男も決して側に寄せ付けなかった父の姿。


人間ではなく、まるで物のような

血の通っていない立ち振る舞い。

か弱い女を殴りつけたり、暗殺者を

その手で自ら殺したという血腥い逸話。

“剣の王”などと貴族から陰口を

叩かれていた男だが、遠く離れて戦いに明け暮れる

シレナの事だけはずっと気にかけていた。


なんなら、ゼロはシレナの兄に

「アイツを絶対結婚させるなよ」と

無言の圧をかけていた。

それはもう、むちゃくちゃエグい圧だった。


シレナ自身が恋愛、結婚といった全てを

ゴメンだと思って未婚のままで過ごしていたので、

辺境伯は五体満足で生き残れたのだけれど。



「そんなに執着されるような事した

覚えなんざねぇけどなぁ。


オメェが出来たのだって、

こう言っちゃなんだが“事故”だろ。

なのに責任を感じてるのかね。」



シレナの中では十八年前の“事故”は

子犬に噛まれたようなもので、もう終わった事。

息子も、その父親であるゼロにも興味がない。

ゼロからの執着の深さを直視しても、

全くピンと来ていないのはそれが理由だろう。


責を果たし、王座を降り。

唯一求める存在を手に入れる為だけに

全てを捨てた父。

初めから何にも囚われず、

潮風のように自由に生きる母。


両親に思うところは多々あるし、

とんでもない親の元に産まれてしまったという

自覚はあるが、現王はそれ自体に悔いはない。

形も方法も違えども、二人とも自分(むすこ)

守り切ってくれたのだから。



「貴女方がどう思っているのであれ、

名君と辺境の英雄を両親に持った事は

私の誇りです。」


「そうかい。」






























ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「アイツはどうだった。」


「特に何も。」


「そうか。」



辺境の地に戻ってきたシレナを

待ち構えていたのは、とうとう隣国が

正面からこの国へ戦争を仕掛ける準備を

しているという報だった。

この地は間もなく戦場になるだろう。

ドタバタと兵達が砦内を走り回り、

周辺の領や都とのやり取りが飛び交った。


綺麗に直された司令室にて、帰ってきたばかりの

シレナと留守番をしていたゼロは世話話をする。

あちこちから持ち込まれる書類を確認し、

判を押し、時には修正し、手は休めずに。



「こっからはいつもの小競り合いと違う。

息子んところに帰ったらどうだ。」


「それを言うならば、

母親のお前こそ帰るべきだろう。」


「オレにガキはいねぇ。」


「俺にも息子はいない。」



軽口のような言葉の応酬はパタリと止み、

紙が擦れる音と、ペンが走る音だけが部屋に響く。

隣国よりも軍事力があるとはいえ、

戦争になる以上無傷で終わるとは思えない。

勝つのは当たり前として、“多少の犠牲”を

“最少の犠牲”にまで減らすのが

今のゼロとシレナの仕事だ。


そうして天辺にあった太陽が海に沈んだ後、

最後の砦の大将は、ぐぐっと身体を伸ばす。

バキバキと人体から聞こえてはいけないような

音がしたが、特に痛みはないらしい。


そのまま立ち上がって、シレナは窓から海を見た。

暗くても、白い月の明かりで照らされた

海はとても美しい。



「明日からは、他の領や都の役人も含めた

話し合いになる。

早く休んだらどうだ。」


「言われなくとも寝てやるわ。


でもよ、その前にはっきりさせとかなきゃ

いけねぇ事があるからな。」



窓の外から目を反らし、ゼロを見る。

暗い室内の中でも煌々と光る赤い目も

シレナを見つめていた。



「オメェはオレとどうなりてぇんだよ。」


「どう、とは?」


「「俺のモノ」だのなんだの言いやがるが、

結局どういう仲になりたいのか言え。」



明日からは更に忙しくなる。

今を逃がせば、都で“息子”と話して思った事を

確認しあえるチャンスはしばらく来ない。



「……昔は、お前と夫婦になりたかった。」


「嫌だけど?」


「だろうな。」



ゼロにとって真正面から向き合って、

歯向かってくれたのはシレナだけだった。

その触れ合いは多少の血腥さを伴ったけれど

孤独な王子の脳裏に焼きつくには十分すぎる。


しかしシレナは、そんな事お構いなしに

彼の元から去っていく。

王族故に、首を鎖で繋がれていたゼロは

追いかけられないと知っていながら。


だが今は違う。

鎖はほどけ、同じく自由だ。



「今は、そうだな。

隣にいられるのならばそれ以上は望まん。」


「健全ぶりやがってよぉ……もっとあんだろ?

キスしたいだの、抱きたいだの。


ま、お断りだけどな!

オメェ死ぬほど下手くそだったし。」


「お前だって似たようなものだったろうが。」



正直、二人の初体験は殴り合いの結果なので、

お互いに手順も、遠慮も、皆無だった行為により

跡に残るような怪我を負わなかったのは、

二人とも異様に頑丈だったからだ。



「どのみち、側にいればお前に寄ってくる

羽虫をこの手で処分出来る。

お前が俺だけのモノでいれば良い。」


「な~にが側にいるだけで良いだよ、

それ以上をやらかす気じゃねぇかよ。」



手に入らないなら、他の誰かのモノに

ならないようにすれば良い。

それが現在のゼロの結論である。

シレナの深くを知っているのは自分だけ、

その事実が手元にあれば、今はそれで満足だ。


静かで無口、力加減が下手で不器用な

オウジサマだったゼロが、どうして

こんな風になってしまったのか。

十八年間、熟成されたドロドロの感情が

腹の底で渦巻いているからだが、

それはシレナの知るところではない。


王の座を捨ててまでシレナの側にいるのだから

どこまでも追ってくる気がする。

いや、絶対にこの男は追ってくる。


ほんの少し、シレナは興味が湧いた。

この粘着質でどうしようもない男は、

自分(シレナ)を御褒美としてちらつかせれば

どこまでの無茶振りに耐えられるのか。

一体、どれ程のバカをしでかしてくれるのか。



「おい。」


「何だ。」


「明日からの働きによっては

オレを好きにして良いっつったら……

どこまでやれる?」













……後日、敵軍の将どころか+敵国の

王族達の首をまとめて持ち帰ってきたゼロ。

指輪代わりの首達を足元に並べた

血まみれの元王に、よりによって多くの兵達が

集まっていた砦で公開プロポーズされ。

逃げ場も退路も外堀も、全て埋められたシレナは

流石に死んだ顔をしていたという。


















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「おかあしゃま、みて。

うにしゃん、つかまえた。」


「おーおー、親父にでも投げつけてやれ。

喜ぶぞ。」


「あい!」



ゼロの生首(ゆびわ)プロポーズから早数年。

辺境の地を挙げて行われた盛大な結婚式と、

決闘のような殺伐とした初夜を経て。

シレナは翌年長女を出産し、現在は

第二子 (正確には三人目)を妊娠中。


隣国は、戦争に敗れた結果消えてなくなり、

この国の一部となった。

隣国からの支援を受けて暴れまわっていた

海賊達もすっかり大人しくなり、シレナとしては

全くつまらない毎日である。


そもそも、「妊娠中は安静にしていろ」と

ゼロに仕事を奪われ、辛うじて死守した書類を

片手に、黒髪と赤い目の幼い娘が遊ぶ姿を

見守るしかやる事がない。


本当に退屈だ。

誰か、元辺境(ここ)に喧嘩売ってこねぇかな。



「おとうしゃま、おしょいねぇ。

とのがたのながばなしは、ないようがうしゅい

じまんばっかで、つまらないのよねぇ。」


「……んな言葉、どこで覚えやがった?」



ゼロとシレナの娘は、父を始めとした

辺境の民達にかなり可愛がられている。

特に、屈強な女性陣に今の内から

色々と仕込まれているよう。

……将来が楽しみな反面、恐ろしい。


今回、砦に国王が視察と称して

やって来ているのだが、ゼロが妊娠中の

妻に代わり、代理の管理者として対応している。

シレナと娘はその間の暇潰しだ。



「おうしゃまってかっこいい?」


「オメェの親父とおんなじだよ。」


「じゃあ、おとなげないおひとなのね。」


「……顔の話だぞ?」



娘から見た(ゼロ)は、とても大きくって、強くって、

おかあしゃまの事が大好きなおとこのこ。

妻と娘に近寄る男は全て排除する姿は

一言で言えば大変、大人げない。

暇さえあれば自分より母に甘えている気がする。

まあ、甘やかされるどころか殴られているけど。


なんなら、まだ小さい娘の自分に

嫉妬すらしている時があるような。

やっぱり大人げない。



「おかあしゃまもおましぇしゃんだわ。

おかおでえらんだの? くろうしゅるわよ。」


「本当にどこで言葉覚えてきたんだよオイ。」



おそらく、単語の意味は分かっていないだろう。

それっぽい言葉を並べて遊んでいるだけだ。

元とはいえ、本物の王の娘である姫君は

フフンと胸を張る。



「ひめしゃんはね、おねえしゃんになるから、

おべんきょういっぱいしたの!

えらいでしょ?」


「そうだな。」



現在の王は、昔からの婚約者を

王妃に迎えたらしい。

だが数年前の流行り病で王家の血を

色濃く受け継ぐ者が減った際に、

「側室を持っては?」と家臣達から提言されたとか。


そこに、ゼロの娘が誕生したとの一方が入る。

王家直系の父に、過去に王族が嫁いだ事もある

辺境伯家の生まれの母。

濃すぎず、薄すぎず、程よい価値の高さを

持った子供が産まれた結果、側室の話は

立ち消えたと感謝された。

どうやら、国王は父親に似て一途のようだ。


そんな父と兄を持っている、順序は低いが

王位継承権があるとまだ知らない、

本当の姫君はそんな事を知らず気にせず。

無邪気にヒトデを投げて遊んでいる。

父親に投げつけるウニもしっかりと

キープしたままだ。 将来有望である。


そんなこんなで波と戯れていると、砦から

ゼロと国王がこちらに向かって

降りてきているのが見えた。

タコを捕まえて母親に「食べたい!」と

せがんでいた姫は、手にしたタコを放り投げて

ウニをサッと装備する。



「おとうしゃまだ!」


「よ~し、アイツの目を狙って投げろ。

一撃で仕留める気でいけ。」


「あい!」



幼女のモノとは思えぬ豪速球。

だが父である戦争の英雄は一切動じず、

平然とそれを素手で捕らえた。



「流石は俺達の娘だ、筋が良い。」



娘から投げつけられたウニを

なんなくキャッチして、怒るどころか

褒めるゼロ。

ウニを海へ返し、駆け寄ってきた娘を

片腕で抱き上げて、空いた片方で妻の腰を抱く。


シレナは舌打ちをしながら、

ゼロから離れようと手で思いっきり

押し返しているが、離れたくない夫は

全力で抵抗しているし、姫君は抱っこされて

ご満悦のようだ。


そして、後ろについて来ていた国王は

そんな家族を見て苦笑いを浮かべていた。



「仲が良さそうですね、良かった。」


「そうだろう。」


「これのどこが仲良さそうに見えるんだよ!」


「わぁ! おうしゃま、

おとうしゃまとおんなじおかお!」







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